連載
#11 教えて!マニアさん
マレーバク「咲子」がくれたもの 「追っかけ」10年を捧げた女性
あるマレーバクと出会い、やがて訪れる悲しい別れを経て、得た気付きとは? 熱い思いを優しい情熱へと変えた、一頭とひとりの実話です。
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#11 教えて!マニアさん
あるマレーバクと出会い、やがて訪れる悲しい別れを経て、得た気付きとは? 熱い思いを優しい情熱へと変えた、一頭とひとりの実話です。
黒い顔や手足に、くっきりと白色に切り替わる胴体。動物園でもひときわ異彩を放つ存在、それがマレーバクです。そんなマレーバクの「追っかけ」を、10年以上続けているという女性がいます。あるマレーバクと出会い、やがて訪れる悲しい別れを経て、得た気付きとは? 熱い思いを優しい情熱へと変えた、一頭とひとりの実話です。
個性的なブースが並ぶ中で、気になったのが「マレーバクマニア」。なぜマレーバク? 「バク」でもなく、「マレーバク」と限定しているのも気になります。ブースに近付くと、マレーバクのように、白と黒を基調にした服で座っていたのが茨木さんでした。
茨木さんは、動物をモチーフにしたブローチなどを、ハンドメイドで作るアクセサリー作家。この日も、首元には手作りの「マレーバク」のブローチをつけています。しかし、ただのマレーバクではありません。
マレーバクと言えば、黒と白がくっきり分かれた模様が特徴的。でも、生まれたばかりの赤ちゃんは、「うり坊」のようなまだら模様をしています。成長するにつれて、まだら模様が消え、見慣れた模様が出現してきます。
「その途中の姿をブローチにしました!」と、笑顔で見せてくれる茨木さん。確かに、両方の模様がうっすら残っているのがわかります。
これにはブースで話を聞いていたお客さんも、「こういうところがマニアですよねぇ」とうなります。
茨木さんがマレーバクに心を奪われたのは、大学1年生のとき。動物の絵を描くために広げた図鑑の端っこにいた、白と黒のマレーバクがどうしても気になったといいます。実物が見たくて多摩動物公園に行くと、2007年12月生まれで、まだ小さかった「咲子(サコ)」に出会いました。当時50周年を目前とした多摩動物公園で、その未来に花咲くようにと名付けられた小さなバク。
「すごくかわいくて、はまってしまって、動物園に通うようになりました」
そこからの、「のめり込み方」がすごいのがやはりマニアの世界。双眼鏡を持って、マレーバクの展示場をさまざまな角度から見て回る日々。
写真や動画を撮ろうにも、「肉眼でも見ていたいんです」とファインダーを覗くことなく胸元でカメラを構えるスタイル。たとえ、「推し」のマレーバクが寝ていても、呼吸で体が上下したり、耳が少し動くところさえ見逃したくないといいます。2010年に千葉市動物公園に移動した後も、追っかけて咲子を見つめ続けました。
どうしてそこまでマレーバクが好きなのでしょうか。「う~ん」と考え、「何で好きなのかなわからないんですよね」とあどけなく笑います。
しかし、茨木さんのマレーバクの愛の大きさは、販売している冊子「バク問のすすめ」を開くとすぐに伝わってきました。「どこもかしこも美しい曲線…!」「あくびがかわいすぎ…」「蹄の数が前後でちがうのかっこいい」「寝てても音に反応する耳…」……。他にも、腹巻きのように見える白い部位は、実は腹部を一周しておらず「おなかも黒いのすごい!」。
一瞬たりとも見逃したくない茨木さんだからこその細かい目線で、マレーバクの好きなところがポップなタッチで紹介されています。
咲子が10才になるときには、「なにかお祝いがしたい」と思い、動物園に直談判。その甲斐あって、入園者にバクに親近感を持ってもらうために、企画展を開催しました。バクのフンで染めたトートバッグに、スタンプでデコレーションするワークショップなども開いたといいます。
しかし、生き物にはいつか必ず別れが訪れます。2018年4月に咲子は亡くなりました。
前日にも動物園に足を運んでいたという茨木さん。職員の方から食欲がないと聞き、心配していた矢先の訃報でした。「電車の中でニュースを知って、ああもう咲子はいないんだな、って。気付いたら泣いていました」
それ以降、考えればふと涙がこぼれ、2018年の間はバクに関わることは「何もしなかった」と話します。咲子の喪に服す時間の中で、茨木さんは「好き」の気持ちで動物園に通っていた日々を思い出していました。
「生活の中心に咲子がいて、咲子がいたから今の私がいるんだなって思うようになりました」。ずっとバクのことを考えてきて、知識や学びがあるからこそ、人に伝えることができるのでは……。そう考え、再びマレーバクの情報や魅力を発信するために動き始めたといいます。今回、マニアフェスタにも初めて出展。ブースに訪れる来場者ひとりひとりに、丁寧にバクの話を伝えていました。
マレーバクは国際自然保護連合(IUCN)のレッドリストに絶滅危惧種(EN)と指定されています。茨木さんの視線はいつしか、マレーバクが生きる環境問題への思いへと広がっていきました。
「自然環境を守るためにできることはないか考えることが、咲子へのはなむけなのかもしれません」
そう語る茨木さんは、優しい表情になっていました。
◇
茨木さんの話を聞く途中、咲子が亡くなっていたということを知って、私(筆者)は驚きを隠せませんでした。というのも、咲子の話をする茨木さんの瞳は、まるで今まさに咲子を見つめているようにキラキラと輝いていたからです。「心の中で生き続ける」ということが本当にあるのだと感じた取材となりました。
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