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ゲストハウスでの〝急な仲良し〟を調査 背景には一時的ゆえの気楽さ
研究の端緒は「違和感」でした

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研究の端緒は「違和感」でした
旅先には日常より気軽に人と親しくなりやすいという側面もあります。そうした人間関係についてゲストハウスで調査した和歌山大観光学部講師の鍋倉咲希さん(32)に話を聞きました。研究の端緒になったのは、鍋倉さんが旅人「ではない」からこそ感じた違和感でした。(朝日新聞withnews編集部・川村さくら)
〈なべくら・さき〉
1993年、神奈川県生まれ。立教大学観光学部卒業、立教大学大学院観光学研究科博士課程後期課程修了。専攻は観光社会学。博士論文を書籍化して2024年に出版した「止まり木としてのゲストハウス モビリティと時限的つながりの社会学」(晃洋書房)は、第14回観光学術学会著作奨励賞を受賞。
鍋倉さんは2018年から2024年にかけてカンボジア、ベトナム、タイ、ラオスの日本人向けゲストハウスにスタッフや利用者として滞在し、調査を行いました。
調査先でのゲストハウスは、客室が複数人で共用するドミトリー形式で、水回りも共用。共用のリビングがあるような形式の宿を指します。
ゲストハウスでの人間関係に注目した理由は「違和感」でした。
大学時代に東京都内のゲストハウスに宿泊した際、寡黙に見えたオーナーに突然「さきさん」と名前を呼ばれました。
そうなると他の宿泊客からも名前で呼ばれるようになり、距離の詰め方にびっくり。鍋倉さんがバックパッカーや旅人ではない「よそもの」だからこその気づきでした。
「バックパッカーや旅の研究者は、もともと旅好きな人がほとんどですが、私は特別そうであるわけじゃなくて。違和感を覚えたことを研究したくなるタイプなんです」
以来、ゲストハウスでのコミュニケーションが気になっていて、博士論文を書くにあたっての研究対象にしました。
ゲストハウスでのフィールドワークで印象に残っている場面がいくつかあるそうです。
まずは「儀礼的」なコミュニケーション。
最初は居住地や旅程を聞くような定型的なやりとりをしたり、チェックアウト後には「大げさな見送り」をしたり、多くの人が同じようなやり方で出会いや別れを過ごしていました。
また鍋倉さんが最も印象的だったというのが、ある夜、宿泊者やスタッフがみんなで日本のポップソングを熱唱しだした時のこと。
出会ってまもない人たちが旧知の友人のような親密な距離感で合唱し、お互いの話をしあっていました。
個人としては即席の人間関係を不思議に思いつつ、研究者としては「なぜゲストハウスを訪れた観光客は親しげに交流をし始めるのか」という問いを持ち、その関係を観察しました。
現代は、インターネットの発達も含めて、誰かといつでもどこでもつながっていることが当たり前になっています。
その「厄介」なつながりから離れて一時的な関係に終始できるのがゲストハウスの特徴のひとつだと分析しています。
だからこそ、SNSを交換するときには夢から覚める感覚もあるとのこと。
チェックアウトするときにある男性とフェイスブックを交換したところ、「ああ、立教大なんだ」と言われました。
旅の中で完結する一時的なものだからこそ、気楽だったはずの人間関係。
しかしSNSを交換したことで、日常での姿が「バレた」上に、日常に戻ってからも関係が続いてしまうかもしれず、気楽さが失われる感覚があったといいます。
1960~70年代には国内の「放浪旅行」が流行し、特に北海道では横長のリュックを背負って狭い列車内を横歩きで移動する「カニ族」も生まれました。
1970年代にはジャンボ機の普及や円高などで海外旅行のハードルが下がり、日本のバックパッカーが世界へ出て行くように。
1990年にはお笑い芸人「猿岩石」がテレビ番組の企画でユーラシア大陸を横断し、日本でバックパッカーブームを起こしました。
鍋倉さんによると、1990年代のバックパッカーについて分析した研究では、若者の「ビンボーゲーム」が指摘されていました。
本当に「貧乏」なわけではない若者が、タイのカオサン通りを「テーマパーク」として楽しんでいた時代でした。
ゲストハウスで過ごした時間で、調査のための連日の飲酒と生活のストレスで胃を悪くしたという鍋倉さん。
けれど、「不思議」な人間関係に疑問を持ったからこそ研究し、分析した成果には手応えを感じました。
「私と同じように、ゲストハウスでの即席の人間関係を不思議に感じる人たちはきっといると思います。そういう人たちに、なぜこうした人間関係が成立するのかをきちんと説明し、その面白さを伝える本を書けたのはよかったと思う」と話します。
これからは旅とジェンダーの関係についても研究していきたいそうです。
「これまでのバックパッカー研究は、自分も旅を重ねてきた男性の研究者による、男性のバックパッカーに関する調査ばかりでした」
「必ずしも旅好きではない、また、女性だからこそ取り組めるテーマがあるかなと思っています」
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