エンタメ
「山下達郎風」はパクリじゃない!ポセイドン・石川が守っていること
「シティーポップ芸人」ポセイドン・石川さんをご存じですか? DA PUMPの「U.S.A.」を山下達郎さん風に歌う動画が昨年、ツイッターで150万回以上再生されて話題になりました。他のアーティストの作品をカバーする活動は「パクリ」とは違う価値を生み出しているようです。最近はテレビなどで引っ張りだこ。その根底には達郎さんへの深い尊敬と愛がありました。(朝日新聞記者・坂本真子)
私がポセイドンさんの曲を最初に聴いたのは、昨年秋、「U.S.A.」のカバーでした。YouTubeで動画を見ましたが、正直なところ、その頃多かった「U.S.A.」の替え歌のひとつぐらいにしか思いませんでした。ただ、達郎さん風の歌声とコーラスは、特徴をよくつかんでいるなぁ、と感じたことを覚えています。
その後、「紅」や「リンゴ追分」のカバーを聴いて、達郎さん風のコーラスをかなり本気で組み立てていることに驚かされました。
あのX JAPANの「紅」を達郎さん風にカバーするなんて、よく思いついたものです。ご本家は絶対にやらないでしょう。
メジャー最初のアルバム「ポセイドン・タイム」が今月4日に発売されました。X JAPAN「紅」、ラッツ&スター「め組のひと」、美空ひばり「リンゴ追分」、いきものがかり「ありがとう」などのカバー5曲と、オリジナル3曲を収録。全編を通して、敬愛してやまない達郎さん風の歌声とコーラスを、一人多重録音で聞かせています。
アルバムについてインタビューすると、こんな言葉が返ってきました。
「達郎さんならどう歌うかを考えてアレンジしました。音楽に対して絶対に妥協しない達郎さんの姿勢と、コーラスが大好きなんです」
ポセイドンさんは金沢市の出身。大学で日本画を学び、日展に入選したこともあるそうです。
音楽との出会いは中学生の頃。英語の授業でカーペンターズの「チケット・トゥ・ライド」を聴いたことがきっかけでした。
「ビートルズの曲だとわかって、ビートルズにのめり込んで、それからジャズに興味を持つようになりました」
子どもの頃にピアノを習ったことがあり、高校ぐらいからジャズピアノの練習をしていたそうです。
大学を出て、日本画の勉強を続けるつもりで京都に行きましたが、尊敬する恩師が亡くなり、自らも限界を感じて諦めることに。
次に志したのが音楽でした。京都のライブハウスで、ジャズピアニストの「ポセイドン・石川」として、弾き語りなどの活動を始めました。
「ポセイドン」は先輩に付けられたあだ名。「石川」は、出身の石川県と、日本画の恩師の名前からつけたそうです。
弾き語りを始めて3年たった頃、友人からCDをプレゼントされました。山下達郎さんのアルバム「COZY」。洋楽しか聴かないポセイドンさんに「日本人の音楽も聴けよ」という助言と共に贈られたものでした。
これがきっかけで、達郎さんの曲ばかり聴くように。
「達郎さんの世界観にのめり込みました。達郎さんのコーラスのラインやメロディーは、僕が聴いてきたジャズの要素とリンクするところがあったんです」
それから7年ほど過ぎた2017年、「達郎さんへのオマージュ」としてインディーズでアルバム「TOKYO SHOWER」を発表。ニット帽などの服装もまねるようになりました。
これには、「達郎さんへの愛」だけではない理由もあったと明かします。
「違うスタイルで歌っていた時期もあったんですけど、鳴かず飛ばずだったんです。ライブもお客さんが全く入らないし、ガラッと印象を変えないといけないと思って、大好きだった達郎さんの歌い方をやってみようと。今でもできているとは思わないですけど、たくさん聴いてきているので、達郎さんだったらこういう節回しになるだろう、と考えてやっているんです」
昨年7月、友人の結婚式で「CAN YOU CELEBRATE」を達郎さん風に歌ったところ、大ウケでした。翌8月に「紅」と「U.S.A.」を同じようにカバーした動画をツイッターに投稿し、注目されたのはご存じの通りです。
「『紅』がツイッター上で予想以上に伸びたんです。2週間ぐらいして次に何をしようかと友達と相談して、そのとき一番流行っていたのが『U.S.A.』でした。達郎さんは歌わないだろうな、と思って歌いました」
反響は予想をはるかに上回り、レコード会社からオファーが来て、11月にメジャーデビュー。あまりにトントン拍子だったので、直前の8月まで、ラーメン屋でアルバイトをしていたそうです。
今月7日、東京・渋谷のライブハウスでワンマンライブが開かれました。前半はカバー曲、後半はオリジナル曲中心の構成で、ドラムとベース、ギターとポセイドンさんの4人編成。カラオケを流して歌う曲もあれば、バンドの4人で演奏する曲、ピアノの弾き語りも。アルバム未収録の「ボヘミアン・ラプソディ」や、B'z「ラブ・ファントム」のカバーも披露しました。
ポセイドンさんのMCは、観客の笑いを誘います。
「リーズナブルなやまたつです」
「ミュージシャンのつもりが、昨年からリハーサルがネタ合わせと呼ばれるようになって、シティポップ芸人と言われるようになりました」
1曲歌い終わるごとに「Ride on」と叫ぶポセイドンさん。達郎さんの曲「RIDE ON TIME」からだろうと思いますが、観客も「おおーっ」という歓声で応えます。
終演後、会場で新アルバムを買った人を対象に握手会が開催され、ファンの行列ができました。ポセイドンさんは1人ひとりのファンと30分近くかけて握手と言葉を交わしていて、まじめな人柄が伝わってきました。
さて、カバー曲でブレークしたポセイドンさんは、これから、どんな活動をしていくのでしょうか。
「今後は自分のスタイルを混ぜて、最終的にはオリジナルを出していきたい。カバーからどういう風にオリジナルに移行していくか、今、考えているところです」
「音楽はクラシックから現代に至るまでつながっているものだと思うんですね。過去のアーティストのスタイルをリスペクトしながら自分の音楽を作っていくことが大切だと思います」
ネット上では、元の作品を踏まえて新たな作品を作る「二次創作」が一つの文化として成立しています。
一方で、使い方によっては「パクっている」といった批判を受けることも。
ポセイドンさんの活動が、芸として認められているのは、元ネタである達郎さんへの多大なリスペクトと、達郎さんのコーラスや歌い方を研究し尽くした徹底ぶり、そして、演奏の完成度が高いからでしょう。
とってもまじめなポセイドンさん。今後の活動が楽しみです。
1/4枚