連載
#56 #父親のモヤモヤ
休校対応の有休申請に「最低」と認めぬ会社 「コロナ離職」した父親
【平成のモヤモヤを書籍化!】
結婚、仕事、単身、子育て、食などをテーマに、「昭和」の慣習・制度と新たな価値観の狭間を生きる、平成時代の家族の姿を追ったシリーズ「平成家族」が書籍になりました。橋田寿賀子さんの特別インタビューも収録。
男性が働いていたのは、従業員十数人の金具工場です。60代の社長は、創業家の3代目。従業員の大半も60代で、男性は下から数えた方が早く、唯一の子育て世代でした。「コロナの前から会社は、家庭の事情をほとんど顧みてくれませんでした」
パートの妻(40代)と共働きで、長男(9)、長女(7)、次女(5)の5人家族。昨年度までは、長男、長女が通う小学校のPTA役員を務めていました。総会や代表で出席する行事が、出勤日と重なった時に休みを申請すると「子育ては母親だけで十分だろ。何でお前が休まなければならないんだ」と社長から叱責されたと言います。
「PTA役員はどこかで引き受けなければならないので、早めに手を挙げました。学校のことがよく分かったり、父親同士の新たなつながりを作れたりしたので、飛び込んで良かったと思います」
「ただ、会社の雰囲気が最悪でした。社長を始め、周りはベテランばかり。子育てをしている人は私以外にいません。PTAの集まりも有休を使って対応しようとすると『有休なんて、あるわけないだろ』と認めようとしませんでした。そうしたことが積み重なり、最近は日々の業務でも、風当たりが強くなっていました」
居心地の悪さを感じていましたが、自社製品に愛着があり、販売担当の時は取引先とも良好な関係を築いていました。PTAの任期も今年3月で終わるため、会社を辞めることまでは頭になかったという男性。状況を一変させたのが、2月末に安倍晋三首相が出した、学校への休校要請でした。
要請はもちろん、子どもの小学校にも。妻が仕事を休めない時は、男性が自宅で子どもの面倒を見ることになりました。そのための有休を社長に切り出すと、耳を疑う答えが返ってきました。
「自分の病気でもないのに組織人として最低だな」「証明書を用意しろ」
事情をいくら説明しても、感情論ですべて一蹴したという社長。「私の家庭だけではなく、全国的に同じ状況なのにここまで言われるとは。子どもに関することは、何を言っても通じないのだなと思いました」。妻とも相談し2週間後、社長に退職届を出しました。
しかしその書類も、「こんなもの、受け付けられない」と社長が破り捨てるなど、辞めるまでにも曲折があったという男性。労働基準監督署が間に入り、3月いっぱいでの退職が実現しました。「有休は十分に認められず、退職届もなかなか受理されない。労基署の職員からは『会社を訴えて欲しい』と言われましたが、相手にするのはもうこりごり。新卒から10年以上お世話になりましたが、早く離れたい一心でした」
無職になった男性はいま、学校が始まらない子どもたちの面倒を見ながら、妻の仕事の合間を縫って再就職先を探しています。「自分の経験が生かせればいいですが、まずは子どもの事情に応じて柔軟に働けることやしっかりとした評価基準がある会社を志望しています」
「前の職場は趣味と関わりがあり、独身時代はやりがいもありました。しかし、結婚し子どもが生まれてから、父親が家庭に関わることを会社がマイナス要因としてしか見ていないと分かると、安心した生活や子育てはできないなとは感じていました」
「コロナがきっかけで退職することになり、先が見えない不安はありますが、残りの人生を考えると必要な決断だったと思います。後はこの決断が良かったと思えるよう、しっかりと行動していきたいです」
「新型コロナウイルス感染拡大に伴う緊急事態措置によって多くの企業に余裕がなくなっており、以前からの問題が露呈しているという側面が出ています」。こう語るのは、家族社会学が専門の立命館大・筒井淳也教授です。有休申請を拒否するという違反行為をする経営者が後をたたない理由として、二つを挙げました。
一つは「有休を取らないのがよい働き方」という価値観から抜けきれていない経営者が、特に中小企業に多いことです。「日本型雇用の特徴として、有休を取らない・時間外労働をいとわない働き方が続いてきました。出世した経営者にはそういった価値観を持っている人が多いのです」と指摘します。
もう一つは、「シンプルに経営に余裕がない企業が多く残っている」と筒井教授。有休を自由にとらせるには、代替要員を準備する余裕が企業に必要ですが、「ギリギリで経営しているような場合には、難しい現実があります」。
働き手側の視点としては、「稼ぎの多くを男性が担う家庭がまだまだ多い日本では、『雇用を失うくらいならばきつい働き方を受け入れるしかない』と考える人は少なくありません」と語る筒井教授。中小企業の場合、経営者との距離が近いということもあり、直談判で状況を柔軟に改善することができる場合もある一方、自力での解決が難しい場合は職場外で支援を求めることが大切だと言います。
「労基署や弁護士などのほか、都道府県の『労働相談コーナー』やユニオン、NPOといった『困ったときの相談先』が色々とあります。職場での解決が困難な場合には、周囲に助けを求めることを躊躇すべきではありません」
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