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「感情が出なかった」あの時…死産を経て夫婦がつくった語り合いの場
毎年10月9~15日の1週間は、国際的な啓発週間「Baby Loss Awareness Week」です
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毎年10月9~15日の1週間は、国際的な啓発週間「Baby Loss Awareness Week」です
新しい家族が増える、幸せなはずのお産。しかし、流産や死産、新生児期に赤ちゃんを亡くす家族もいます。お産をとりまく赤ちゃんの死は「ペリネイタル・ロス」と呼ばれ、家族の心のケアや当事者同士のサポートの場が少しずつ広がってきました。
毎年10月9~15日の1週間は、赤ちゃんを亡くした家族への支援や理解を深める国際的な啓発週間「Baby Loss Awareness Week(ベイビー ロス アウェアネス ウィーク)」。ピンク&ブルーリボンがシンボルマークです。
「死産は急なことでした。慌ただしく入院の準備をしましたが、気が動転していたのか全く泣いていないし、感情が表に出なくて妙に冷静でした」
香川県高松市の秋山美智子さん(45)は2020年の秋、不妊治療の末に授かった息子を妊娠20週(妊娠6カ月)で死産しました。
妊娠12週(妊娠4カ月)以降におなかの中で赤ちゃんが亡くなると、人工的に陣痛を起こして「出産」しなければいけません。
「コロナ禍で面会制限があって主人も来られず、ぽつんと1人だった」入院。両隣の部屋からは、赤ちゃんの泣き声や沐浴(もくよく)の練習をする声が聞こえてきました。
それでも、涙があふれることはありませんでした。
ペリネイタル・ロスを経験すると、ショックで感情がまひしてしまうこともあります。助産師さんには「大丈夫」と繰り返していました。
しかし出産前夜、助産師さんが「子どもが亡くなったんだよ、大丈夫なわけないでしょ。泣いていいんだよ」と涙を流してくれたことで初めて、自身の感情もあふれて泣けてきたといいます。
出産には、夫で僧侶の和信さん(48)も立ち会うことができました。
364gの、両手に収まる小さな息子。手形や足形を取ったり、写真を残したり。家族の時間を過ごしました。
退院のときは車に棺を乗せて、通り道にある遊園地へ行きました。「ここに遊びにきたかもしれなかったよね、と主人と話しながら。小学校や通学路も通りました。ランドセル背負って通うんだったんかなって」(美智子さん)
息子には、2人から一文字ずつ取って「智信(ちしん)」と名付けました。アンパンマンのぬいぐるみに息子を重ね、毎朝お参りしたり、一緒に寝たり、連れて出かけたりしています。
今でこそ向き合えていますが、当初は家から外に出ることもできませんでした。「スーパーに行って子ども連れの方を見るのもつらくて、朝から晩まで泣いて泣いて、どん底でした」
SNSで「死産」について検索する日々。「私たちに必要なのはカウンセリングではなく、思いを話して『そうだよね、そうだよね』と聞いてくれる人。とにかく誰かとつながりたかった」と話します。
調べる中で、「グリーフ(悲嘆、深い悲しみ)ケア」や「ペリネイタル・ロス」という言葉に出会い、学び始めました。
「実際経験した人に話を聞いてほしかったのですが、たどり着けませんでした。初めは自分自身の喪失と向き合うためでしたが、これからも私たちのようなお父さんお母さんはいらっしゃるはず。『ないなら作ればいい』と考えました」
美智子さんと和信さんは、2021年から啓発活動を始め、赤ちゃんを亡くした人同士で話し合える「おはなし会」などをお寺で開催しています。
お寺には、四国をはじめ、関西や山口、静岡、神奈川など遠くから訪れ、年齢は20〜80代と様々です。
大切にしているのは、「ピア(仲間、対等)」として同じ時間を過ごすこと。
美智子さんは、「子どもを亡くすことは、自分の死生観に影響します。なぜ今こうして生きているのか、子どもが亡くなった意味はあるのかなど、生死への問いが生まれ、苦しんでいらっしゃる方もいるかもしれません」。
和信さんは、「その子が生きたかった1日を大事にしていきましょうとお話しすると、若い方にも響いているようです」と話します。
厚生労働省は、妊娠12週以降に亡くなった赤ちゃんの出産を「死産」と定義し、市区町村への届け出を義務付けています。
死産の数や割合は減っていますが、2021年は1万6277件(うち自然死産は8082件、人工死産は8195件)ありました。出生数が81万1622件と考えると、100の出産で1.9件が死産という割合になります。また、生後28日未満の新生児死亡は658件でした(いずれも人口動態統計)。
一方、日本産科婦人科学会は、赤ちゃんがおなかの外で生きることができない妊娠22週(6カ月)より前に妊娠が終わることを、「流産」と定義しています(妊娠12週未満は「早期流産」、12週以降22週未満は「後期流産」)。妊娠の15%前後が流産になるとされ、早期での流産が多くを占めます。「死産」については、妊娠22週以降と定義しています。
長年家族らをサポートするグループに関わり、研究も続ける静岡県立大学の太田尚子教授(看護学)は、「ペリネイタル・ロスは公にされにくい死で、グリーフもなかなか語られることがありません」と話します。
「喪失を経験すると、悲しみや怒りがわき起こったり、自分を責めたり、元気な赤ちゃんや妊婦さんを避けたりといった反応が出ます。情緒、身体、行動、認知にかかわるもので正常な反応ですが、複雑化するとうつ病などへもつながるため、サポートが必要です」
太田さんは「男性にとっても赤ちゃんが亡くなることは大きな喪失です」と指摘します。
「男性は悲しみを抑制する傾向があり、悲しくないように見えたとしても、激しい感情の揺れを経験しています。『お母さんを支えてくださいね』と言いがちですが、言ってはいけない言葉です。お父さんもつらい思いをしているなか、それ以上追い詰めないようにしないといけません」
前述の秋山美智子さん・和信さんのもとには夫婦で訪れる人も多く、「気持ちのすれ違いにいらだった」と耳にすることもあるそうです。美智子さんにも心当たりがあります。
「『私は泣いているのに、なんであなたは泣いてないの?』と気持ちをぶつけたこともありました。でも、彼も相当つらかったはずです。子どもを亡くした次の日から仕事で、号泣することもできなかった。その気持ちに気付いてあげられなかったんです」
流産や死産では多くの場合、女性は入院しているため、死産届や火葬許可証といった関係書類の手続きをするのは男性です。
和信さんは次のように振り返ります。
「私は母を亡くしていて死亡手続きも経験しましたが、今回は子どもです。役所の方が一生懸命お仕事されているのは分かるのですが、対応はどちらも同じく事務的。この様子を見ると、人によってはきついと感じてしまうと思います。子どもを亡くしたら、男性も女性も気持ちが落ちるところまで落ちてしまいますから」
しかし、つらい気持ちを妻に打ち明けることはありませんでした。ほかの当事者の男性も、同じようにつらい思いをしていても「パートナーさんには話していない」と想像します。
お寺を訪れる男性に和信さんが自身の体験を話すと、「そうなんです」と相手も思いをはき出すそうです。
「男性側もきつい思いをしていても、『自分がしっかりしないと』という気持ちで必死なんですよね。仕事が休めなかったり、『もう生まれたの?』と聞かれたりすることがつらいという方もいました」と和信さんは話します。
女性側はお寺で初めて夫の気持ちを聞くケースもあるそうです。
SNSが広がり、当事者団体の活動が知られるようになって少しずつ男性のピアサポートも広がっていますが、その機会は多くありません。
美智子さんは、「男性が抱えているものにそのまま蓋(ふた)をするのではなく、女性も男性も一緒にグリーフと向き合いやすくしたいと思います」と話します。
赤ちゃんを亡くした悲しみを、何十年も我慢していたという高齢女性が訪れたこともあります。
「若いころ流産を経験された80代の方で、『あのときは誰にも言えなかった。このお寺に来て話せて楽になった』と話す人もいました。小さな骨つぼを持ってこられた方もいます」(和信さん)。
当事者をサポートする2人の姿を見た地域の人からは、「自分たちもつらい思いをしたんだから、そこまでせんでもいいんちゃう?」と言われることもありました。
しかし、遠方から訪れ、4、5時間も話して「とことん泣いて帰る」姿を見ると、大切な場である実感は十分にあります。
美智子さんは「いつか誰かが知ってくれたらいいわけではなくて、必要な方が必要としたときに手に届くようになっていないと。情報発信は大切にしたいです」と話します。
お寺のSNSで、2人が顔を出して発信するのもそのためです。
訪れる人からは、近くにサポート団体があっても「どんな人がやっているか分からなくて行けない」という声もありました。「『この2人がお話を聞いていますよ』と知って安心していただきたいです」(美智子さん)
周囲への啓発活動にも力を入れます。ペリネイタル・ロスについて知っている人はまだまだ少なく、家族や親戚、上の世代の人に「まだ若いんだから次頑張って」などと声をかけられ傷つく当事者もいます。
「経験している、していないに関わらず、できるサポートはあると、多くの方に知ってほしいです」(美智子さん)
公的なサポートもまだまだ不十分だと感じています。
「グリーフケアの現状や当事者の声を、行政や保健師さんたちにも伝えていき、理解してもらいたいです。例えばその研修会を開催してくれたらうれしいですね」と話しています。
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