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クマムシ研究して約20年…「何の役に立つの?」それでも選んだ理由
「クマムシの研究が何の役に立つんだ、と自問したことがある」という研究者が、たどり着いた答えとは。
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「クマムシの研究が何の役に立つんだ、と自問したことがある」という研究者が、たどり着いた答えとは。
低温や高温、高圧や放射線など、過酷な環境にも耐えうる能力を持つことから、しばしば「最強生物」と呼ばれる「クマムシ」ですが、実は身近な生き物です。陸にも海にもいるのですが、肉眼ではほぼ見えないため、存在を意識することはなかなかありません。そんなクマムシは、一体どんな人が研究しているのでしょうか。「クマムシの研究が何の役に立つんだ、と自問したことがある」という研究者が、たどり着いた答えとは。
クマムシとは、1mmにも満たない小さなムシです。ムシといっても、「緩歩(かんぽ)動物」というグループに分類され、昆虫ではありません。4対の足をノコノコ動かして、分類名の通り「ゆっくり歩く」姿が愛らしい生き物です。
Acutuncus antarcticus ナンキョククマムシ(走査電子顕微鏡像)=鈴木忠先生提供
海にも川にも、土の中にも、何らかの種類のクマムシがいます。生きるためには水が必要ですが、コケなど乾燥しやすい場所で暮らすクマムシは、「乾眠」と呼ばれる能力を持っています。それはミイラのように乾燥して、体内で代謝が起こらなくなっても、水を得ると蘇生することができる力です。
しかもこの乾燥状態の場合、マイナス273℃という超低温にも、プラス100℃の高温にも、ヒトの致死量の1000倍以上の放射線にも耐え、蘇生したと報告されています。2007年には宇宙に打ち上げられたり、2019年にも月面探査機とともに月面に置き去りにされたり……。インターネットなどでも度々「最強生物」と話題になってきました。
顕微鏡で観察しようと、スライドグラスに乗せるとガラス面ですべって転んでひっくり返り、じたばたするクマムシ。歩きやすいようにとシャーレの中に寒天を固めて、そこに入れてみると、隙間を好んでシャーレの底面に潜り込み窒息してしまうクマムシ……。
ネットなどで見る「最強生物」とはかけ離れた、不器用なクマムシの一面と、なんとか元気に育てようと試行錯誤する鈴木先生の目線に癒やされる一冊です。
せっかくなので、鈴木先生にクマムシについて教えてもらいました。
クマムシにはいろんな姿のクマムシがいます。ぷっくりしたものや、しま模様のクマムシもいれば、トゲトゲした形や背中が鎧のような形状のものも。特に海で暮らすクマムシは特に形態が多様で、葉っぱをまとめたようなおしゃれな飾りを持つものもいるそうです。
Tanarctus sp. カザリクマムシの1種(光学顕微鏡像)頭部に長いヒゲ、腰にはヒラヒラとした飾りを持っている=鈴木忠先生提供
実は、陸で暮らし、乾眠能力を持つクマムシのほとんどはメス。というのも、メスだけで卵を産む単為生殖をしているからです。確かに、生きるための水がある環境が保証されていないからこそ乾眠しているのに、更にそこからオスと巡り合うチャンスはあるのか……と考えると無理ゲーすぎます。
それに、「オスとメスが揃ってやっと子孫が残せる有性生殖に比べて、単為生殖は非常にコスパがいい」と鈴木先生。「そう考えると、有性生殖の生物が圧倒的に多いのは面白いですよね。よほど重要なのでしょう」と感慨深げです。
オニクマムシの産卵。脱皮前に殻の中で産卵する。この産み方の卵はツルツルで突起がない=鈴木忠先生提供
そんな鈴木先生がクマムシの研究を始めたのは2000年。この道もうすぐ20年のベテランですが、それまでは昆虫の精子形成の研究などをしていました。どうして、クマムシを研究しようと思ったのでしょうか。
「正月にですね、年度末を控えてとても忙しい時期で、研究室で『なにか面白いことはないかなあ』と考えていたんです。『純粋にわくわくするようなものが見たい』と」
そんな年明けの寒い研究室の中で思い出したのが、クマムシの存在でした。図鑑や同僚の研究者から見せてもらったクマムシの魅力が忘れられず、大学構内のコケに手を伸ばし、飼育を始めました。
「40歳を過ぎて、子どもの時のように『面白い』と思えることだけをやりたいって思ったんです」と鈴木先生は微笑みます。
そんなクマムシの魅力とはなんなのでしょうか。
「それはもう、見てもらえればわかるはずです。顕微鏡でクマムシを見た人は必ずと言っていいほど『かわいい』『面白い』と言いますよ」
力説する鈴木先生。実際、容器の中でひっくり返ってもがいているクマムシを見た私は、うなずくしかありませんでした。「見ているだけで面白いんです」と鈴木先生。
先ほどいろいろな種類のクマムシがいることを紹介しましたが、現在1300種以上が報告されています。この10年で数百匹の新種が発表されているほどで、鈴木先生も「あちこちでクマムシを採取して見ても、『どうせまた新種でしょ』という感じ」。
というのも、新種だということを発表するのも一苦労だからです。記録を集め、これまでの1300種との違いを検証し、論文を書く……。「しんどい作業です。ワクワクドキドキだけじゃないですね」
Macrobiotus sp. チョウメイムシの1種(光学顕微鏡像)=鈴木忠先生提供
それでも研究を続けるモチベーションは、と聞くと、まっすぐな瞳で「(クマムシを)見ちゃったから」。
「クマムシの研究は難しいことじゃないかもしれないけど、誰にでもできることでもない。小さすぎるので設備がないと極められません。やりたいと思う人がやらなければと思います」
それでも、こういったクマムシの研究は、社会に直接、関係しにくい分野です。「クマムシなんて得体の知れない小さな虫が何の役に立つんだ、と考えたことはある」と明かします。
そんな中、たどり着いた答えは「面白い、だけでいいんじゃないですかね」。
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