最新作『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム(SFFH)』が公開3日で興行収入10億円を突破するなど、勢いを増すスパイダーマン旋風。魅力的な「ヴィラン(敵)」が登場することも原作およびその歴代映像化作品の見どころの一つですが、スパイダーマンには他にも強力な「敵」が存在します。
それは現代の社会問題にもなっている「フェイク(偽)ニュース」。特定の対象を攻撃し、何らかの利益を得るために生まれるセンセーショナルな記事……。スパイダーマンが現代的にリメイクされた今こそ、ニューヨークの街を守るこのヒーローとフェイクニュースの関わりを振り返ってみましょう。
※以下、原作コミックと旧『スパイダーマン』シリーズ、現『スパイダーマン:ホームカミング』シリーズおよび関連作品のあらすじ程度のネタバレが含まれます。鑑賞前の方は十分に注意してください。
まずは原作コミックのあらすじから。特殊なクモに噛まれたことにより超人的な能力を身につけた高校生、ピーター・パーカー。自らの驕りが原因で育ての親であるベンおじさんの死を招き、以来「大いなる力には、大いなる責任が伴う」ことを胸に刻んで、スパイダーマンとしてニューヨークの街を守るヒーロー活動を開始します。
「親愛なる隣人」として住民の支持を得る一方で、その活動に批判的な人もいました。作中に登場する架空のタブロイド紙『デイリー・ビューグル』編集長のJ・ジョナ・ジェイムソンです。そもそも超能力を持つヒーローの活動に懐疑的だったジェイムソンは、スパイダーマンを徹底的に糾弾します。
たしかに、3回目の映像化となる現行のマーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)版の前作『スパイダーマン:ホームカミング』(2017)でも、悪党との戦いの中で街は壊れ、少なからず被害者が生まれます。MCUでヒーローたちが集合する『アベンジャーズ』シリーズでは、激しい戦いに巻き込まれた無関係な市民が命を落とし、街自体が消滅の危機に瀕することもありました。
ヒーローは市民にとって本当に安全な存在か――この問題意識自体は的を射たものであり、ジェイムソンが未登場のMCU世界観の中ではヒーローたちを国際社会の管理下に置く「ソコヴィア協定」として顕在化、アイアンマンとキャプテン・アメリカという二大ヒーローの対立を招いたきっかけにもなっています。
しかし、ジェイムソンのやり方はほめられたものではありませんでした。ヒーローであるスパイダーマンの記事を掲載すれば、部数が大きく伸びる(時には売り切れになることも)。しかし、ジェイムソンはヒーローについて懐疑的。結果としてなされたのが、デイリー・ビューグルによる偏った報道です。同紙はスパイダーマンを一面で扱いますが、それは活躍ではなく「悪行」として。マイナス面にばかり注目した記事が並びます。
例えば1回目の映像化であるサム・ライミ監督版スパイダーマンシリーズ。1作目となる『スパイダーマン』(2002)では、ジェイムソンがグリーンゴブリンというヴィランに襲われます。スパイダーマンはそれを助けに現れますが、なんとジェイムソンはその後、「グリーンゴブリンとスパイダーマンに襲われた」という内容の記事をデイリー・ビューグルに掲載するのです。
他にも、同シリーズ2作目である『スパイダーマン2』(2004)では、スパイダーマンがドクター・オクトパスというヴィランの銀行強盗を止めようとする姿を「ドクター・オクトパスとスパイダーマンが協力して銀行強盗をした」と報道。現場に両者がいたという事実を切り取り、恣意的に解釈します。
デイリー・ビューグルのような事例は、実際にあります。特にウェブメディアでは、広告収入や政治的な誘導を目的としたフェイクニュースの問題が深刻化。例えば2016年8月、当時アメリカ大統領選の候補だったヒラリー・クリントンが階段でよろけ、側近に支えられる写真が、ヒラリーの健康状況が悪化している証拠としてネットで話題になりました。しかしこの写真は、選挙戦の前、2月に撮影されたものでした。
スパイダーマンの「フェイクニュース」は、いわゆるアンチを増やしていきます。ヒーローとしての正義のもとに、身を削って街を守っても、なんだかんだと理由をつけられて批判をされる……。デイリー・ビューグルの報道はピーターの心に影を落とす原因にもなり、他のきっかけと相まって、ピーターはスパイダーマンとしての活動を一時、引退したこともあるほどです。
一方で、ピーターという人物はある意味でしたたかに、この状況を利用していたフシもあります。サム・ライミ監督版スパイダーマンで大学生になり、お金に困ったピーター。デイリー・ビューグルがスパイダーマンの写真を募集していることを知り、自らの活動を写真に収め、批判的な同紙に売り込んだのです。
抜け目のない商売人であるジェイムソンに写真を買い叩かれながら、ピーターはデイリー・ビューグルのカメラマンとしての仕事を続けます。正社員の座を望みますが、ジェイムソンは認めません。青年・ピーターはその正体を隠しながら、生活を維持するために、自分自身を批判する記事の写真を撮り続けたのでした。
そんな状況に『スパイダーマン3』(2007)では変化が訪れます。ライバルのカメラマン・エディが登場し、共に正社員の座を争うことに。「スパイダーマンの悪行を撮影した方を正社員にする」と言われ、エディはスパイダーマンが強盗をする写真を提出。しかし、実はその写真は合成でした。デイリー・ビューグルは約20年の運営期間で初となる謝罪記事を掲載することになったのです。
エディのように、自分の利益のため事実をねじ曲げる事例も、実際に起きています。前述した2016年のアメリカ大統領選では、北マケドニア在住の若者たちが100を超えるフェイクニュースサイトを運営していたとされます。当時は候補者だったドナルド・トランプ現大統領に有利な「フェイクニュース」が多くありましたが、運営者たちの目的はあくまでも広告収入と「面白半分」。平均年収以上の額をひと月で稼ぐ者もいたと言います。
この事件の余波で、ピーターは正社員になることができました。クビになったエディはスパイダーマンの有名ヴィランであるヴェノムへと変貌し、スパイダーマンと戦うことに。本人による「ファクトチェック」が奏功したわけですが、ピーターがデイリー・ビューグルの偏った報道に加担していたのも事実。マッチポンプ、ある意味では「共犯」のようだとも言える展開です。
さて、舞台が変わってMCU。スパイダーマンがスマホを持ち、YouTubeに投稿した動画がアイアンマンの目に留まって、アベンジャーズにスカウトされる時代に、現実世界の「フェイクニュース」もまた進化しています。例えば「ディープフェイク」と呼ばれる、機械学習により他人の表情や発声を簡単に合成できる動画。これにより、言っていないことを言ったことにされ、やっていないことをやったことにされる危険性があるのです。繰り返しますが、これは映画の中の話ではなく、現実世界で起きていることです。
ディープフェイクのように高度な技術でなくても、スパイダーマンの「フェイクニュース」との関わりは、「信じたいものを信じる」人間の本性を示しているとも言えるでしょう。このような偏った、あるいは完全に誤った記事が生まれるのは、大衆がスパイダーマンのセンセーショナルな記事を望んだから、という理由もあるからです。
スパイダーマンを悩ませ続け、同時にピーターの利益にもなっていた「フェイクニュース」。今回紹介した事例はアメリカの大統領選の結果に影響したとされるなど、現代社会でも深刻な問題の一つになっています。2018年11月に惜しまれつつ亡くなったスパイダーマンの生みの親・原作者のスタン・リーには、見事な先見の明があったとわかります。
とはいえ、MCU世界観のピーター・パーカーはまだティーンエイジャーの高校生。スパイダーマンとしての宿命よりも、自分の学生生活を満喫したい年頃です。MCU前作である『アベンジャーズ/エンドゲーム』での大活躍を経て、夏休みのことで頭がいっぱいのピーター。願わくば、平穏なヨーロッパ旅行を楽しんでもらいたいところですが……。若きヒーローを待ち受ける運命を、ぜひ劇場で確認してみてください。