悩む人もいる体臭。中でも“わきが”という言葉がよく聞かれますが、どのような状態を指すのでしょうか。「わきがに関しては誤解もある」とする専門家に話を聞きました。(朝日新聞デジタル企画報道部・朽木誠一郎)
“わきが”とはどのような状態なのでしょうか。日本医科大学武蔵小杉病院形成外科の桑原大彰医師に話を聞きました。
桑原医師は「わきがとは、特に脇から強い体臭が発生する状態を指し、医学的には腋臭症と言います。主にアポクリン腺という汗腺が関与していて、この腺から分泌される汗が皮膚上の細菌によって分解されることで、特有の強いにおいを発生させます」と説明します。そして、「腋臭症には誤解も多い」と注意喚起します。
「わきがは不快なにおいのため、他人から忌避されるだけでなく、社会生活やパフォーマンスに影響を及ぼすことがあります。一方で自身ではにおいに気づかないことも多く、双方ともに悩むことが多い疾患です。
わきがという単一のにおいがあるわけではなく、成分の異なるさまざまなにおいが入り混じっており、体調やストレスなどによっても変わるため、自分や周りの人の意見で判断するのが難しい面もあります。
真にわきがなのか、他の要因で体臭がしているのかを検査すること、原因に合わせた治療を行うことができますので、気になる場合は専門の医療機関を受診することをおすすめします」
では、「真にわきがである」というのはどのような状態なのでしょうか。ヒトの汗腺には「エクリン腺」と「アポクリン腺」の二種類があります。このうち、アポクリン腺から出る汗が、わきがの原因になると考えられているそう。
「いずれの汗腺の汗も、分泌直後は無臭です。ただ、脇の下や乳輪、陰部、耳の中など特定の部位にのみ存在するアポクリン汗腺から出るのは、水分の他に脂質やたんぱく質、糖分、鉄分など多様な成分を含む、粘り気のある汗です。
体の皮膚の大部分は、エクリン腺から出る汗により弱酸性に保たれることで、雑菌の繁殖を防ぎます。一方でアポクリン腺の汗は中性から弱アルカリ性で、皮膚上の菌が増殖しやすく、また多様な成分が菌により分解されることで、特有の強いにおいが発生します。分泌はストレスを感じたときや興奮した時に多くなります」
アポクリン汗腺の分泌物の質には、ABCC11遺伝子が関与するとされており、「腋臭症は耳垢が湿る原因遺伝子、ABCC11遺伝子の 538G>A(rs17822931)SNPという遺伝子変異と相関が非常に高く、遺伝性疾患と考えられる理由はここにあります」「当院では遺伝的背景の有無を外科治療前に評価して、真に腋臭症があるかを判断し、最適な治療選択の提供を心がけています」(桑原医師)
「わきがは治療可能な病気」と桑原医師。同院では、自覚症状と他覚症状、各種検査で総合的に診断されます。
「診断には、問診やガーゼを使用して臭気の程度を確認する方法があります。しかし、においの程度は主観的判断である上に、自己臭恐怖症(本当はにおいがないか少ないにも関わらず、自身は臭いと思い込み日常生活に支障をきたしている人)の患者さんが一定の確率でいらっしゃいます。また自分のにおいは、一般的に鈍感であることが多いため、本人は全く自覚がない場合もあります。
そこで、当院の腋臭症外来では、前述の遺伝子検査を用いて診断補助を行っているほか、においセンサーを使用してにおの客観的評価をしています。治療前後の変化を数値化して示すことで、においへの不安を軽減することができるようになります」
では、病院ではわきがにどのような治療をするのでしょうか。桑原医師は大きく「手術する」「汗の量を減らす」という二つの方法があるとします。
手術は、医師が腋臭症と診断すれば、保険適用になります。同院では皮弁剪除法という、皮ふを切開し、アポクリン汗腺を切除する方法で行います。においの原因となる汗自体が出なくなるので、「一度の手術でにおいがほとんど気にならなくなる場合が多いです」と桑原医師。
「小さい創(傷口)から半盲目的にアポクリン腺を除去することもありますが、多くの経験から、肉眼的に確実にアポクリン腺を除去することができる皮弁法を選択することが勧められます。この場合、においの後戻りが少なくなります」
また、「汗の量自体が減ることで、わきのにおいを抑えることができるようになる」と桑原医師は説明します。
「汗の質に関わらず、脇が“蒸れている環境”が続くと細菌の繁殖が促されることが多いため、汗量でにおいが助長されていると考えられる患者さんに対しては、併せて多汗の治療を行うことがあります。
汗が多くなる原発性腋窩多汗症という疾患を合併している患者さんには、保険診療内での治療を、そうではない方でも、汗の量を減らすことで減臭が期待される方には、自費診療内で汗を抑える治療をお勧めすることもあります。
治療法はさまざまで、汗管の細胞に作用して汗の通り道を塞ぎ、発汗を抑制する塩化アルミニウム外用薬から、抗コリン内服薬、ボツリヌス毒素注射などがあり、いずれも効果・副作用を有するため、医師とよく相談の上、決定してください」
さらに、自分でできる対策としては「主に清潔を保つ、酸化を防ぐ、適切なスキンケアをする、ということになるでしょう」と桑原医師は話します。
「毎日の入浴やシャワーで皮膚表面の汚れや余分な皮脂をしっかり洗い流すことが重要です。ただしこのとき、こすりすぎて皮膚にダメージを与え、必要な皮脂膜が剥がれてしまったり、皮膚角質層が傷付いてしまったりして、皮膚の防御機構を壊してしまうこともあるため、注意してください。
デオドラントにはわきが専用の、体臭を抑える力が強いものもあります。また吸湿性の高い素材の衣服を着用し、定期的に洗濯して、においのもとを減少させることも有効です。
その他にも一般的なお話として、ストレスの管理や食事の見直しなどをお伝えすることがありますが、生活スタイルを大きく変えたくない方や、毎日の工夫が強迫観念につながりむしろストレスを感じてしまう方もいらっしゃいます。可能な範囲で行えること、継続できることを一緒に計画していきましょう」