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年間2万人が死産、うつ病へつながるリスクも 周囲は「寄り添い」を

お産をとりまく赤ちゃんの死は「ペリネイタル・ロス」と呼ばれることがあります

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写真はイメージです 出典: Getty Images

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流産や死産、新生児死亡など、お産をとりまく赤ちゃんの死は「ペリネイタル・ロス」と呼ばれることがあります。妊娠の15%前後が流産になるとされ、年間2万人近い女性が死産を経験しています。赤ちゃんを亡くした家族のグリーフ(悲嘆、深い悲しみ)やケアについて、専門家に話を聞きました。

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「ペリネイタル・ロスは公にされにくい死」

厚生労働省は、妊娠12週以降におなかの中で亡くなった赤ちゃんの出産を「死産」と定義しています。

死産の数や割合は減っていますが、2021年は1万6277件ありました。また、生後28日未満の新生児死亡は658件でした(いずれも人口動態統計)。

一方、日本産科婦人科学会は、赤ちゃんがおなかの外で生きることができない妊娠22週(6カ月)より前に妊娠が終わることを、「流産」と定義しています(妊娠12週未満は「早期流産」、12週以降22週未満は「後期流産」)。

妊娠の15%前後が流産になるとされ、早期での流産が多くを占めます。

多くの人が赤ちゃんを亡くしていますが、「ペリネイタル・ロスは公にされにくい死で、『悲嘆』を意味するグリーフもなかなか語られることがありません」と静岡県立大学の太田尚子教授(看護学)は指摘します。

太田さんは助産師でもあり、家族らをサポートするグループに長年関わってペリネイタル・ロスやグリーフケアについて研究を続けてきました。

ーーなぜ「公にされにくい」のでしょうか?

一般的な死別の場合は親族や知人が集まってお葬式をしますが、死産の場合は家族だけでやることが多く、周囲の人が知る機会がありません。

ご本人たちも赤ちゃんを授かったことを知っている人には伝えても、妊娠した姿や赤ちゃんの姿を見ていない人にあえて話す必要はないと思うのかもしれません。

言われた人もどう反応していいか分からず戸惑うのではないかと、相手のことを思いやってご家族が語りにくいこともあるかと思います。
 
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写真はイメージです 出典: Getty Images

うつ病へつながるリスクも

ーー赤ちゃんを亡くしたご家族のグリーフには、どのような反応があるのでしょうか?
 
悲しみや怒りがわき起こったり、自分を責めたり、元気な赤ちゃんや妊婦さんを見ることがつらくなり、避けたりすることがあります。赤ちゃんはいないのに声が聞こえたり、胎動を感じたりといった反応も出ることがあるようです。
 
一方で、ショックが強すぎて無感覚になったり、自分のこととして感じられなかったり、つらさを回避することもあります。
 
無感覚の時期と感情が活発に出てくる時期が行ったり来たり繰り返され、だんだんと適応していくと言われています。適応というよりも折り合いをつけていくという感じでしょうか。
 
グリーフの期間は人によって全く違います。数カ月といった短い期間ではなく数年、長い人は10年ということもあり、本当に個人差が大きいと思います。
 
グリーフは情緒、身体、行動、認知など、多方面にかかわるもので、正常な反応ではありますが、不眠、頭痛、胃腸障害など、様々な影響が出ることもあり、うつ病へつながるリスクもあります。複雑化しないように長期にわたるサポートが必要です。
 
ーー厚生労働省の調査では、流産や死産で赤ちゃんを亡くした女性の65%が「うつ・不安障害が疑われる」という結果が出ていました。
妊娠期間とグリーフに関連はあるのでしょうか?
 
悲しみの深さは妊娠週数に関係ないと言われています。早期流産だから悲しみが軽いということはありません。
 
グリーフは亡くなった赤ちゃんへの愛着が影響します。
 
妊娠中長く一緒に過ごしているお母さんのほとんどが大きなグリーフを経験しているようですが、グリーフの大きさにも個人差があります。
 
夫婦関係では、新生児死亡よりも死産の方が夫婦の気持ちの不一致が起こりやすいと言われています。死産の場合、お父さんは生きている我が子を見ていませんが、お母さんはおなかの中で生きているわが子を自覚しています。
 
我が子が生きていた認識があるかどうかで、大きな違いがあるのだと思います。
 
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写真はイメージです 出典: Getty Images

男性にとっても大きな喪失

ーー男性の場合、悲しみに暮れる間もなく仕事をしなければならないケースがほとんどかと思います。仕事をしている方が気が紛れるという方もいますが……。
 
男性にとっても赤ちゃんが亡くなることは大きな喪失です。うつや不安障害、PTSDになることもあり、男性でカウンセリングを受ける方もいらっしゃいます。
 
男性は仕事に集中して気を散らしたり、悲しみを抑制したりする傾向がありますが、悲しくないように見えたとしても激しい感情の揺れを経験しています。
 
周りは、「お母さんを支えてくださいね」と言いがちですが、言ってはいけない言葉です。お父さんもつらい思いをしているなか、それ以上追い詰めないようにしないといけません
 
ーー働いている女性が死産で赤ちゃんを亡くした場合、8週間の産休が取れますが、男性には同様の制度がありません。
 
お父さんは死産届を出したり葬儀の手配をしたりいろいろ動かれていますが、そのときのことを覚えていないとおっしゃる方もいます。
 
それくらいお父さんにとっても過酷なことなのだと思います。男性もお産の後に少し休めたらいいですよね。産後パパ育休(出生時育児休業)は取れるようになりましたが、赤ちゃんが亡くなったら取れませんから。
 
お父さんもわが子を亡くした当事者です。お母さんのサポートをする人ではなくて、周りが支援を提供していかないといけない。それはお母さんもお父さんも一緒だと思います。
 
写真はイメージです
写真はイメージです 出典: Getty Images

周囲は励ましより寄り添いを

ーーご家族は赤ちゃんの死とどう向き合っていくのがいいのでしょうか?
 
向き合い方は様々かと思いますが、無理に隠したり、気持ちを抑えたりすることは違うと思います。そののちの人生において、亡くなった赤ちゃんも家族の一員として、共に過ごしていくお母さんが多いですね。
 
時間が気持ちに変化をもたらしてくれますが、それで解決するわけでもありません。
 
自分の気持ちに向き合うことはものすごくつらいことですが、向き合いながら進んでいる方もいます。
 
職場や日常生活では、あまり無理をしないことです。自分のこころと身体を守ることが一番。話しかけられてつらかったら、つらいと言いにくいかもしれませんがそういう場は避けてください。仕事を休んだり、部署を変えてもらったりする人もいます。
 
職場の方々にお願いしたいのは、ニーズを聞き、対応していただくことです。
 
励ましよりも寄り添いです。「気持ちを話したくなったら聞きますよ」「話したいときに声かけてくださいね」という姿勢を見せていただけるといいと思います。
 
ーー友人・知人で赤ちゃんを亡くされた方がいたら、どう接するのがいいでしょうか?
 
ご自身が妊娠しているとか、生まれたばかりの赤ちゃんがいる場合、すごく悩むと思います。そういう場合は、しばらく待つ姿勢が必要です。
 
赤ちゃんを亡くしたご家族は、年賀状などで赤ちゃんの写真が送られてくることもつらいと言います。赤ちゃんの写真や妊婦さんの姿を見ることがつらい人もいると、知っていることが大切ですね。
 
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写真はイメージです 出典: Getty Images

変わってきた医療現場

ーー病院ではこれまで、赤ちゃんを失ったご家族へのケアはどのようにされていたのでしょうか?
 
80年代後半、私が助産師として勤めはじめたときはまだ、医療現場で赤ちゃんの死は隠す、触れないという文化が強く残っていました。
 
つらい経験をされたお母さんに、それ以上つらい思いをさせたくないという医療者の配慮でしたが、ご家族も亡くなった赤ちゃんをお母さんに会わせたくないという反応がほとんどでした。
 
私が勤めていた病院では、当時からお母さんに赤ちゃんと会ってもらっていましたが、最初ご家族には「そんなむごいことはしないで」と言われました。
 
赤ちゃんに会う意味や、お母さんがどんな思いでおなかの中で育ててきたかをお話しすると分かってもらえましたが、当時はお母さんがどうしたいのか知られていませんでしたし、お母さんたちも思いを発することができない状況でした。
 
ーー母親の思いが医療現場に広がったきっかけはありますか?
 
お母さんたちが声を上げたのが大きかったと思います。
 
『誕生死』(流産・死産・新生児死で子をなくした親の会著、2002年、三省堂)という書籍は影響が大きく、助産師や産科の世界で赤ちゃんを亡くした母親のケアの大切さを再認識しました。
 
お母さんたちは亡くなった赤ちゃんを腕の中で抱きたいと思っているし、共に過ごしてお別れをしたい、遺品も残したいと思っていたけれど、多くの医療者はそれを過酷だと思い違いしていたのだと思います。
 
私は90年代からケアをしていますが、亡くなった赤ちゃんをお母さんのもとへ連れていくと喜ばれる方が圧倒的に多かったです。
 
にこにこして抱いて話しかけていて、赤ちゃんに会うことはつらい経験だけではないと思いました。
 
その後、多くの病院でケアの改革が始まりました。
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ーー2021年、厚生労働省が各自治体に、流産や死産を経験した女性等への支援について通知を出しました。
 
いま、保健師さんたちが支援を検討している最中で、様々なところで勉強会が始まっています。
 
産後1カ月健診までは病院とつながっているのですが、その後は、地域や行政のケアがすごく重要になります。
 
カウンセリングの情報提供をしたり、地域の自助グループへつなげたり、少なくとも1年間は専門家がサポートしていく必要がありますし、医療職、自治体、心理職、経験者が一緒になってサポートシステムを構築することが重要になってきます。
 
ペリネイタル・ロスに特化した相談窓口も必要です。専用ではなく妊娠中や子育ての相談窓口だとお母さんたちも相談していいのか分かりませんし、自分がサポートを受けられるのか不安になってしまいます。
 
赤ちゃんを亡くすことはほかの死別とは少し違うということを、行政にも社会にも、もっと知っていただきたいですね。


    ◇

◆厚生労働省のサイト 流産・死産等を経験された方へ:https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_27342.html
◆都道府県等の流産・死産等の相談窓口一覧(厚生労働省まとめ):https://www.mhlw.go.jp/content/11920000/madoguchi.pdf
◆「働く女性が流産・死産したとき」(厚生労働省委託 母性健康管理サイト):
https://www.bosei-navi.mhlw.go.jp/ninshin/ryuzan.html

◆太田尚子教授がかかわるサポートグループ「天使の保護者ルカの会」:https://tenshi-rukanokai.jpn.org/

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