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アンコウ覇権争い勃発 下関の攻勢に茨城が禁じ手「あん肝にフグ」
山口県下関市と言えば、フグ。駅前や魚市場にはもちろん、電話ボックスの上にまで巨大なフグの像が乗っかっています。ところが、なにやら異形の魚の看板もちらほら。アンコウです。前任地の東京で、茨城名物だと教わりながらつついたアンコウが、どうしてフグの街に?
下関市と北茨城市、直線距離で1千キロ以上あります
下関支局に着任後初のアンコウシーズンを迎えた昨年1月下旬、茨城県北茨城市で催された「第4回全国あんこうサミット」を訪れました。会場には、自慢のアンコウ料理を提供するブースが40以上も立ち並んでいました。その中でひときわ長蛇の列ができているブースが。
お目当ては下関で水揚げされたアンコウを白味噌で仕立てた、下関オリジナルのアンコウ鍋です。サミット常連の下関はいつも大人気。来場者は、「フグじゃなくてアンコウ?」と首をかしげつつ、最大で200人以上が列をなし、用意した400食が2時間足らずで完売となりました。
販売開始前から先頭で並んでいたのは北茨城市に住む宮本桂子さん(62)。「冬といえばアンコウ」と言うほど、アンコウを愛してやまないそうです。
ところが2017年、下関のブースが出していたアンコウ鍋を食べて、その味のとりこに。「茨城ではすりつぶした肝を入れて濃厚な味だけど、下関のはあっさりしている」と話します。夫の孝さん(62)も、下関と茨城の鍋を食べ比べて「下関の方が好きだな」。
45分並んでようやく購入できた水戸市の藤平修快(のぶよし)さん(69)と妻の道子さん(67)も「みその甘みがあって、すごくおいしい。こんなアンコウ鍋は食べたことがない」と驚いた様子。「並んだかいがあった」と満足そうにほおばっていました。
本場・茨城のみなさんをうならせる、下関のアンコウ。恐るべし……。
それでも、下関といえばフグがあまりにも有名です。そもそも下関でアンコウが取れるのか。
真夜中、冷たい風が吹きすさぶ下関漁港(山口県下関市)に足を運びました。沖合底びき網漁で取れた魚が揚がる港です。ベルトコンベアーに乗って、漁船から魚が詰められた箱が次々に水揚げされています。
アジ、レンコダイ、ササガレイ…………あ! アカムツ! にわかに高級魚に躍り出た、ノドグロの別称です。
その中で、ポヨンポヨンの白い腹を見せている魚が、ひときわ異彩を放っています。まぎれもなくアンコウです。
山口県下関水産振興局が独自にまとめたところによると、全国の主な漁港で、アンコウの水揚げ量は下関が最多。少なくとも過去15年間、ぶっちぎりの日本一でした。
下関は、日本海側の響灘と、瀬戸内海側の周防灘に面した、漁業の盛んな地域。昭和40年代の水揚げ量は、全国でも一、二を争うほど栄えたそうです。
取れる魚の種類は40~50種にものぼったとか。魚が豊富なゆえに、見た目が悪く皮にぬめりのあるアンコウは「ネコまたぎ」、つまり、ネコさえも食べない、と言われていたそうです。
不名誉な扱いを受けていた下関のアンコウ。にわかに脚光を浴びるようになったのは、20年ほど前のこと。市内で水産仲卸会社を営む森本徹さん(59)は、競りのたびに大量に売られているアンコウが気になっていました。
全国の主な漁港の水揚げ量を調べてみると、下関が最も多いことが分かりました。さっそく「水揚げ量日本一の下関」と書いたラベルを作成。アンコウを大量に買い付け、切り身にして鍋セットを作り、東京などに出荷すると飛ぶように売れました。
2003年には、下関の水産関係者などが行政とともにブランド化をめざす協議会を立ち上げました。アンコウの七つ道具(肉、肝、胃、卵巣、えら、ひれ、皮)にちなみ、数字をすべて足すと7になる11月23日を「あんこうの日」と定め、市内でアンコウ鍋を販売するイベントも開いています。
市内の子どもたちに地元の特産を知ってもらおうと、小中学校では、毎年アンコウ料理が給食に出ます。さらに、今年は、アンコウ料理の学生コンクールも初めて開催します。下関市民にアンコウをより愛してもらいたいとの思いからだそう。
下関市にある山口県立長府高校の3年生12人も応募しました。年明け間もない1月9日には、重さ400~500グラムほどのアンコウを使った調理実習が行われました。
この日の朝、下関漁港に水揚げされたばかりのものです。身を炒めたりゆでたりして炒飯やちらしずしにトッピングする生徒もいれば、シチューにラザニア、パスタ、さらには肉まんやギョーザの具にも。1人1品ずつ、意外なアンコウの創作料理を作り上げ、応募用のレシピを練り上げました。
このままアンコウも下関が産地として台頭してくるのか。「そんなことはない」と不敵な笑みを浮かべるのは、北茨城市の磯原温泉で旅館「としまや月浜の湯」を営む渡辺悦夫さん(66)です。
旅館の宿泊プランを見せてもらうと……なんと! あん肝を溶かし込んだ鍋やどぶ汁の料理がつくプランにまじって、「下関にも負けない! 茨城の地ふぐ三昧(ざんまい)」というプランが。地元で取れるショウサイフグやアカメフグを使ったコース料理で宿泊客をもてなします。
「下関のトラフグに負けず、シコシコしてうまいよ。もちろん、身が締まったアンコウもね」と渡辺さんは胸を張ります。
さらに手強いのが、同じ北茨城市の平潟港温泉にある「あんこうの宿 まるみつ旅館」。昨年12月、京都で開かれたご当地鍋フェスタ「鍋-1グランプリ」で2年連続グランプリに輝きました。2017年は看板メニューのアンコウ鍋で受賞しましたが、昨年は意外にも、「北茨城とらふぐ汁」での制覇です。
まるみつ旅館は昨年2月から、地元でわく温泉と海水を使ってトラフグ2000匹の養殖を始めました。旅館代表の武士(たけし)能久さん(42)は「フグもアンコウのようにコラーゲンが多く、味も見た目も似ている。下関の養殖業者などを見学して、トラフグの養殖を手がけようと思いました」と話します。
このフグを使って生まれたのが「北茨城とらふぐ汁」。あん肝の特製スープにトラフグの身を入れ、さらに白子をトッピングすることで、濃厚でクリーミーな味わいに仕上げました。東西の魚のマリアージュに、鍋-1グランプリでは2000食が完売しました。
今年の第5回あんこうサミットは1月27日。
武士さんは「北茨城とらふぐ汁」をひっさげてエントリーします。
「西のフグ、東のアンコウと言われますが、ライバルとしてではなく、茨城と下関が手を携えて、冬の味覚を世界にPRしていきたいですね」
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