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ペットの「安楽死」悩む飼い主 「天寿をまっとう」逆らったのでは…
家族として暮らしてきたペットの犬や猫が、回復の見込みのない病気を抱え、苦痛に苦しみだした時、あなたならどのような選択をしますか? 安楽死を選んだ結果、本当によかったのかと自問自答する飼い主から届いた投稿を新聞に掲載すると、多くの反響が寄せられました。7歳の小型犬を飼う我が家も他人事ではなく、「病気になったら……」と考え出すと胸が締め付けられます。研究者や獣医師らを訪ね、ペットの老後、ペットの終末期について考えてみました。
朝日新聞の投稿欄「声」に岡山県の主婦(49)から、こんな投稿(要約)が届きました。
動物愛護法第7条4項では、動物の所有者は、「できる限り、当該動物がその命を終えるまで適切に飼養することに努めなければならない」と書かれています。ただ、人間の寿命と比べて犬や猫の命は短く、獣医療の進歩があっても、いずれは病気や老化によって終末期を迎えます。
一般社団法人ペットフード協会の全国犬猫飼育実態調査によると、50000世帯の有効回答から推計された、2017年の日本全体の推計飼育頭数は、892万頭です。平均寿命は14.19歳。
「あったらいいと思う飼育サービス」(複数回答)を質問すると、2番目に多かった回答が、「高齢で飼育不可能な場合の受け入れ施設提供サービス」(28.7%)でした。5位にも「老化したペットの世話対応サービス」(18.5%)が入っています。
ペットの老いへの対応は、冒頭の岡山県の女性だけでなく、飼い主共通の悩みです。
広島県の主婦(71)からの投稿にはこうつづられています。
福岡県の主婦(68)も、自分を責めた一人です。
「悩むということは、ペットに愛着があるということ。だから、飼い主が悩むのは当たり前なことです。ただ、安楽死の場合、何が正しい選択かを決めるのは難しいです」
こう話すのは、犬や猫など小動物の終末期医療の飼い主対応について研究している大阪商業大学経済学部の杉田陽出准教授です。
杉田准教授によると、日本では獣医師1人当たりの安楽死処置件数が年間3件未満なのに対して、米国では90件を超えるという調査結果があります。この数字の大きな開きについて、日本では安楽死の決断に踏み切れない飼い主が多いからではないかと杉田准教授はみています。
「安楽死の意思決定をする際に、この選択は正しいと十分に納得して決断できる人は少ないのではないでしょうか。どうしようかと悩んでいるうちに、ペットが自然死してしまうケースもあります」
「また、安楽死を選択したものの、本当にそれで良かったのかと処置後に思い悩む人がいる一方で、『早く決断していれば、あんなに苦しませずに済んだかもしれない』と、安楽死を選択しなかったことを後悔する人もいます」
杉田准教授は、獣医師による飼い主ケアにも限界があるといいます。
「獣医師で飼い主ケアについて専門的な知識のある人は少ないのではないでしょうか。また、何とかしたいと思っていても、動物の診療に忙しくて手が回らないという人もいるでしょう」
どこまで終末期の医療や介護をするかは飼い主の判断によりますが、自然死でも安楽死でも、ペットロスは起こる可能性があります。
朝日新聞に届いた投稿に多く共通しているのは、安楽死を選ぶことで、飼い主の自分がペットの命を絶ってしまったという悔悟です。
動物愛護法を所管する環境省動物愛護管理室によると、ペットの安楽死に関するガイドラインはなく「獣医師の判断によります」といいます。
一般的には苦痛が大きかったり、回復の見込みがなかったりしたとき、安楽死をすることになるそうです。その方法が書かれているのは、動物愛護法第40条です。
「動物を殺さなければならない場合には、できる限りその動物に苦痛を与えない方法によってしなければならない」
ペットに関してはこの一言のみで、政省令や施行規則で細かな条件や方法が定められているわけではないのが実情なのです。
「せめて獣医師ぐらいは、動物側の立場に立って考えないといけないと思っています。終末期は、結局、飼い主さんの事情に左右されますが、安易に安楽死を選んではいけません。治療でとれない苦痛はほんの一部です」
こう話すのは、愛知県みよし市にある「みよし動物病院」の鈴木玉機院長です。
動物病院を訪ねると、4~5年前までは200坪の運動場や大型犬30頭や中小型犬20頭が入院できる病棟があり、4人の獣医師を雇っていました。ただ、若手獣医師の退職や後継者もおらず、今は小型犬を中心に規模を縮小したそうです。
鈴木院長が飼っていたゴールデンレトリバー「バツ」の写真を見せてくれました。「バツ」は、2015年に16歳8カ月で亡くなりました。
脊椎を痛め、最後は寝たきりになり、床ずれを防ぐために体位を変えたり、おしっこで汚れたシーツを1日5~6回交換したりしていたそうです。
「食事は食べるし、声をかけるとしっぽを振ってくるからね」
半年間にわたる手厚い看護の末、自然死したそうです。ただ、これができたのも、鈴木院長が獣医師であるうえ、動物病院のスタッフらのサポートがあったためです。
鈴木院長の動物病院でも、がんなどの重い病気で、治療したものの回復の見込みがない状態に陥る犬がいます。また、認知症が進行し、家の中であちこちぶつかるようになり、飼い主が見ていられなくなって連れてくることもあります。
ただ、獣医師からすると、終末期になったペットを連れてきた飼い主と話す際、注意することがあると言います。
「飼い主さんは、感情が高ぶっているときには冷静な判断ができません。即決できる問題ではありませんので、いくつもの選択肢があることをお話します。家族間でも十分に相談していただきます」
「繰り返すひきつけ(痙攣)や呼吸困難以外は緩和ケアをしながら自宅で看取るのがベストのような気がします」
最近は、高度な医療を行う動物病院も出てきて、転院を紹介するケースもあるそうです。ただ、人間の場合は、公的医療保険や高額療養費制度があって自己負担の上限がありますが、ペットの場合は個人で加入する損害保険が頼りです。
鈴木院長はこう言います。
「ペットを飼い始める時に、お金の負担の覚悟も必要です」
我が家の小型犬も、私が帰宅すると遊んで欲しいのか、じゃれてきます。まだ7歳なので終末期や看取りは想像できませんが、気になってしまうのが治療費の問題です。
私は、長らく人間の医療現場を取材してきました。日本は公的医療保険制度があり、自己負担の上限額もあります。しかし、動物は自由診療で公的な価格もありません。
今回の取材でみよし動物病院の鈴木院長から見せてもらった高度医療を行う病院とそうでない病院の治療費の概算額の違いには驚きました。
がん、脳腫瘍、尿管結石、糖尿病など、人間と同じ病名が並び、治療内容は人間並みです。概算ですが、数万円から数十万円といった単位で治療費が書かれています。
自宅に帰って、ペット保険の「ご契約のしおり」を開いてみると、支払い割合が50%で、手術が1回当たり最高10万円で1年に2回まで、通院や入院は1日当たり最高1万円までで20日までなどと支払い限度額が書かれています。高度医療を行う病院の治療費をこれで十分まかなえるとは思えません。
果たして治療を始めたら、どこまで負担しきれるか心配になりました。治る病気もありますが、高齢化すればいつか命がついえます。そのとき、多くの投稿者と同じように、どこまでの治療を選択するのか、その判断は極めて重いと感じました。
自分や家族がペットの最期を決めてしまうのか。お金で愛するペットの寿命を区切ってしまわないか。
人間は、高齢人口が急増し、自宅での看取りや延命治療の差し控えといったことを病気になる前から家族で話し合っておこうと言われていますが、人間が話す言葉で意思表示できないペットだからこそ悩みはより深くなってしまいました。
朝日新聞の「声」欄では、みなさんの投稿を募集しています。
テーマは、身近な話題や意見、提案など自由です。投稿はメール、FAX、手紙で500字以内。匿名は不可とします。
住所、氏名、年齢、性別、職業、電話番号を明記してください。
〒104-8661東京・晴海郵便局私書箱300号「声」係
メール:koe@asahi.com
FAX・0570・013579/03・3248・0355
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