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#13 Key Issue
「推し活」の原点はアンパンマン?心のよりどころになる「好き」の力
最近、一つの市場としても注目されているのが「推し」です。好きなアイドルや俳優にお金や時間を注ぎ込む「推し活」の原点は、どこにあるのでしょうか? 普段、赤ちゃんの行動子育てなどを取材している私は、子どもたちが大好きなキャラクターものに関係があるとみて専門家に話を聞いてみました。取材から見えてきたのは、子どもにも大人にも必要な「推し」の価値でした。
自分がいつから「推しキャラ」があったか振り返ると、最初は、NHKの子ども番組「おかあさんといっしょ」に出てきた、ネコ、ネズミ、ペンギンを模したキャラクターが思い浮かびました。毎日、番組を見ていたので、買ってもらったぬいぐるみを大切にしていた記憶があります。幼稚園に入ると、ヒーローやヒロインものにはまり、「ひみつのアッコちゃん」の変身コンパクトのおもちゃや、バットマンの仮面を付けて友だちとなりきって遊んでいました。
そもそも、子どもの「推し活」はいつごろ始まるのでしょうか。「子どもがなぜキャラクターを好きになるのか」について調査した、広島大学大学院人間社会科学研究科教授の湯澤正通さんは、周りにいる大人の存在が影響しているといいます。
「赤ちゃんはまず、そばにいて面倒を見てくれる大人の顔をよく見ています。そのため、丸い顔で表情の分かりやすいキャラクターは、人間の顔の特徴に似ているので、好む傾向があるのです」
キャラクターが好きになる導入として、アンパンマンやドラえもん、機関車トーマスなどが人気です。テレビ画面に大きく顔の表情が映るキャラクターは、赤ちゃんにとって認知しやすいため、「推し」の対象になりやすくなるそうです。
「推し活」では一人で活動することもありますが、ライブ会場で仲間と集団で行動したり、一体感を楽しんだりすることも目的の一つです。中にはそのコミュニティーを魅力に感じる人も多いはず。実は、「推す」ことによる人間関係の構築は、子どものときから原型が作られていました。
湯澤さんは、子どもがキャラクターを「推す」きっかけの一つが友達との人間関係だと指摘します。「お友達が、持っているから、自分も欲しい!」という気持ちが、集団生活の中の一つのコミュニケーションツールとなるのです。
赤ちゃんの行動や心理に詳しい、小児科医・小児神経専門医の小西薫さんは、「推し」の原点となる「好き」という感情は、他者とのコミュニケーションができるようになるきっかけになると説明します。
小西さんによると、2歳ごろまでのコミュニケションは一方通行です。しかし、3,4歳ごろになって保育園や幼稚園でお友達と一緒に遊ぶようになる頃、少しづつ自我のコントロールが出来るようになり、一方的なアプローチを卒業します。やがて、相手の気持ちを読み取って、それに応じて対話ができるようになります。それまでは家庭内で母親や父親だけに気持ちを許してきたのが、多くの人と接し、社会に対応していくことができるようになるからです。
「お友だちが『好き』という気持ちが出て、他者への関心が芽生えると、今まで自分がやりたいことを中心に考えていたのに、好きな子が何をしたいのか、何をしたら喜ぶのか、その子の身になって考えることができるようになるのです」と小西さん。
「お友だちが好き」という感情をきっかけに、共通の「推しキャラ」が人間関係構築の橋渡し役となり、少しずつ社会になじんでいくことができるのだと説明します。
今の時代、多種多様な価値観が認められる社会になりつつあります。「仕事一筋」という従来の考え方に加えて、「推し活」に生きがいを感じることも胸を張れるようになりました。
幼少時代を振り返ると、「推し」は「心のよりどころ」として欠かせないものでした。小西さんは、新しいことや、ちょっと怖いことに挑戦するためにも「心のよりどころ」は大事だと強調します。
その「心のよりどころ」となる「推しキャラ」を肌身離さず持っているのが子どもです。私も、お気に入りのキティちゃんのイラストがプリントしてあるタオルが夜寝るときに無いと安心できず、ぼろぼろになっても握りしめていました。
湯澤さんは「『自分の心の味方』として、ぬいぐるみや人形などを肌身離さず持ち歩くことで、子どもは安心できるのです」と説明します。
さらに、好きなものに熱中する、ということは、満足感や達成感につながります。それが安心感となり、成長していくときに、前に一歩踏み出す土台になっていきます。小西さんは「安心できる『心のよりどころ』ができるまで、心ゆくまで遊んだという肯定的な経験は大切です」といいます。
アイドルやアニメのイメージがある「推し活」ですが、子ども時代に熱中した「好き」の延長にあることがわかりました。小さい頃は、純粋に「好き」を貫いていました。それは、誰もが自分の価値観を大事にする経験をしてきたともいえます。
しかし、社会に出ると、あのときの気持ちを忘れて、人間関係のしがらみや、周りの目を気にしてしまいがちです。それをちょっと思い出してみる。そして、自分や他人の「好き」を理解できるようになったら、世の中は生きやすくなるのかもしれない、と思いました。
実は私自身、コロナ禍に「推し」ができたことで、他の人の「好き」に共感できるようになった経験があります。私は幼少時代以降「推し」の存在はありませんでしたし、「推す人」の気持ちが分かりませんでした。
しかし、コロナ禍の在宅ワークでほとんど人と話さない日が続き、ストレスを感じていたときに、救ってくれたのが「推し」の存在でした。たまたま、あるお笑い芸人の動画を見たことがきっかけでそのコンビの素朴な人柄にひかれ、知らぬ間にファンになっていました。テレビでウケると「良かったね」と一緒に喜べるようになりました。
すると、仕事でのストレスがふっと軽くなったのです。「好き」という前向きな気持ちを持つことで、心のバランスが取れるようになりました。さらに、「推し」の生き方を画面越しに「頑張れ!」と応援することにより、前よりも人に共感できるようになっていたのです。
今回、「推し」の原点を探ることで、自分の「好き」に素直だった子ども時代にあった人間らしさの価値に触れることができたと思っています。
小西薫さん
(こにし かおる) 小児科医・小児神経専門医。2010年~小児科・発達支援の「すくすくクリニックこにし」院長(香川県木田郡三木町)。専門領域は、小児神経学、小児発達神経学、小児保健学、障害児教育、育児学。児童発達支援・放課後デーサービスや病児・病後児保育も手がける。1948年2月京都市生まれ。大阪医科大学卒業。夫で同志社大学赤ちゃん学研究センター・前センター長の小西行郎氏と三男一女を育てた。 主な著書に「赤ちゃんのしぐさBOOK」(小西行郎氏と共著、海竜社)、「運動・遊び・音楽 (赤ちゃん学で理解する乳児の発達と保育2 運動・遊び・音楽(小西行郎氏らと共著)、 子どもはこう育つ! おなかの中から6歳まで」(小西行郎氏と共著、赤ちゃんとママ社)など。
湯澤正通さん
(ゆざわ まさみち)広島大学大学院人間社会科学研究科教授、特別支援教育士スーパーバイザー。専門領域は教育心理学,発達心理学。学習困難な子どもに向け、「ワーキングメモリ」(音声やイメージを一時的に記憶にとどめながら、考える能力)を生かした学習支援方法を提案。1961年9月栃木県生まれ。妻で、ノートルダム清心女子大学人間生活学部児童学科教授の湯澤美紀氏と共に教育心理学・発達心理学の知見を生かした幼児教育、初等・中等教育のデザインを提案。主な著書に「知的発達の理論と支援: ワーキングメモリと教育支援 」(金子書房)、「ワーキングメモリを生かす効果的な学習支援: 学習困難な子どもの指導方法がわかる!」(学研プラス、湯澤美紀氏と共著)、「日本語母語幼児による英語音声の知覚・発声と学習: 日本語母語話者は英語音声の知覚・発声がなぜ難しく,どう学習すべきか」(風間書房、・湯湯澤美紀氏と共著)など。
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