連載
#1 やせたい私
「ふつうに食べる」ができない…摂食障害「ささいな一言」きっかけ
「ふつうに食べることがこんなに難しいなんて、思ってなかった」。都内に住む会社員の金子浩子さん(28)は大学2年生の頃から7年にわたって摂食障害に悩まされた。拒食と過食嘔吐を繰り返し、体重の増減幅は33キロにもなったが、「食育」のイベントを主催するようになってようやく「揺れ」が小さくなってきた。今でもストレスがたまると過食してしまうことがある。「治りかけても、まだ揺れている人がいます。そんな人たちがつながれる『場』を作れたらいいなと思います」
小さな頃から食べることが好きで、中学時代は陸上部だった。
「その頃はガリガリでした。高校に入って太っても、特に気にしてなかった」
東京の薬学系の大学に入学して独り暮らしを始めた。股関節の持病で、2年生になる春休みに手術を受けた。術後にうまく歩けなかったこともあり、体重が増え、155センチ57キロになった。
同じ病気の患者が集まる会で、参加者の中年男性から「太っているから治りが遅いんじゃない?」と言われた。
「そうなのかな」
ジムのランニングマシンで走り始めた。こんなに走って疲れたのに、マシンに表示されたカロリー消費量は「サラダ1皿分」。
「食べるってカロリーをとるってことなんだ」
当時好きだった人に「やせた方がいい」と言われたこともあって、ダイエットを始めた。
お弁当箱を小さくして、半分はキャベツの千切りで埋める。ジムでバイクマシンをこぎ、プールで泳いで、半身浴をする。
体重はするすると減って、40キロ台に。生理もとまってしまった。けれど、どんなにやせても満足できなかった。
リバウンドが恐ろしくて、頭の中はいつも「やせなきゃ」「やせなきゃ」。
大学4年生になって34キロまでやせた。「拒食症かも」という思いが頭をよぎったが、ネットの掲示板には「モデル体形」「やせたい」という声があふれていた。逆に「私はやせられた人なんだ!」という自信になった。
おしりの骨が浮き出て、いすに座ると痛い。頭がぼーっとして、体力がもたない。そんな中、アルバイトをしていた選挙事務所の候補が落選した。自分が失敗したように感じた。
「やせたって、どうせだめな人間なんだ」
一転、過食になった。
家にあった乾燥のりやコーンフレークを口に詰め込んだ。「満腹感」という感覚がなくなっていて、あるのは「食べてしまった」という「罪悪感」だけ。
しだいに、思い切り食べたあとに吐くようになった。
体重は上下を繰り返した。大学の友人やゼミの仲間は体形にはふれず、居場所がないと思った。大学を卒業する頃には、体重が67キロになっていた。
独り暮らしは続けられなかった。大学院に進むのをきっかけに、群馬の実家へ戻った。
入学時の健康診断で「死にたいと思うことがある」「10キロの体重増減がある」と答えた。大学の精神科の医師から「摂食障害ではないですか」と声をかけられ、「そうだったんだ」と腑に落ちた。
それでも、はじめは打ち解けたいとも思わず、週1回のカウンセリングの時間が早く終わればいいと感じていた。
半年ほどして、「通ったって、全然良くならないじゃん」と声を荒らげると、「認知行動療法を試してみようか」と提案された。
何かに怒ったとき、どうしてそう感じるのか、本当の理由は。自分の気持ちを因数分解するように、ほぐしていった。
すると、「さみしいと思っている」「自分が生きていていいのか分からない」という心の底にある思いが分かるようになってきた。それを細かくメモに残し、カウンセリングに通い続けた。
4年前の春、製薬会社に入社した。自分ではほとんど良くなっていたと思っていたが、半年間の合宿型の研修では、同期と同じものが食べられず、かげで吐いてしまった。
合宿後も、太るのが怖くて毎朝10キロ走ってから出社。希望の職場に配属されず「やっぱり自分はダメだ」と思ってしまう。
「食」に悩まされた金子さんを救ってくれたのは、「食」だった。
「自分で食べることはできなくても、誰かが自分の作ったものを食べてくれるのはうれしいんです」
実家で家族のために料理を作ると、喜んでもらえる。「こんな自分でもできることがある」と感じた。
子どもたちに食の大切さや楽しさを伝えたいと、友人たちと5年ほど前から食育ワークショップを開く団体「キッチンの科学プロジェクト」で活動を始めた。
光るグミを作ったり、タマネギの皮で布を染めてみたり。科学の知識と、食育を組み合わせたイベントだ。
成功し、アンケートに「また会いたい」「楽しかった」と書かれていると、励みになった。
気づくと、だんだんと過食する機会が減っていき、ここ3年ほどで嘔吐もなくなった。体重の増減も落ち着いてきた。
「今でも過食してしまうことはあります。だから、リビングから遠いところに食べ物を置いたり、まずはスープでおなかいっぱいにしたり。でも、そんな自分でもいいのかな、って思えるようになってきました」
摂食障害を経験した人たちが参加する料理教室も開く。症状が落ち着いてきた一方でまだ不安な頃、参加したり交流したりできる「場」がないと考えたからだ。
「引きこもって過食嘔吐していた摂食障害から、社会復帰できるぐらいに改善してきたといっても、まだ揺れている人が多いんです。そんな人が安心して参加できるイベントやつながりが、もっとあればいいなと思います」