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夏の間はファミコン天日干し 日本レトロゲーム協会の収蔵品に迫る
収集したハードやソフトは、のべ50万点以上。
最新ハードで往年のタイトルが復刻されたり、稀少なソフトが高値で取引されたりと、ブームが続くレトロゲーム。一過性の流行で終わらせまいと、ハードやソフトの収集と保存に取り組むNPOがある。これらは「後世に残すべき文化遺産」だと訴える、日本レトロゲーム協会。その真意と活動の実情を探るべく、大阪府内の拠点を訪ねた。(北林慎也)
日本レトロゲーム協会(Japan Retro Game Association、JARGA)は、2016年に設立・認証された特定非営利活動法人。
理事長の石井豊さん(49)は20年近くにわたって中古ゲーム販売業を営み、ゲーム機器の修理やパーツ確保、ソフトの収集に努めてきた。
現在は販売事業を縮小し、収蔵品を展示する「レトロゲーム博物館」の実現を目指している。
このほど大阪府内の拠点を訪れ、石井さんに膨大なストックの一端を紹介してもらいながら、レトロゲームを取り巻く現在の状況を聞いた。
まず見せてもらったのが、レトロゲームの代名詞「ファミコン」こと、任天堂のファミリーコンピュータの本体。これまでに1万台以上を集めたという。
2021年7月には、東京オリンピックの開催にちなんで、ファミコン本体と「ハイパーオリンピック」のセットをアフタースクールなどの団体に無償配布した。
現在は、2500台ほどのファミコンを保管する。
さらに一昨年の2020年春には、コロナ下の一斉休校措置を受けて、子どものいる家庭に無償で、スーパーファミコン100台をプレゼントしている。
いずれも、閉塞した状況にあって「レトロゲームに触れることで、少しでもコミュニケーションを楽しんでもらえれば」という思いからだった。
NPOとしての非営利の活動でもあり、発送にあたっての整備にかかる費用などもすべて持ち出し。作業は、理念に共鳴した有志の手弁当で賄った。
現在、協会として収蔵するのはファミコンを含むハード約4000台、ソフト4万本ほど。
コンディション維持の大敵なのが、カビの原因にもなる湿気だ。除湿やセキュリティーなど保管にかかる費用は、余剰の在庫を専門店に卸すなどして工面している。
その間に、メンテナンスの知見も蓄えられた。
たとえば、白いプラスチック製のファミコン本体の経年による黄ばみは、必ずしも直射日光によるものではないのが分かったという。
暗室で保管しても黄ばんだり、逆に、陽に当てると白くなったりするそうだ。
そのため、石井さんは「夏の間よく、薬剤を塗って外でファミコンを干してます」。
また、それぞれの機器に固有のトラブルのパターンも見えてくる。
ファミコンのディスクシステムに多いのが、本体内部のディスク読み取りユニットのゴムベルトが劣化して駆動しなくなる故障。
NINTENDO64では、コントローラーの3Dスティックの軸受けのプラスチック部品が摩耗して、操作の反応が鈍くなる。
石井さんは、自ら台湾などの工場に対策部品を発注し、これらの症状を抱えた在庫品に組み込んでリペアしている。
ファミコンのコントローラー表面のゴールドの金属プレートも、折れ曲がったり傷が付いたりしやすいため、新品を少量生産して再生に用いる。
いずれも、自動車メーカーの生産終了部品をショップが復刻生産する旧車のレストア工程にも似た、地味ながら重要な取り組みだ。
収蔵するゲームソフトの種類は多岐にわたる。
これらはみな、ハードも含め、市中の廃品回収業者から引き取ったものだ。
90年代中頃、プレイステーションやセガサターンといった32ビット機が出始めた時期に、旧世代の古いゲーム機器が粗大ごみ置き場に打ち捨てられているのを見て、廃品をリサイクルする事業を思い立った。
当時はまだ競合も少なく、事業が拡大するにつれ、「とある大手ゲーム専門店の在庫を、トラック3台分引き取ってほしいと急に持って来られたり、閉店した専門店の倉庫の片付けを引き受けたり」しながら、結果的に近畿一円からの仕入れルートを確立できた。
これまで収集したハードやソフトは、のべ50万点以上に達するという。
しかし、往年のタイトルのミニチュア筐体での復刻やオンライン販売によってレトロゲームの人気が高まるにつれ、当時のオリジナル品の取引相場も上昇。中古ゲームを取り巻く状況は一変する。
ネットオークションやフリマアプリの台頭で、個人同士が市場価格で売買するようになり、買い取りによる取扱数が減った街中の中古ゲーム屋さんは激減した。
同業のネット事業者も増えたため、石井さんは4年前にネット通販からほぼ撤退。NPOとしての保存活動にシフトした。
近年はレトロゲームのブームで、非売品などの稀少なソフトは数十万円以上の値が付くものもあり、悪質なコピー品も出回るようになった。
石井さんによると、特にメガドライブのソフトのコピー品が目立つという。
安価なソフトを手に入れて、カードリッジのROMを高価なソフトに書き換え、カラーコピーしたステッカーに貼り替えて、説明書や紙製の外箱ラベルをすり替える手口が横行している。
このような模造品を、不慣れな若年スタッフが気づかずに高値で買い取り、そのまま市場に流通してしまうケースも多い。
コピー品の氾濫を防ぐために必要なのは、真贋を見分ける目利きだ。業界のリテラシーを養うためにも、石井さんは「比較できるように本物を手元に持っておくのが大切」と収集の意義を説く。
今ではめったにお目にかかれない、ファミコン以前のTVゲーム創成期の古いハードもそろっている。
液晶ポータブル機の先駆けと言えるのが、任天堂の「ゲーム&ウオッチ」。
ゲームの種類が豊富で台数もたくさん売れたが、現存する個体はどうしても、液晶が傷んでいたりカバー部分のツメが欠けたりしているものが多い。
エポック社の据え置き型ゲーム機「カセットビジョン」や後継機「スーパーカセットビジョン」も、箱付きの美品で保管されている。
コントローラーは後に定番となるパッド型ではなく、本体と一体化していたり片手で握る形状だったりと、慣れが必要な癖のある操作性が特徴だ。
ファミコン黄金時代を彩った、ガンコントローラー「光線銃」シリーズや、ディスクシステムのユニットを内蔵するシャープ製互換機「ツインファミコン」。
その他、当時のソフトの箱に同梱されていた新作紹介チラシなど紙の資料も、大切に残している。
さらには、台湾の研究家から寄贈された往年の台湾製ファミコン互換機も、海外における当時のゲーム文化を今に伝える資料として保管する。
ファミコンそっくりだが微妙に色や形が違う、おおらかだった時代の怪しげな空気を味わえる貴重なアイテムだ。
石井さんは、これらの収蔵品を展示する「レトロゲーム博物館」の実現を目指している。
ここをゲーム開発史の研究や修理技術者の育成の拠点とすることで、日本のレトロゲームを文化として後世に伝え残すのが目的だ。
石井さんによると、すでにドイツやアメリカを始め海外では、博物館による収集と研究の対象として定着しつつあるという。
2016年のNPO設立以来、収蔵品の展示会を開いたり、海外の博物館や研究者らと交流したりしながら資金を募るなどしてきた。
しかし、管理・運営を支える収益の大きな柱と見込んでいた外国人観光客が、コロナ禍で激減。計画の具体化には至っていない。
現在は、2025年の大阪万博を見据えて、万博終了までの期限付きでの開館といったプランを地元自治体に提案。国内外からの誘客の起爆剤として、可能性を模索する話し合いが続いている。
石井さんは「これらのゲーム機器を50年後、100年後に集めようとしても無理。きちんと現物を残していかないと研究もできず、かつてのゲーム文化の記憶の継承が途絶えてしまう」と訴える。
そのうえで、「実際に遊べる状態で保存しながら、体験イベントなどを通じて活動への理解を広げていきたい」と意気込む。
日本レトロゲーム協会は4月2~3日、大阪府阪南市である催し「山中渓桜祭り」に合わせてレトロゲーム体験会を開く。
花見と一緒にゲームを楽しんでもらおうと企画した。80~90年代の主要ハードをそろえ、お気に入りのソフトの持ち込みも歓迎だという。
詳細は、日本レトロゲーム協会のウェブサイトで確認できる。
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