連載
#101 #父親のモヤモヤ
シングルファーザーの「変な意地」 当事者を悩ます「男のくせに」論
「父子家庭って、お父さんに変な意地があって、なかなか弱音を吐かない。『隠れた貧困』に陥りやすいんですよ」
東京都練馬区でひとり親家庭への相談や食料支援に取り組む持田貴之さん(49)は訴えます。
持田さんは中学1年の長女とふたり暮らし。かつての妻は、自分よりひとまわり以上、年が下の中国人でした。女性は3度の流産を経て、不妊治療の末に子どもを授かりました。
長女が3歳になった2012年、女性は突然、家から姿を消しました。「理由はよく分かりません」と持田さんは振り返ります。
持田さんは結婚生活のころから、寝たきりの母の介護をしたり、子どもの食事づくりや寝かしつけを担ったりしてきました。女性は家を出る前、インターネットばかりをしていたと言います。
家事は得意な持田さんですが、介護や育児と仕事をどう両立させていけばいいのか――。
困った持田さんが福祉事務所に電話してみると、思わぬ言葉が返ってきました。「子どもの面倒をみながら、生活保護を受けるのが一番、楽です」
持田さんは建築会社に勤めた後、独立して建築デザインの事務所を立ち上げていました。スタッフを3人、雇っていました。
当時、シングルファーザーは今よりも社会に認識されていない存在でした。シングルファーザーとして働きながら子どもを育てる姿が想像されなかったようです。
持田さんの過酷な生活が始まりました。仕事の打ち合わせも、時にベビーカーを押しながら。午後8時の通勤ラッシュの時間帯に電車に乗らざるを得なくなることもありました。
「夜遅く、なんでこんなところでベビーカーを押しているんだ!」
電車の乗客から、こんな厳しい言葉を浴びせられたことがあります。
「シングルファーザーさんなの? 子どもに何かあったら、すぐ仕事を抜けなきゃいけないんでしょ?」
取引先から、こんなことも言われました。
仕事が減り、3人のスタッフはゼロにせざるを得なくなりました。疲れ果て、めまいがして動けなくなり、10日間ほど寝込んだこともありました。
持田さんは練馬区にひとり親の会があることを知り、入会しました。その会の名前は「母子寡婦福祉連合会」。60人ほどの会員がいるなか、シングルファーザーは自分だけ。ただ、入会を機に団体名は「ひとり親福祉連合会」に変えてもらいました。
持田さんは2015年に連合会の会長となりました。それまで子育てを終えたシングルマザーばかりが会員の団体でしたが、現役のひとり親を巻きこむ活動を展開しました。
会員は約350人に増えました。ただ、シングルファーザーの会員は10人程度にとどまります。
自分がシングルファーザーで、パパやママたちと苦しい生活を共有してきた持田さんは、こう言います。
「ママ友っていう言葉、あるじゃないですか。女性同士はつながりやすい。けれど、『パパ友』ってあまり聞かないですよね。孤立しやすいんです」
「バリバリ働いてきて、家事もできないお父さんが、急に未就学児のひとり親家庭になったら、もう破綻(はたん)ですよ」
厚生労働省の2016年度の「全国ひとり親世帯等調査」の結果をみてみましょう。持田さんの指摘が数字から浮かび上がります。
まず、母子家庭は123万1600世帯、父子家庭は18万7000世帯と推計されています。ひとり親の9割近くは母子家庭が占めています。
シングルマザーの平均の年間就労収入は200万円なのに対し、シングルファーザーは398万円と約2倍。女性の方が経済的に厳しい傾向は明らかです。
「困っていること」については、父母ともに「家計」との回答が1番多いのですが、2番目が大きく違います。シングルマザーが「仕事」(13.6%)なのに対し、シングルファーザーは「家事」(16.1%)をあげています。
相談相手がいるかいないかの調査で、差は如実に表れました。「なし」はシングルマザーで20%ですが、シングルファーザーは44.3%にのぼりました。
持田さんは幸い、設計やリフォームの技能を持ち、家計をやりくりできています。もともと家事が得意で、悩みを人に打ち明けることへの抵抗感も弱い方でした。
持田さんのように、仕事も育児も、そして支援活動まで担っているシングルファーザーは少数派です。
「シングルファーザーは弱音を吐きたがらないので、倒れるところまでいっちゃうんです。育児放棄や家庭内暴力に進んでしまうこともあります」
コロナ禍で生活はより厳しくなっている家庭が増えているのではないか。そんな問いに、持田さんは顔色を変えました。
「増えるどころじゃないよ、もう半端ないですよ」
「フルタイムで働けない、飲食業界はダメ、観光業界もダメ……そんな話ばかりです」
持田さんは支援活動が練馬区に認められ、男女共同参画を進め方を議論するための区の会議のメンバーになったこともあります。そして、いまの日本のジェンダー問題の議論の高まりのなかで、シングルファーザーの問題が置いてきぼりになっているのではないかと感じています。
「『女のくせに』という言葉が問題視されますが、私は『男のくせに』って言われるんですよ。日本では女性は家事、男性は仕事、という価値が根強く残っていますから」
「よく『隠れた貧困問題』て言うじゃないですか。『隠れたシングルファーザー問題』は確実にあるんですよ。本人たちが言いたがらないので、表にあまり出てきませんが」
いまの日本の首相は、なにかと「自助」を強調しがちだと野党などから批判されてきました。ただ、最近は孤独・孤立対策の強化をアピールしたり、こども庁の創設を打ち出したりしています。「選挙目当て」との指摘もつきまとっています。
持田さんは「シングルファーザーの問題って、政治家が『票にならない』と片付けてしまうようなテーマですよね」と苦笑いを浮かべました。そして、こう言いました。
「男性であれ女性であれ、ひとり親が仕事などを犠牲にしないで生きられる社会をつくることは、『子どもを守る社会』につながります。大切なことだと思うんです。政治家にそういう絵姿を示してもらうために、私は声をあげ続けますよ」
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