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家族経営コンビニ、立山で20年続けられた理由 ピンチ救った常連客
「手作り」にこだわり、大手に対抗する富山県立山町のコンビニ「立山サンダーバード」。家族3人で始めたお店は、大手の進出で頭を抱えた時期もありましたが、20年以上にわたって地域や観光客に愛されてきました。お客さんの声を商品につなげる柔軟さ、品ぞろえに垣間見える地元愛と遊び心、「ついでに来てもらえれば」という謙虚さ……。個性あふれるオンリーワンのお店作りの秘密を探りました。
富山市中心部から、立山黒部アルペンルートの入り口・立山駅へ約40分ほど車を走らせると、「立山サンダーバード」が見えてきます。1996年7月、店主の伊藤敬一さん(77)が、妻の三知子さん(70)、長男敬吾さんと営業を始めました。
「お父さんは色んな意味ですごい人ですよ」と敬吾さんは言います。
敬一さんは大学卒業後、富山県内の化学会社に就職しましたが、仕事で関わった化学や英語をもっと学びたいと、アメリカの大学に3年半留学。夜に船のペンキ塗りやゴミ拾いのアルバイトをしながら通っていたそうです。
アラスカを旅行した際には冒険家の故植村直己さんと親交を結び、店内には一緒に写った現地の新聞記事が飾られています。
帰国後、愛知と富山で会社員生活を送っていましたが、55歳の時に店を持とうと思い立ちます。
山が好きだった敬一さんが選んだのが、自然があふれる立山連峰のふもと。近くにお土産を売る観光施設があったことから、「競合しないジャンル」を考え目を付けたのが、登山客らが弁当やおにぎりなどを買い求めやすいコンビニでした。
最初は大手のフランチャイズになることも考えました。しかし、夜の客足は見込めず、24時間営業をする人手もお金もありません。家族で日中に営業する道を選んだのは、自然な流れでした。
「とにかくやってみる」が、敬一さんのスタンス。駐車場に融雪装置やロードバイク置き場を自作し、あゆを養殖するために井戸も掘りました。養殖はうまくいきませんでしたが、井戸水は融雪装置の水源に。敬吾さんは、敬一さんを「マイナスをプラスに変えるのが得意」と評します。
大手に対抗するため、調理師免許を取って「手作り」に活路を見いだします。
朝早く起きて登山客向けにおにぎりをにぎり、山道や冬の雪道を走って弁当を配達。「待っててもお客さんは来ない」(敬一さん)と、注文を取りに行って地道にお客さんを増やし、お店は軌道に乗り始めます。
しかし、開業して5年ほどが経ったころ、近くに大手コンビニが出来ました。
「国立公園手前の最終コンビニはこちら」
お店を無視するかのような看板が立ち、敬一さんは「調子がよくなってきた時だっただけに、ガクッときた」。
窮地を救ってくれたのは、なじみのお客さんたちでした。登山の際に足を運んでくれたり、近くで始まった少年サッカー大会の際におにぎりをまとめて注文してくれたり。その積み重ねが大きな支えになったといい、敬一さんは「捨てる神あれば、拾う神ありです」。
結局、大手コンビニは数年で姿を消し、ネットでも有名になった「変わり種」サンドイッチ効果もあって「長いトンネル」を抜けることが出来ました。
「変わり種」サンドイッチについ目が行きがちですが、店内にはその他にも気になる商品が並んでいます。
おにぎりは「種類を増やしすぎて、作るのが雑になったらダメ」(敬一さん)と、15種類ほどにとどめています。
わらびや竹の子などの山菜、ホタルイカ、いのししや熊など、季節感を大事にした具材が目白押しです。ちなみに、熊はめったにお目にかかれないレア食材とのこと。
そして、冷凍庫にズラリと並ぶ富山の郷土料理。
昆布じめは約80種類。魚介類だけでも、刺し身や焼き、味付けを工夫したものなど。
そして、肉、山菜、野菜、チーズ……書ききれません。
「オリジナル」は食べ物だけではありません。
レジ付近に並ぶ、缶バッジやポストカードはすべて、敬吾さんの手書きイラストを使って手作りしています。
2年半ほど前、フェイスブックに投稿した絵に「買いたい」との声があったのをきっかけに、グッズ化を決意。自前で少量を作り、試しながら品数を増やしていきました。
立山に生息するライチョウを使ったロゴマークもお客さんの提案から生まれ、マークをあしらったTシャツやトートバック、ステッカーなどを作りました。
「ここでしか買えないもの」を置くことで、県外から来た人にも喜んでもらえる。敬吾さんはそう考えます。
「お店をやるからには、実際に来てもらいたい」とネット販売はしていません。
根底には、富山を訪れてほしいという思いがあるといいます。
「近くに素晴らしい観光地があって、色んな人に来てもらいたいし、うちの店はそのついでに寄ってもらえればいいです。昔は『自分とこが』と思ってたけど、年を重ねるうちに気持ちが変わってきた。ずっと地元にいるけど、地元愛が大きくなってきたような気がします」
だからこそ、「地元のものも置きたくなる」と、地元産の調味料やせっけん、食品も積極的に並べるようになったそうです。
立山サンダーバードは、「自力でとりあえずやってみる」を地で行き、20年以上お店を守ってきました。
「好きな時に好きなことが出来る」(敬吾さん)身軽さと、お客さんの声を生かす柔軟さが生む個性的な品ぞろえ。そんな自由なお店作りについて、敬一さんは「人にやらされている感がなく、働きがいを実感出来る」としつつ、穏やかに一言。
「10年は続けんと、(だいご味ややりがいは)分からんよ」
全国津々浦々に浸透するコンビニはいまや欠かせない存在になり、私もほぼ毎日お世話になっています。
でもある時、旅先の店に入ってふと思いました。「何でいつも使えるところに来てるんやろ」
どこでも同じ商品が買える便利さの一方で、どこでも似たような店内と品ぞろえは新鮮さに乏しく、ドキドキ感もありません。
どうせなら、地元臭がぷんぷんするお店で食べたり飲んだり、買い物したりしないともったいない。そんな思いが強くなりました。
立山サンダーバードは、そんな思いに応えるドンピシャのお店でした。
フードコート代わりに店内のレトロなソファーで休憩したり、天気が良ければ、外のテラス席でおにぎりを食べたり敬一さんたちと雑談したり。
お店に入って商品を選んで買う、だけにとどまらない過ごし方が出来る新鮮さに、「また来たい」「応援したい」と、愛着がわいてきました。
これからも「らしく」営業してもらえるよう、新商品を楽しみにしながら通いたいと思います。
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