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歌舞伎町、30年封印された雑居ビルの「吹き抜け」で見たものは…
Chim↑Pomが手がける〝濃厚アート〟王城ビルで「ナラッキー」開催
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Chim↑Pomが手がける〝濃厚アート〟王城ビルで「ナラッキー」開催
美術館など静かできれいな場所で黙って作品と向き合う……なんていう〝普通のアート〟とは正反対のプロジェクトが9月から始まっています。場所は新宿歌舞伎町のど真ん中、会場は雑居ビルの1棟ぜんぶ。現代美術でたびたび話題をさらう「Chim↑Pom from Smappa!Group(チンポム)」が手がけるプロジェクトは、奈落という不穏な言葉をモチーフにした「ナラッキー」です。いったいどうしてこんな企画が生まれたのか。恐る恐る足を踏み入れてみることにしました。
金曜夜の新宿駅の人混みは想像以上で、「客引きに注意」のアナウンスを聞きながら10回くらい客引きを断って、ようやくたどり着いたのが今回の展覧会の会場「王城ビル」でした。
1964年に完成した「王城ビル」は、その名の通りお城のような外観で、これまでキャバレーやカラオケ店、居酒屋と業態を変えながら2020年まで営業していました。その後は、イベントの会場として何度か使われながら、静かに歌舞伎町を見守ってきました。
入場の手続きを済ませると、部屋番号が印刷されたチケットを手渡され、1度、外へ。建物を半周する際、目に入るのが「歌舞伎町公園(歌舞伎町弁財天)」です。
もともと沼地であったところを埋め立ててできた歌舞伎町。水の神様である弁財天をまつる社の前を通るところから、すでに、土地や建物自体をアートとしてとらえる展覧会が始まっているという仕掛けです。
そうして、おっかなびっくり入り口に向かうのですが、そこにあるのはどこまでも普通の雑居ビル。目を凝らさないと見つからないくらいのささやかな案内表示を手がかりに進むという探検気分を味わえます。
2階にある作品「奈落」は今回の展覧会の象徴とも言えるものです。30年間、閉鎖されていた吹き抜けを開放しサーチライトを設置。そこから上に伸びる光が歌舞伎町の空を突き抜けます。
周囲は、解体工事中の建物のようなカオスな状況がそのまま残されています。それが歌舞伎町の歴史を伝える装置になっているのです。
4階まで足を伸ばすと、受付でもらったチケットの意味が判明します。
そこにあるのは、チケットと同じ部屋番号「402号室」のカラオケルーム。ゆうに50人は入れるパーティールームに設けられた花道には、本物のカラオケの機械があり、歌い放題になっています。
壁には「国内初 サザン全曲集」の貼り紙が残っており、かつての「王城ビル」の姿を伝えます。
私が訪れた時は、親子連れがディズニーでおなじみの「イッツ・ア・スモールワールド」を熱唱しており、まさか歌舞伎町でその曲に出くわすとは思わず、自然とテーブルにあったタンバリンを鳴らしてしまいました。
普通の美術館やギャラリーではありえない光景ですが、こういった偶然の出会いもまた展覧会の狙いなのでしょう。
5階屋上にあるのが、「奈落」から照らされたサーチライトの光と、日光で長時間露光して完成させる「サイアノタイプ」の看板が組み合わさった作品「光は新宿より」です。
作品名にもなっているスローガンは、戦後初の闇市「新宿マーケット」ができた際に新聞広告として掲げられた文言からとっています。
街を見下ろす、とは言えない高さのビルですが、歌舞伎町をど真ん中から見上げるこの風景だけでも、一見の価値ありです。
今回のプロジェクトの立ち上げに関わったのが、今年8月に生まれた「歌舞伎町アートセンター構想委員会」です。
委員会の運営に携わり、自らも歌舞伎町でホストクラブなどを経営するSmappa!Group会長の手塚マキさん(歌舞伎町商店街振興組合常任理事)に話を聞きました。
手塚さんは「歌舞伎町アートセンター構想委員会」の役割は「巻き込み」にあると言います。
「王城ビルを複合的なアートセンターにしていきたいんです。そのためには、飲食や音楽など様々なプロを巻き込んでいかなきゃならない。だから、個人ではなく委員会という形になりました」
地域全体で取り組む姿勢が目立つ今回のプロジェクト。実は、後援には新宿区も入っています。
「こういった取り組みに行政が後援するのは、けっこう珍しいと思います。でも、丁寧に説明して信頼関係ができているので問題なかった。一般的な美術館での展示だけじゃできないことを新宿区が受け入れている。その姿勢は大事なことだと思っています」
手塚さんが「王城ビル」と接点ができたのが昨年の秋。すぐに「チンポム」のメンバーに紹介したそうです。
「とてもユニークな建物なんですが、作為的に計算されてできたわけではないのが現代アートの舞台として魅力に感じました」
そもそも歌舞伎町は、戦後、娯楽施設の誘致で復興を目指したことからその名になったという歴史があります。
今も、シネコンの映画館は連日、観客でにぎわっており、ライブハウスも少なくありません。
こうした文化の街の顔も持っている一方、雑然とした歓楽街としての存在も際立つ歌舞伎町について手塚さんは「この濃さが一番の魅力」ととらえています。
「歌舞伎町は地方出身者の集まりでもあるので特徴がないことが特徴。そして、それが全部濃い。それ故に、ここでアートを生みだすことはとても難しく、だからこそ面白いものになる」
新型コロナウイルスが5類に移行され「コロナ後」という言葉が広まる中、歌舞伎町で目立つのは圧倒的に海外からの観光客です。
手塚さんは「世界中からセレブが来るのも、この混沌さがあるから」と言います。
「今回のプロジェクトもただのアートだと構えずに、歌舞伎町に来るところから楽しんでもらいたい。展示を見て『面白いビルだなあ』って思うだけでもいい。その後、ご飯を食べて、お酒を飲んで、歌舞伎町で遊ぶ。その全部を楽しんでほしい」
実際、プロジェクトに合わせて立ち上げられたLINEのオープンチャットには100人以上が参加していて、「チンポム」のエリイさん自ら写真やコメントを投稿しています。
チャットでは、歌舞伎町のおすすめの飲食店情報なども飛び交い、展覧会だけでは終わらないプロジェクトの魅力を体現する場所になっています。
そんなチャットの盛り上がりをスマホで眺めつつ、再び駅に向かう道すがら思い出したのは「王城ビル」の屋上からの風景です。
ゴジラヘッドで有名な「新宿東宝ビル」と、出来立ての「東急歌舞伎町タワー」に並んで、「王城ビル」の「奈落」からの光が伸びているという、歌舞伎町の現在過去未来を凝縮したような光景でした。
けっして〝お上品〟ではない今回の展示。だからこそ、会場に行くまでと、そして出た後の時間までのぜんぶひっくるめたアートの魅力を味わえる〝お得な〟プロジェクトになっていると言えそうです。
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