連載
#42 #令和の専業主婦
生活費払わず、「家賃」請求する夫…それでも離婚を拒否する妻の事情
離婚実現させようとした夫による「兵糧攻め」
「ひどい仕打ちをしてくる夫だけど、経済的な不安から離婚には踏み切れない」。そんな悩みを抱いたことのある主婦の方もいらっしゃるのではないでしょうか。ある裁判を題材に、この問題を深掘りしました。
妻子と別居後、生活費を渡さず、妻に家賃の支払いまで請求する。そんな「兵糧攻め」をした夫が、離婚を求めて裁判を起こしました。
記者(30)は民事裁判の取材を担当しています。取材する裁判は、当事者による記者会見や、裁判所が公開するスケジュール表など様々な方法で見つけます。
さまざまな裁判の判決をまとめて載せている判例雑誌にも目を通します。そこで見つけたのが「兵糧攻め」の案件でした。私はジェンダー格差に関心を持って取材してきたため、詳しく調べたいと考えました。
まず、裁判記録を閲覧するため、記録が保管されている東京家庭裁判所へ行きました。民事裁判の記録は、当事者でなくても原則として閲覧できるため、大切な取材手法の一つです。
閲覧が許可され、裁判所内の一室でファイルをめくりながら、私は暗澹とした気持ちになりました。
夫婦には2人の子どもがいました。結婚から約10年後に夫婦関係が悪化し、夫が別居を開始。その後、生活費を渡さず、妻子3人が住む家の「家賃」の支払いを妻に請求しました。その後、一部の家賃の「未払い」を理由に妻を訴えました。
それにとどまらず、さらに夫が起こしたのが、妻との離婚を求める裁判でした。夫は「妻との関係は冷え切っていて、夫婦関係は破綻している」と主張しました。
しかし、東京家裁の判決は、夫の言い分を退け、離婚を認めませんでした。
民法は、生活費(婚姻費用)の支払いを夫婦の義務としています。判決は、夫が生活費の支払いをしてこなかった点を問題視しました。
判決は「一方的に離婚を実現させようとした夫が『兵糧攻め』ともいうべき身勝手な振る舞いを続けた」と認めました。婚姻関係が壊れる原因を作ったのは夫であり、その夫が求める離婚は認められないと判断したのです。
この裁判をとりあげた記事は、多くの人に読まれました。離婚に詳しい弁護士から「『兵糧攻め』は実務ではしばしば見ます。なるべく早く弁護士に相談し、裁判手続きを取ってください」とのコメントも寄せられました。
ただ、私は裁判の結論に対し、腑に落ちない思いがありました。
「離婚を認めない」のは、妻が求めた結論です。でも、こんな夫であっても、離婚を拒否せざるを得ない状況こそが問題なのではないか、と感じました。
裁判記録によると、妻は結婚を機に夫の求めに応じて仕事を辞めており、別居後の年収は200万円未満でした。理不尽な夫でも、この状況では離婚に応じられないのも不思議ではありません。
「離婚したいけど、収入がないから無理」「経済的に不安で、離婚に踏み切るのに時間がかかった」。私自身も、そんな女性たちの話を聞いたことがあります。
内閣府の統計によると、2023年度の女性の就業率は15~64歳の女性で73.3%で、上昇傾向にあります。しかし、いまだに女性にとって離婚は大きな経済的リスクです。
たとえば、離婚後に子どもを引き取るのは女性が多いですが、育児のために、経済的に安定した仕事に再就職する機会や勤務時間が制限されやすくなります。収入が低くなると、将来に受け取る年金の金額が低くなることにもつながります。
国立社会保障・人口問題研究所の斉藤知洋室長は「女性の就業率は上がったが、女性雇用者の半数以上が非正規雇用。家計補助的な働き方の人も多く、女性の経済的自立が進んだとは言えません」と指摘します。
「男女の役割分業が固定化された社会制度を見直さないと、根本的な問題解決にはつながらない」と斉藤室長は言います。
私は、今回の裁判で夫に訴えられた妻にも取材を申し込みましたが、残念ながら実現には至りませんでした。ご本人の思いや、裁判後の暮らしぶりは分かりません。
「離婚したいけれど、できない」。こんな状態が続くのは、子どもを含めた全ての当事者にとって苦しいことです。でも、特に専業主婦の人や実家の支援がない人にとって、離婚がとても厳しい選択であることも、痛いほど分かります。
いま、経済的理由で離婚に踏み切れず苦しんでいる方に伝えたい。その苦しみはあなたのせいではなく、女性が男性と同程度に安定的な収入を得ることが難しい社会の側にあるのだと。
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