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Tシャツにでかでかと「警告」 障がい者への無理解をデザインに
コロナ禍で作ったことにも意味が…
自閉症スペクトラムの人と接するときは、「言う」だけでなく「見てわかる」ように伝えてほしい――。そんな思いが込められたTシャツを、大阪市にある社会福祉法人がつくりました。Tシャツに書かれているのは、児童精神科医のある言葉。「福祉に興味がない人にこそ興味を持ってもらいたい」と作られたTシャツは、6月末までに100枚近くが売れました。コロナ禍で作られた「文字だらけ」のTシャツに託した思いを聞きました。
黒地に大きなゴチック体の文字で「警告」。可愛いイラストが描かれているわけでもないこのTシャツをツイッターのタイムラインで見かけたとき、最初に抱いた感想は「仰々しいな…」でした。
ただ、その下たくさんの言葉が連なっているのに気付き、興味をひかれました。顔を近づけて読んでみると、「自閉スペクトラム」や「差別」「虐待」の言葉が含まれた長文です。
そう、ここには、自閉症スペクトラムの人に対する配慮が欠けていることを「心理的虐待ですらある」と警告する痛烈なメッセージが書かれていたのです。
Tシャツを作っているのは、大阪市の社会福祉法人ライフサポート協会の、Tシャツなどのウェアやグッズなどのプリント事業を手がける「SUL」というグループです。障害のある人たちも事業に携わっています。
Tシャツに書かれているメッセージは、児童精神科医の門眞一郎さんの言葉です。
Tシャツ制作の発起人である、同法人の上田治彦さんは、障害者支援に関わる専門職向けの研修を企画した際、登壇した門さんのこのメッセージに心を打たれたといいます。
「この名言をTシャツにしたい」
思いを伝えると、門さんは快諾し、「自閉スペクトラム症への無理解に抗いたい」という思いを込め、「アンチTシャツ」と名付けました。
Tシャツのデザインを手がけた法人職員の阿部智也さんは、「福祉に関係する人でなくても、興味を持ってもらえるような熱い気持ちをのせた商品にしたかった」と話します。実際、大阪を中心に活動しているパンクバンドからも、「ライブで着用したい」と注文があったそう。
普段は障害児者支援の職員として、自閉症スペクトラムの方たちと過ごしている上田さんは、「アンチTシャツ」にも書かれた、「視覚的コミュニケーションの保障」について、これまでの支援経験からも強く共感したといいます。
上田さんがかつて関わった利用者の中にも、1日のスケジュールを視覚的に提示したことで、子どもの頃から続いていた自傷行為や大きな声で叫ぶという行動がなくなった人がいるといいます。
「本人さんの発信の仕方が変わった」と振り返る上田さんは、「以前は、きっと『何時に帰れるか分からない』『何をするのか不安』『行きたくない』などという、目に見えないことで生まれるしんどさ、自分の思いを伝えられないしんどさを抱えてこられたのだと思います」
スケジュールを示し、本人がスケジュールを持つ意味を理解してからは、笑顔が増えたといい、「カラオケ(行きたい)」「バス(乗りたい)」と本人の要望や楽しみも伝えてくれるようになったそうです。
また別のケースでは、「わかっていること」でも、視覚化した情報で持っておくことが安心感につながったこともあったそうです。
地下鉄を使って通所しているその方は、使い慣れたコースがあり、視覚的な情報を持っていなくても問題なく乗り換えができていたそうですが、ガイドヘルパー(移動介護従事者の通称。障害のある人の外出をサポートする仕事)が乗り換えを書いたメモを渡すと、大事そうに胸に抱きしめ、何度も指で文字を追って確認するそうです。
「そのメモがないと乗り換えられないわけではないんです。でも本人にとって、忘れないため、自分で考えて乗り換えをするための貴重な手がかりになっているんです」
他にも、バス内で大きな声を出し続け警察に通報された人に、視覚的コミュニケーションをとり奏功した例も。
ガイドヘルパーがその人に、「バスでは声を小さくしてスマホを触って過ごしてみよう」と文字で伝えると、その後、約束を守ってくれるようになったそうです。
「目に見えない社会のルールを目で見える形で伝えることが、本人の理解につながったケース」と振り返ります。
上田さんは、「自閉症の方だけでなく、私たちも、スケジュール帳、駅の路線図、信号機、スマホなど日々視覚的なものに頼って生きています」と、視覚的な情報はそもそも誰もが必要としているものだと指摘した上で、「障害のある方は、『文字はわからないけど写真でならわかる』『シンボルでならわかる』など、個々によって理解できる力が違います」といいます。
「個々によって異なる『理解できる力』にあわせて環境を整える工夫をしてほしい」と上田さん。環境を整えることで、本人の選択肢が増えたり、一人でできることが増えたりし、可能性が広がるのだといいます。
「視覚的コミュニケーションが当たり前になると、障害のある方も自分の思いなどを発信でき、生きやすい社会になります」
「福祉従事者でも、環境を整えないまま口頭で伝えてしまう人や、事業所はよく目にする」と上田さん。
「門先生の『警告』をTシャツのかたちなどで発信することで世の中の認識が変わればいいなと思っています」
このTシャツの制作にあたってはもう一つの狙いがあります。
それは、新型コロナウイルスで減収した通所事業部の収益をTシャツの売り上げで補塡することです。
法人内には、ラーメン店の「べらしお福祉」や喫茶「古文カフェ」など、障害のある人たちが働いている複数のお店があります。全て1つの就労継続支援B型の事業部として運営されており、計17人が利用しています。
ただ、新型コロナウイルスの影響によりお店の売り上げが伸び悩み、通所事業部全体で、およそ6割の減収となりました。それに伴い利用者の作業内容の変化と利用者の工賃減が発生しています。
今回Tシャツを販売することで減収分を補いつつ、利用者にはTシャツ制作という新たな作業に関わってもらうことができるようになっています。
阿部さんは、事業部を利用する人たちには「働く喜びや生きがいが生まれる機会を提供したい」と話します。しかし、利用者の工賃を保障し、作業所を存続させなければ、その目的も叶いません。
「工賃は利用者さんの生活に直結しています。厚労省から支援策も講じられつつありますが、先行き不透明な現状において、持続的な対策が必要」と話し、新型コロナウイルスの影響が今後も出てくることを念頭に、これからは飲食関係の事業から、プリント事業にも荷重を移していく見込みだそうです。
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