連載
#15 若者のひとり旅
車掌から「セクシーな動画持ってないか」 ひとり旅で起きる珍体験
観光心理学者×旅好き若手記者の座談会〈後編〉

連載
#15 若者のひとり旅
観光心理学者×旅好き若手記者の座談会〈後編〉
「ひとり旅」と、ひとりで取材先に出向いて話を聞く「取材」とは似ているのかもしれません。旅好きの若手記者2人と観光心理学の専門家が旅について語り合いました。(朝日新聞withnews編集部・川村さくら)
○林幸史(はやし・よしふみ)
1976年大阪府八尾市生まれ。大阪国際大学人間科学部心理コミュニケーション学科教授。 大学時代にひとり旅を始めた。来年50歳になる記念にヒッチハイクでの日本縦断を計画中。
○マハール有仁州(まはーる・ゆにす)
1996年神戸市生まれ。パキスタンと日本にルーツがある。2021年に朝日新聞社に入社後、金沢、千葉の両総局を経て現在は東京本社のネットワーク報道本部員。国内は高知・熊本以外踏破済み、海外はアジア・ヨーロッパを中心に61の国と地域。小学校時代パキスタンに2年在住、高校はオーストラリアに1年間留学した。
○川村さくら(かわむら・さくら)
1997年福岡県筑後市生まれ。2020年入社後、北海道報道センター、前橋総局、大阪本社を経て現在は東京本社のデジタル企画報道部員。47都道府県は踏破済み、海外は15カ国ほど訪問。
川村)まず、何を目的に旅をするか。私は、行くからにはちゃんと土地の風土や文化を理解したいと思っています。うわべの観光はしたくない。特に海外だと前提知識が欠如していることが多いから、せめて新書1冊だけでも読んでいくと街を歩くときのおもしろさが違う。
マハール)土地風土とかに加えて、個人的には政治体制の違いをはっきり感じるのが楽しいです。入国審査でパスポートを見せたら「これはイスラエルの名前か?」と言われて、「違います。パキスタンの名前です」と答えたら「じゃああちらの待合室まで」って4時間半ぐらい尋問官と面接したこともありました。
川村)私は名前が「さくら」で特にアジア圏で受けが良くて、入国審査で「花の名前だね」とか「NARUTO(ヒロインの名前がサクラ)だね」って言われたり。楽な名前つけてもらったなあとは思います。
川村)単純に乗り物の中でぼーっとしているのは好きです。あと「安けりゃなんでもいい」根性で、就活中には福岡の実家から東京まで2日間電車に乗りっぱなしで青春18きっぷを使って行くこともありました。でも社会人になってから、そんなに長くない夏休みをそうやって費やすのはちょっともったいないかなと思う。
マハール)トルクメニスタンの電車の1人部屋にいたとき、車掌さんが何回も入ってきて、「セクシーな動画を持ってないか」みたいなことを聞いてくるんですよ。トルクメニスタンってそういうのが違法らしくて。例えば日本でJRの職員が突然隣に座って来て、そういう動画をくださいなんて言ったら、もう確実にクビにされるじゃないですか。移動中であっても色々と日本の常識であり得ないことが普通に横行していて楽しかったというか、刺激的でした(笑)
川村)なんで記者になったのかっていうと、私は屋久島での出会いがきっかけです。登山中、お互いひとり旅同士でしゃべるようになった年上の大学生が、新聞記者の内定者でした。「なんで記者?」って聞いたら「いろいろな場所に行って色々な話を聞くのおもろいやん」って言われて「たしかに!私にも向いてそう」と思いました。
あと全国転勤がしたかった。若いうちは数年おきに転勤があるから、色んな地方で暮らして、その期間はその周辺をまわれる。日本で会社員をしながら旅がしたいとすれば、割とコスパが良いかなと思います。あと、新聞だと、テレビ局の「クルー」と違って、基本的には1人で取材することが多いのもいい。
林さん)新聞記者さんは何歳ぐらいから1人で自由に動けるようになるんですか?
川村)最初からです!
マハール)現場に行って人に出会いながら学ぶというのは旅も記者も同じだと思うんですけど、記者の場合は学んで終わりじゃなくて、その成果物を出す必要がある。その緊張感があるんです。正直、旅の方が楽しいかなって(笑)。ただ、一介のバックパッカーで会えない人には会えるっていうのは新聞記者のいいところ。
旅で出会ったのはお気楽な人だけではなかった。お父さんが数日前に殺されたパレスチナの少女がいたし、エチオピアで案内したり遊んだりしてくれた10歳ぐらいの子どもは4畳の部屋に2人で住んでいた。大きな力、波に飲み込まれて自分の力ではどうすることもできない人たちがいるんだと分かって、当然日本にもいるそういう人達の声を届けたくて記者を志望しました。
林さん)旅先での自分と、普段の自分って違ったりしますか?変わらないですか。
川村)誰にでも喋りかけていいっていう感覚があるから、すごい嬉々としてるかもしれないです。日本にいると抑圧されている感覚が強い。海外だと「すてきなお洋服ね」って話かけてもいいかなって。
マハール)確かに人に話しかけるハードルは異様に低くなりますよね。バスで隣にあった人と仲良くなって泊めてもらうみたいな、なかなか日本ではないことができる。自分は意外と他人を信用できるのかなって思いました。
林さん)やっぱりお2人はいろんな人に普段から喋り掛けたいんですよね。
川村)話しかけたいです。普段の生活でも話しかけたいけど、そこは不審者にならないように我慢して、困っている人にしか喋りかけないようにしています…。
原稿でも「人もの」と呼ばれる、人物紹介の記事を書くのが圧倒的に一番好きです。その人がなんでここにいてこの生き方をしているのかっていうのを聞いて、自分が面白いと思ったところにより重点を置きながら書いていく。自分から見えたその人の人生を書けるから好きです。
マハール)同意します。いろんな調査報道や分析や当局取材もありますけど、結局人ものが一番面白いんじゃないかって。色んな人の人生を知れるのは楽しいですね。
林さん)私の世代だったら沢木耕太郎さんの「深夜特急」とかの影響を受けて、スタイルを真似てるところから始まってると思うんですよ。そういう紀行文学的なものとか、ロードムービーとか、影響を受けたなあみたいなメディアは何かありますか。
川村)ロードムービーはないですね…。影響を受けたとすれば、友だちかもしれないです。大学の友だち。旅をしている子とか、探検部の子とか、あっちこっち行ってる人が自然と周囲にいて、あとTwitter(現X)に自分の旅の記録をしている子もいたから、そういうところで旅への関心が生まれたと思います。
マハール)社会派の映画を見て、その国に関心を持つという方が多かったなと思います。あとは本で言うと、ソマリランドに行こうと思ったのはノンフィクション作家の高野秀行さんの本がきっかけでした。
林さん)自分のルーツというか、アイデンティティがある場所はどこですか?
マハール)私は父がパキスタン人で、日本では「外国人」として扱われ、パキスタンでは「日本人」として扱われ、「自分は何者なんだ」みたいな部分がありました。でも旅をして思ったのは、国家っていうのは誰かがつくったものでしかないのかなと。
中央アジアとかは、グラデーションで顔付きも濃くなっていく。ユダヤ人は先祖がディアスポラ(世界中に散らばって生活)した先々によってアフリカ系、中東系、ヨーロッパ系でもある。「○○人」っていうのは想像上のものなのかなっていうのに気づいて、自分のアイデンティティクライシスみたいなものの鍵が見つかった。いい距離感でアイデンティティや国籍と対面できるようになりました。
林さん)最後に聞きたいのが、旅はあなたの人生を幸せにしましたかという問いです。
川村)旅をしない人生がまず想像できないかもしれないですね。やっぱり頭でっかちになりたくもないし、いろんな人と話して多くを知った経験があると、その後も人と話しやすい。
マハール)間違いなく幸せにしていると思います。昔の写真を見返したりすると涙が出ます。Amazonのファイヤースティックでスライドショーにしていますが、あれで旅で出会った人たちとの写真を見てると楽しかったなって思います。人に出会って助けられ、何かしら不安を紛らわすみたいなのって、人生も旅も一緒なんじゃないかなって思います。旅が人生そのもの。
林さん)最近考えていることが、「旅で大切なことは人生で大事なこととイコールだ」と思うんですけど、そう言える根拠は何やろうって。学生にも「旅はいいよ」と言うんですけど、話として分かってくれても、実際その子が旅に出るわけではない。
マハール)旅をして不幸になることは基本ない。行く前と行った後で感情は変わる。一緒です。別に感情は同じですってこともないと思うんですよね。失うものはないと思うので勇気を持って行ってほしいですね。お金はなくなりますが。
林さん)私とお2人では年齢で言うと20ぐらい違うんですよね。でも、手段は違うても本質的な部分は変わらんのがやっぱりいいなって。こんなこと言ってるのが歳ですよね。嫌やわー。
マハール)今のお話は完全に記事のオチに使われると思います(笑)
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