2017年10月24日

理論物理学者から下請け社長 常識破りの発電機で「ヒマラヤに光を」

ネパールで土木工事の要らない水力発電機の説明をする菊池伯夫さん(左)=茨城製作所提供

 日立製作所の企業城下町で、下請け工場が居並ぶ茨城県日立市。そこで今、理論物理学者から中小企業社長に転身した菊池伯夫さん(40)が、世界初という土木工事不要の水力発電機を、ヒマラヤの山村に届けようとしています。英オックスフォード大で博士号をとり、世界で研究してきた菊池さんは、畑違いに思える経営も「誰もしたことのないことに挑むという意味で、研究に似ています」。電気普及を足がかりに災害予測までしてしまおうという菊池さんに、その研究者流ビジネスを聞きました。

「川に沈めるだけ」発電機。菊池さんによる説明=動画の一部は茨城製作所提供

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業界初、「川に沈めるだけ」で発電

 菊池さんが社長を務める茨城製作所は、従業員約100人のモーターのメーカー。祖父の代から続く会社で、製品は主に日立グループに出荷しています。2013年、菊池さんが主導して開発した初の自社製品、小型水力発電機Cappaは、大人2人で抱えて運べる大きさ。川や水路に沈めるだけで電気を生む、土木工事いらずの水力発電機です。

菊池伯夫さん=茨城県日立市の茨城製作所

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 小川や水路で発電する小水力発電、というのは再生可能エネルギーの世界では珍しいものではありません。ただ、従来のものは流れをせき止め、水を高い場所から配管を通じて低い場所に落とすことで強めた水流で、発電します。川の水流をそのまま生かす、というお手軽スタイルは、Cappaが初、らしいです。

 「水力=ダム。そんな既成概念に『なんで?』を突きつけ、それを覆す。研究者だった頃と同じ発想で取り組みました」と、菊池さん。お話の最初から研究者スピリッツ全開です。

普通は「ダム」が必要

 従来の水力発電は、高い場所に水をためることで得た位置エネルギーを電力に変えること。川や水路に沈めるだけのCappaの場合、そこを流れている水の運動エネルギーを電力に変えることになります。

川に沈めるだけで発電する「Cappa」=茨城県水戸市

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 「位置エネルギーは簡単に大きくできますが、運動エネルギーって小さいんですよ。公式を見ても分かりますよね」

 高校時代に習った公式を思い出せば、位置エネルギーは「重さ」×「高さ」×「重力加速度」で、運動エネルギーは「重さ」×「速さの2乗」÷2。重力加速度は9.8なので、1キロの水を1メートルの高さにためた位置エネルギーは9.8ジュール。急流とされる流速2メートル毎秒でも1キロの水の運動エネルギーは2ジュール。確かに、そうです。

ヒントはF1、常識破る

 「だから、水力業界は目の前を流れる川の水流には目を向けて来なかったんですが、本当にそうなのか? 何か工夫はないのか? って考えたんです」

 で、レース好きの菊池さんが思い出したのが、留学先のオックスフォード大学の近所に有名チームの拠点が居並んでいたF1のことでした。

なぜF1が解決策になるのか、菊池さんに教えてもらった=茨城県日立市

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 限りなく高速を追求するモータースポーツでは、車体にかかる風の力もスピードに変える工夫がされています。菊池さんが応用したのは、ディフューザーと呼ばれる車体の形状で、車の下を通り抜ける風の速度を上げることで気圧を下げ、車体を地面に押しつける仕組みです。

 要するに、発電用の水力をとらえるプロペラにより早い水流を当てるため、プロペラが入る管の形を工夫する、というのが、流水での水力発電を可能にした技術でした。その結果、元の水流をそのまま使った場合の3倍超の発電が可能になりました。

電気のない世界へ届けたい

 そうして得られたCappaの発電能力は約200ワット。それでもさほど大きな発電力ではありません。「でも、LEDなら十分な照明を得られますし、スマホなら40台同時に充電できます。電気の通っていない地域なら、十分に役立ちますよね」と菊池さんは言います。

 Cappaが目指す市場は、そうした電気の通わない国外の貧しい地域。普及準備に入っているネパールでは、電気が通らず、歩いてしかいけないようなヒマラヤの山村でも携帯電話の電波が届く地域は多く、電気が届くだけで、現代の情報世界にグッと近づけます。

ネパールの地元企業との連携も始まった=茨城製作所提供

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 ネパールでは、2015年から国際協力機構(JICA)の支援を受け、地元企業と共同で普及に取り組んでいます。すでに現地試験も済み、現地生産の準備を行いつつ、11月から実際の設置が始まる予定です。

学者時代は注目論文も

 菊池さんは実家の茨城製作所に戻るまで、理論物理学者として活躍していました。国外の研究機関で研究を続け、他の研究者による引用が100~200件になるような論文も複数書いています。

菊池さんが理論物理学者時代、書いた論文。筆者に「N.Kikuchi」の名前が

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 名門科学誌ネイチャーに掲載された論文の平均より1桁多い注目度の論文も残す業績を上げながら、なぜ、家業を継ぎに日立市に戻ってきたのでしょう。

 「それは秘密です。気まぐれってことになってます」とはにかむ菊池さん。ただ、2009年、専務付けの経営者見習いとして働き始めた当初から、「社会に貢献するビジネスをしたい」と思っていました。

転機はインド生活「システムが気になった」

 「いや、元々は海外に行けばきれいないい感じのホテルを選んで泊まるような男だったんですよ。でも、インドで働いたときの経験が大きくて…」

 2007年から2年勤めたインド科学研究所は、国内でも有数の研究所。なのに、停電はしょっちゅうだし、水道は1日2時間しか出ないことも。町に出れば、超お金持ちから貧困にあえぐ路上生活者までが一目で目に入ってきます。

インド科学研究所で働いていた頃の菊池さん=菊池さんのFacebookから

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 「こんなことで社会が回っていくんだろうか」

 自然界がどんな仕組みで動いているのか、を追求するのが物理学。「なのでね、システム的なところが気になっちゃうんです。社会にしても、このままの仕組みで永続的に動かしていくことができるのだろうか、って」

 思い返せば、生まれ育った日本もそれまで研究生活を送った欧州でも、企業は自らの利益追求が中心。社会を永続させるための自らの役割を考えたビジネスはほとんど無いのではないか。そう思い至ったといいます。

得意分野で挑む「研究者時代と同じ」

 帰ってみれば、日立グループの下請けの仕事が多い家業。感じたのは「最後は日立が守ってくれる」という暗黙の意識でした。与えられた仕事をきちんとこなせばいい、という受け身の姿勢。他方、自分が歩んできた道は、常に自分自身で研究テーマを開拓してゆく一匹狼のスタイルでした。

 「これだけじゃダメだ。自立した仕事もやっていかなくては」。リスクを負ってでも、主体的に考え、動き、強くならなければ生き残れない。そしてやる以上、社会の循環に寄与できるビジネスを。それが、企業人としての菊池さんの原点です。

茨城製作所はモーターのメーカー。元々、日立系列の下請けの仕事が多い=茨城県日立市

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 小水力発電を選んだのは、発電機の原理が家業のモーターと同じで、技術の蓄積が生かせること。そして、研究者時代の専門、ソフトマター物理学と水を扱う流体力学の類似性があることでした。「得意分野を使って、誰もやったことのない世界に挑んでいく。これも研究と同じですね」

 今、築きつつあるCappaのビジネスは、ネパールの現地企業に下請けとしてCappaを製造してもらい、茨城製作所として現地でCappaを販売。稼働中のメンテも現地企業に委託します。自社の利益も上げながら、ネパールの消費者、企業と共存共栄できる道を狙います。

実証試験をしたネパールの山村=茨城製作所提供

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電気あれば防災にも! 広がる構想

 電気のない地域に電気がつけば、村人の生活が豊かになるのはもちろん、そこに降水量や水質などの観測装置を置くことも可能になります。山岳地帯にも広がる携帯電話網を使えば、計測データをリアルタイムで収集でき、災害予測にもつながるのでは?

 そんなアイデアもわき、すでにネパールの官公庁ともコンタクト中。水質に気を遣うマスの養殖業者からも、関心を示されているとのことです。

ビジネス=「研究者と同じやりがい」+「お客さんの笑顔」

 えらく絶好調なお話ばかりですが、研究者スピリッツだけでは通じない世界もあるんじゃないですか?

 「研究と違い、前提条件を自分で設定できない。人間相手なので、同じ条件にいつも同じ反応が返ってくるわけでもない。パラメーターが多すぎる大変な世界ですけど、ピリピリしてチャレンジングで楽しいです。出会いや仲間の助け、そしてお客さんの喜ぶ顔という新しい喜びもありますしね」

ネパールでの実証試験=茨城製作所提供

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 と、どこまでもポジティブな菊池さん。今度のネパール行きは10月28日から。現地での初のCappa実践導入に立ち会う予定です。