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さんからの取材リクエスト
鉄腕DASHの潜水艦撮影、実現の舞台裏は?
#14 現場から考える安保
鉄腕DASHで反響、潜水艦カレー 「機密だらけ」撮影、実現のワケ
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鉄腕DASHの潜水艦撮影、実現の舞台裏は?
#14 現場から考える安保
藤田 直央 朝日新聞編集委員
共同編集記者日本テレビ系列の人気番組「ザ!鉄腕!DASH!!」で、TOKIOが海上自衛隊の潜水艦に入った映像が、SNSで反響を呼びました。国民食のカレーライスを掘り下げるコーナーで、「じゃあ名物の海上自衛隊では」という企画でしたが、「海の忍者」潜水艦の中の映像はそう見られません。撮影が実現した舞台裏を探りました。(withnews編集部・丹治翔、朝日新聞政治部・藤田直央)
TOKIOの城島さん、長瀬さんが潜水艦「ずいりゅう」に。「海の忍者」と呼ばれるほど、静かさが求められる潜水艦。withnewsでも藤田直央記者が今年3月に「うずしお」に乗り込み、その様子をレポートしました。#鉄腕DASHhttps://t.co/eZb9sseYrw
— 丹治翔/withnews副編 (@shou_tanji) 2018年9月30日
海自のカレーが紹介されたのは、9月30日の放送です。城島茂さんと長瀬智也さんが、まず千葉県の館山航空基地のカレー作りを見学。そこから海自の哨戒ヘリコプターSH60Kで神奈川県の横須賀基地へ飛び、泊まっていた「国家機密だらけの潜水艦」(番組HP)ずいりゅうの中へ。テレビカメラとともにはしごを降りました。
潜水艦の性能に関わる部分は「国家機密」とモザイクがかけられた艦内を通り、城島さんと長瀬さんが案内された調理場では、シーフードカレーとポークカレーが作られていました。
潜水艦には、海中で位置がばれないよう「いかに音を出さないか」が求められます。食材を切る包丁の使い方にも、隊員が細心の注意を払う環境で作られたカレー。隠し味にコーヒーなど、こだわりが詰まった一皿を食べた2人は「美味しい!!」と絶賛しました。
放送が始まると、ツイッターでは海自のカレーが話題に。呉基地(広島県呉市)の各部隊の味を、呉市内の飲食店が再現している「呉海自カレー」のホームページはアクセスが集中し、一時閲覧できない状態になりました。「ネットで検索をするとページが上位にあるので、アクセスが集中したのだと思います。テレビの力はすごい」と担当者も影響の大きさを感じていました。
【お詫び】現在 #鉄腕DASH さんの海自カレー放映効果の為ホームページのアクセスが集中し閲覧出来ない状態となっております。ご迷惑をおかけしており申し訳ございません。お詫びに #呉海自カレー の写真を添付させて頂きます。11月18日(日)の #呉海自カレーフェスタ にも是非ともお越し下さいませ。 pic.twitter.com/MeLvBZXQbD
— 呉海自カレー (@kurekaijicurry) 2018年9月30日
海自も、ホームページ内にある「艦めし」のコーナーに「ずいりゅうのポークカレー」のレシピを早速アップ。「鉄腕DASHでTOKIOが絶賛」と紹介しています。
このコラボぶりに注目し、海自のメディア対応を担当する防衛省の海上幕僚監部広報室に聞きました。すると…
「海上自衛隊にとってPR効果が大きいと考えました」と、あっけらかんとした答えでした。
広報室によると、こんな経緯だったそうです。
番組側から「海自伝統のカレーの秘密に迫る!」ということで協力要請があり、海自側は「鉄腕DASHは視聴率がよく、若い人も見ている」ということでOKしました。
ただ、「秘密」といっても海自のカレーネタは結構知られています。カレー発祥の地インドがかつて英国の植民地で、その英国海軍を海自の前身の日本海軍がモデルにしたこと、金曜に食べるのは航海中に曜日感覚を忘れないためで、味は基地や船の厨房ごとに違うと言われていること…
そこでひとひねりしようと選ばれたのが、海上自衛隊だけにあまり目立たない航空基地に加え、文字どおりふだん日の当たらない潜水艦でした。
「ずいりゅう」艦内の調理場。静かに野菜を切り、電気の熱で煮込んで…。敵に気づかれないように極力音を出さず海中を動き回る、潜水艦ならではのカレーの作り方が紹介されました。
それにしても、自衛隊を取材する筆者(藤田)は「よく潜水艦の中でテレビカメラを回すことが許されたなあ」と思いました。
「海の忍者」潜水艦はまさに「機密だらけ」だからです。いつどこにいるかの行動はもちろん、どんなことができるかの性能もです。
いつ出航してどこに向かうかや、海中でどれほど速く深く動けるかを隠すことで、敵をいつどこから攻撃されるのかと怯えさせ、牽制できます。逆にそうした潜水艦の性能が敵にばれれば、哨戒機などで位置を絞り込まれて命取りになりかねません。
なので、私が今年3月、海自が企画した「研修」で横須賀に停泊中の潜水艦に入った時は、艦内撮影は一切できませんでした。ちなみに直前に訪れた護衛艦では艦橋や甲板上で割と撮影ができました。
同じ3月、「ずいりゅう」と同型の新造潜水艦の引き渡し式を取材に神戸へ行ったのですが、この時も岸壁から潜水艦を見るだけでした。
新造の #潜水艦 #せいりゅう の出発を取材に神戸港へ。#海上自衛隊 に #三菱重工 神戸造船所で引き渡されました。横須賀でこの日新編の #第六潜水隊 に配備されます。 pic.twitter.com/PvIudyo8dd
— 藤田直央 (@naotakafujita) 2018年3月12日
海上幕僚監部広報室に聞くと、もちろん他の艦船に比べて潜水艦の艦内撮影はハードルが高いのですが、秘密が保てると判断すれば応じることもあるそうです。
今回の場合、趣旨が「カレー」だったことがぐっとハードルを下げました。撮影を認めたのは、食堂や調理場に加え、3段ベッドが所狭しと並ぶ寝室など、カレーを楽しみにする乗組員らの生活空間に限ったそうです。
それでもTOKIOを横須賀に迎えたのは「この夏」としか答えません。「ずいりゅう」が何月何日に横須賀にいたかを言いたくないからです。
広報室の説明はそこまででしたが、実は今回の海自の対応にはもう少し深い事情があります。「鉄腕DASHは若い人も見ている」というのがカギです。
それは、隊員の募集につなげたいという思いです。陸海空の自衛隊でも、「特にうちは厳しいから」というのが最近の海自幹部らの口癖です。
どういうことかというと、まず少子化です。それに加え、特に景気が持ち直して民間企業に若者が流れがちという昨今の事情があります。
さらに陸海空で海自が特に悩ましいのは、最近忙しくなった現場に人が必要なのに、今どきの若者に避けられがちだという深刻なギャップです。
筆者(藤田)が3月の「研修」で横須賀基地を訪れた時、潜水艦隊約1900人の司令官から横須賀地方総監になった当時の道満誠一海将はこう語っていました。
「今年度から潜水艦が1年に1隻づつ増えていくので非常に厳しい。若い人が自衛隊に応募してくれないのが一番の心配事です。あれだけ話題になってやりがいもあると宣伝しているが、景気が良くなってほかのところが求人が良くなったもんですから。しばらくは歯を食いしばって若い人を育てて、コアになる人たちは今いる数しかいないので、それを分散させて……」
中国の海洋進出などへの対応で、政府は海上自衛隊の艦船をどんどん増やしています。2015年度末から10年ほどで、護衛艦は47隻を54隻に、潜水艦は16隻を一気に4割増の22隻にしようというのです。
しかも護衛艦と潜水艦は全く別の乗り物なので、乗組員に求められる技量や所作もかなり異なります。海自の中でも新入隊員たちを奪い合うようにして、急いで一人前に育てないといけないわけです。
その一方で、海自が若者に避けられがちだと幹部らがとりわけ嘆くのが「スマホ問題」です。
スマホの普及で、家族や知人とメールだけでなく写真や動画のやり取りも頻繁になったのはご存じの通り。自衛官もご多分に漏れませんが、陸や空に比べ、海自にはハンディがあるのです。
陸自の隊員はほとんど地上にいます。空自でも空を飛ぶのはパイロットなど一部で、その人たちも数時間もすれば地上に戻ってきます。もちろん勤務中の私的な通信は困難ですが、基本的にスマホが通じやすい地上にいるわけです。
ところが海自で、特に世間の若者にイメージされやすい艦艇の乗組員は、海に出るのが数カ月にわたることもあります。「電波が通じません」がほとんどですし、通じる場所であっても、艦全体で訓練や警戒監視といった任務にあたる以上、そこにいる乗組員の私的な通信は制限されます。
特に「海の忍者」の潜水艦は、音や電波を出せば居場所がばれかねないので、味方の基地や艦船との通信すら最小限なのです。「敵陣で見つかったら終わり」という緊張感が艦内には満ちています。
このご時世、優秀な人材の確保に「男の世界」どころじゃないということで、空自では8月にF15に乗る女性初の戦闘機パイロットが誕生しました。海自でも潜水艦乗組員の門戸を女性に開けないものかと探っています。
海の守りは重みを増し、人づくりを急ぎたい。仕事は大変でスマホ環境も悪いけど、少しでも若者にアピールしたい。海自のそんな狙いが、鉄腕DASHのカレー企画で「渡りに船」と潜水艦を紹介したことににじんでいるように思えました。
ネットでの大受けに、「海自にやられた」という声をほかの自衛隊で聞きました。メディアとコラボする陸海空のアピール合戦が続きそうです。
Last but not least. 最後に朝日新聞のアーカイブから、自衛隊に関する企画で過去に潜水艦内の撮影が許された際のレアな写真を紹介します。
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