連載
#2 SDGs最初の一歩
大阪万博、これや! 頭に苔生やしたおじさんの「まじめな野望」
頭に苔を生やしたおじさんが、大阪府岸和田市にいます。写真を見たときのインパクトが強烈で、会いに行ってみました。見た目とは違って、狙いは大まじめ。日本で唯一の「車上緑化」も実現した今、次の狙いは「大阪万博」。苔おじさんの「明るくてまじめな野望」から、持続可能な社会について考えてみました。(朝日新聞記者・北村有樹子)
おじさんは、集配専門のクリーニング店を営む泉原一弥さん(60)。頭の苔、よく見ると、苔を生やした麦わら帽子でした。「温暖化防止帽子(おんだんかぼうしぼうし)」という名前だそう。そしてすかさず、もっとすごいものを紹介されました。屋根に苔を生やした営業車です。
なぜ、こんな営業車に?
そこには、泉原さんが「苔おじさん」になるまでの半生がありました。
泉原さんは、大学時代に造園を専攻。園芸高校で教職に就き、環境緑化を教えていました。その後、縁あって今の集配クリーニング業を始めたそうです。そこで悩みが出てきました。
「高校の多くの教え子たちは造園など、環境に優しい仕事に精を出しているのに、自分は何もできていない」。もどかしかったそうです。
頭をひねって思いついたのが、営業車の「車上緑化」でした。「自宅の屋根を緑化しても多くの人の目に留まりませんからね。車だと街のあちこちで見てもらえます」と泉原さん。
当初は、芝生で挑戦しました。車の屋根に土を敷いて芝生をはったものの、日々の水やりが大変で、車体は重くなって燃費は悪かったそうです。次に、試したつる植物は車を運転すると葉っぱが飛んでいきました。
そんな中、「スナゴケ」という育てやすい苔を知りました。
苔といえば、ジメジメしたところに生息するイメージですが、「スナゴケは、炎天下の水が少ない所を好む」特徴があるそうです。車上緑化にもってこいでした。毎日の水やりも要らず手入れの手間がほとんどかかりません。夏場は車内の暑さはすこし和らぐそうです。
数センチ、車の屋根に取り付けてみたところ、飛ばさずに運転もできました。高速道路で時速80キロにも耐えました。仕様に問題がないことも国に確認。着想から13年。名付けて「屋根苔着車(やぁね、こけちゃっかー)」が完成しました。
スナゴケは、車上緑化だけでなく、当然、屋上緑化に向くのだそう。「地球温暖化防止のために、屋上緑化を広めたい」。これぞ、泉原さんの真の目標です。
知り合いや海外からもやってみたいという声まではあがっているそうですが、いまのところ、日本ではこの一台しかないようです。
「苔おじさん」と話している中で、ふと頭に、「SDGs」という単語が思い浮かんできました。日本語では、「持続可能な開発目標」。温暖化対策も含まれます。
最近よく耳にするけれど、どうもなじめず日常生活で何をすればいいのか分からない。
まてよ……泉原さんの取り組みこそ、「SDGs」の活動ではないか!
泉原さんにそう聞くと「私にできることをしているだけです」とポツリ。
「私にできることをしているだけです」
これは、泉原さんが好きな、南米のアンデス地方の昔話「ハチドリのひとしずく」に出てくる一節だそうです。
森火事に一滴ずつ水を運ぶハチドリに対して、森から逃げた動物たちは「そんなことして何になるのだ」と笑ったときのハチドリのひとことだそう。
「頭でっかちにならず、まずは自分が力を尽くしてみるべきです。そして、仲間を増やすには、難しいことほど簡単に、面白くという精神が大切」と話してくれました。
社会課題の解決に向けたヒントが垣間見えたような気がしました。
先日、記者は「屋根苔着車」について、ABCラジオ(大阪)の番組で話す機会がありました。パーソナリティーの方々は驚いたり、笑ったり。
「10年後にこんな車が大阪でたくさん走っているかもしれない」
「パリコレで温暖化防止ファッションとして取り上げられるかも」
そんな「妄想」を番組内で膨らませていました。
最近、泉原さんには追い風になる朗報が飛び込んできました。2025年の大阪万博です。万博のテーマは「いのち輝く未来社会のデザイン」で、コンセプトは「未来社会の実験場」。
「大阪府や自動車関連会社がパビリオンを出してくれたら、手軽にスナゴケで取り組める緑化をぜひ紹介したい」と今から意気込んでいます。
そんな泉原さん、先月末には、新潟の農業生産法人グリーンズグリーンが、屋上緑化に使えるシート状になった苔の海外輸出を本格化するというニュースを知ったそうです。
「苔おじさん」の野望。ついに? 日本、いや世界中に広がるかもしれません。
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