マンガ
幼稚園で描き続けた「黒い絵」先生がくれた忘れられない言葉を漫画に
子どもの可能性を信じた、素敵な大人の物語
どんなときも子どもを信じ、静かに見守る。幼稚園の先生が貫いた、そんなスタンスを象徴する体験について描いた漫画が、ツイッター上で共感を集めています。好きなことに情熱を注ぎ、まるごと愛するためのきっかけを授けてもらった――。そう感謝する、作者の温かい思い出に迫りました。(withnews編集部・神戸郁人)
舞台は、幼稚園の「お絵かき教室」。子どもたちはクレヨンを片手に、花やロケットの絵をすらすらと描いています。しかし猫の姿の主人公・チカゲだけは、じっと座ったまま動きません。何かを考えているようです。
「どう描けばいいか悩んでるのかな?」。先生が、少し離れた場所から、緊張した面持ちで様子をうかがいます。しばらくして、ようやく画用紙にクレヨンを走らせ出したチカゲ。ところが何を思ったか、紙全体を真っ黒に塗りつぶしていくのです。
「どうしたのかな、これは」「いったん描くのを止めるべき?」。うろたえる先生に目もくれず、チカゲは黙々とお絵描きを続けます。
「いや……しばらく様子を見てみよう」。一人、また一人と子どもたちが帰っていく中、先生は見守り続けることを決意します。
教室の外が薄暗くなった頃、チカゲに変化が表れました。黒一色に染まった画用紙の表面を、直線を描くように爪で削り、白くなった部分にクレヨンで色を付け始めたのです。
途中、チカゲを迎えにきた母に「ちょっと待ってね、お母さん!!」と声をかける先生。少し経ってから、チカゲが仕上げた絵を、母に手渡します。そこに描かれていたのは、夜空の中で咲く、色とりどりの花火でした。
更に終盤、こんなセリフが挿入されます。
「そのあと先生から言われたそうです」「『今のこの子のまま大人にしてほしい』と』
とはいえ、描くスピードは上がってほしいな……と人知れず思う母の姿を挟み、物語は幕を閉じるのです。
漫画を掲載したツイートには、16日時点で8万以上の「いいね」がつき、リツイート数も1万5千回を超えています。
作品に登場する「お絵かき教室」は、幼稚園で週1回、放課後に開かれていたものです。自由参加でしたが、元々絵を描くのが趣味だったため、自分から望んで1年ほど通いました。
動きがゆっくりだったり、考える時間が長かったり、はたまた作品を丁寧に描きたがったり……。こだわりが強い性格のためか、毎回のように居残りをしていたそう。月本さんは、幼い頃の自分自身について、こう振り返ります。
「当時のことはあまり覚えていないのですが、母いわく『物静かな怖いもの知らず』でした。あまりしゃべらない代わりに、行動が活発というか。男の子と派手にけんかして、母をハラハラさせたこともあったと聞きました」
「お絵かき教室でも、マイペースに作業して、迎えに来てくれた母を長時間待たせたのは、一度や二度ではありません。迷惑をかけてしまったなぁと思います」
そんな月本さんに目をかけていた大人は、家族だけではありません。園の先生も、身近な場所で、つかず離れず支えてくれました。
「子どもの可能性を見つけるには、何かを一生懸命にやっているとき、せかさず叱らず見守ってあげることが大切」。先生は、そんな信念を持っていたのだといいます。
「私の真っ黒な絵を見たときも、同じように考えてくれていたのかもしれません。記憶が残っているわけではありませんが、あの経験のおかげで、私は今も創作を続けられているような気がします」
エピソードを漫画化するきっかけとなったのは、2年ほど前に母と交わした会話でした。
「このCMの登場人物が、昔のあなたに似ている」。ある本で紹介されていたという、1本のテレビCM。詳しく聞くと、何枚もの画用紙をクレヨンで黒く塗り上げ、周囲の大人から心配される男の子のストーリーとのことでした。
CMは、一つ一つの絵を組み合わせ、巨大なクジラが浮かび上がるシーンで終わります。「この話を聞いた翌日から、時間を見つけて漫画を描き続けました」。先生の表情は、母から伝えられた昔話の流れに沿って、場面ごとに想像しながら形作っていったそうです。
2年前に初めてツイッター上に投稿すると「親として先生を見習いたい」「見守られる子供は幸せ」など、好意的なコメントが続々と寄せられました。そして最近、姉とエッセー漫画について語らう機会があり、改めてツイートしたといいます。
読者の中には「学校の授業中、自分なりのやり方で絵を描こうとしたら先生から怒られた」など、ネガティブな思い出を語る人も少なくありません。
「以前、電車に乗っているとき見かけた、お母さんから絵の描き方を教わる男の子を思い出します。幼稚園生くらいの年齢で、強く叱責されながら、難しい顔をしていて……。『この子はきっと、絵を描くのが嫌いになってしまうだろうな』と、胸が痛みました」
「子どもの頃にどんな大人と接していたかで、色んなことが変わってきますよね。私は人に恵まれていたのだな、と改めて思いました」
子どもを心底から信頼するというのは、当たり前のことのようでありながら、その実、とても難しいかもしれません。うまく実践する方法はあるのでしょうか?
月本さんに尋ねてみると、「まだ子育てをしたことはありませんが」と断った上で、自らの経験を踏まえ、こう答えてくれました。
「漫画で、母は私が来るのを待ってくれています。実際には同じ状況が毎週のように続いていたので、いったん帰って、また来園するときもあったそうです。そういう『緩さ』も持ちながら、子どもが一生懸命何かに取り組んでいるのを、見守ってあげてほしいと思います」
「そして私自身、もし自分に子どもが産まれたり、他の誰かの子どもの相手をしたりする機会があれば、幼稚園の先生のような考え方ができる人間でありたいです」
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