連載
#11 現場から考える安保
極秘だらけの最新鋭潜水艦に迫る! 見つかったら最期の「音の戦い」
「音の戦い」。潜水艦に乗る人たちは、深海での駆け引きをそう言います。海上自衛隊は冷戦期はソ連、今は中国の海洋進出の牽制に力を入れますが、潜水艦の活動は秘密に包まれています。少しでも迫ろうと、最新鋭艦の出発式があった神戸と、潜水艦部隊の拠点で艦内取材を許された横須賀へ行ってきました。(朝日新聞専門記者・藤田直央)
新造の #潜水艦 #せいりゅう の出発を取材に神戸港へ。#海上自衛隊 に #三菱重工 神戸造船所で引き渡されました。横須賀でこの日新編の #第六潜水隊 に配備されます。 pic.twitter.com/PvIudyo8dd
— 藤田直央 (@naotakafujita) March 12, 2018
うららかな春の神戸港。3月12日午前、三菱重工神戸造船所の埠頭で、完成した「せいりゅう」が海上自衛隊に引き渡されました。建造費531億円、全長84m、最大幅9.1mの最新鋭艦の甲板で、乗組員60数人が山本朋広防衛副大臣の訓示を受けました。
「本艦はそうりゅう型潜水艦の第9番艦で、世界トップクラスの性能を持つ最新鋭潜水艦として、4年5カ月の建造期間を経て完成したものです」
「隊員諸君は、領土の四方を海に囲まれた我が国において平和と独立を守る気概をもって、一致団結、任務に精励し、よき伝統を築くよう切に希望します」
防衛の重点を南西諸島へと移す政府は、潜水艦を2022年度に22隻まで増やす計画で、この「せいりゅう」は18隻目です。「○○りゅう」と呼ばれる最新鋭の「そうりゅう型」では9隻目で、艦橋に書かれた艦番号「509」の9がそれを示します。
艦長の平間武彦2等海佐は、「皆様のご期待にお応えすべく錬成訓練に励み、装備機器の全能発揮を目指し、一日も早く海上防衛の任務に就けるよう精進します」と挨拶。音楽隊が「蛍の光」を奏で、家族や同僚が見送る中、午後に「せいりゅう」は出港しました。
密かに敵情を探り、いざとなれば暗殺も実行する忍者のような兵器。そんな潜水艦の「隠密性」を高めようと各国は開発にしのぎを削り、日本も戦前から国産を続けています。「そうりゅう型」は何が新しいのか、「○○しお」と呼ばれる9隻の「おやしお型」と比べて説明します。
「おやしお型」はディーゼル・エンジンで発電した電気を電池に蓄え、スクリューを回して進みます。潜航中に電池が減れば、ディーゼルに必要な酸素を取り込むため、スノーケルという作業をしないといけません。海面すれすれに管だけ出しますが、それでも見つかる可能性は深海よりぐんと高まります。
一方で、「そうりゅう型」はディーゼルに加え、非大気依存推進(AIP)機関と呼ばれるスターリング・エンジンも搭載。外から酸素を取り込まなくていいよう液体酸素用のタンクを備えており、スノーケルの頻度を減らせます。スターリングはディーゼルよりはるかに静かなのも利点です。
また、「そうりゅう型」は艦全体が無反響タイルで覆われていますが、「おやしお型」は艦橋のみです。相手はソナーを使って海中へ音波を出し、その跳ね返りで潜水艦を探します。無反響タイルで覆われている部分が広いほど見つかりにくくなるわけです。
艦尾にあるX型の4枚の舵も「そうりゅう型」の特徴です。2枚を組み合わせる「おやしお型」の十字型より柔軟に方向転換できるほか、海底に「沈座」した時にX型の方が舵が傷つきにくいのです。
この「沈座」も「音の戦い」に大いに関係があります。
潜水艦が「沈座」すると、音の世界では海底の地形と区別がつかなくなります。音波の跳ね返りで潜水艦を探そうとする相手から姿を隠せるというわけです。
逆に、その潜水艦がどこまで深く潜れるかがわかれば、相手にとっては探しやすくなります。「そうりゅう型」にしろ「おやしお型」にしろ、潜る能力に関する数字は「トップシークレット」と関係者は口をつぐみます。
潜水艦を神戸では外から見るだけでしたが、2日後の3月14日に艦内に入る機会がありました。広島の呉と並ぶ海上自衛隊潜水艦隊の拠点、神奈川の横須賀にある基地で、係留中の「おやしお型」の「うずしお」に記者団が取材で乗りました。
撮影と録音を禁じられた艦内でも、「音の戦い」は徹底していました。人がいるはずのない深海で音を響かせれば相手に気づかれます。任務中でも生活でも、いかに音を出さないかです。
水上艦と違い、室内や通路にはゴムマットが敷き詰められています。歩く音を立てないためで、さらに乗組員は航行中は自衛隊の革靴から運動靴に履き替えます。
動力となる油圧や高圧空気などの細い管が内壁にむき出しですが、所々でひもで束ねられています。振動で管同士が接触する音を抑えるためです。工具などを落として「コン」という音が艦内に響こうものなら、上官の注意が飛びます。
6畳ほどの食堂では息抜きでDVDを見られますが、そばにヘッドホンが数個掛かっていました。壁には「プロフェッショナル」「信ずるより確かめよ」という艦長の標語。相手に気づかれずに、相手の動きを探ることへのこだわりがにじみます。
潜水艦が隠密に徹するのはどの国も同じです。それは、海中からいきなり攻撃できることが相手に与える脅威と、海中にいることが相手に知られる危険が、ともに甚大だからです。
潜水艦の攻撃で最も強力なのは核ミサイルで、トランプ米政権も核戦略の柱に掲げています。海の思わぬ所から核ミサイルが飛びだし反撃されるというおそれが相手の攻撃を「抑止」するというもので、核兵器を持たない日本への「核の傘」にもなっています。
ただ、日本の潜水艦もふつうの魚雷や対艦ミサイルは積んでおり、冷戦期のソ連軍や今の中国軍の海洋進出を牽制しています。「日本の潜水艦がどこかにいないか、と広い範囲を探すこと自体が敵を消耗させる」と艦長経験者は話します。
それでも、もし見つかってしまったら。潜水艦は味方とも通信しない単独行動が基本なので、有事なら支援のないまま敵に追い回され、魚雷で狙われかねません。逆に、自衛隊の水上艦や対潜ヘリコプターは、敵の潜水艦を懸命に探すわけです。
日本の潜水艦の場合、最新鋭の「そうりゅう型」でも潜航継続には限界があります。スターリング・エンジンはまだ補助的なもので、発電は「おやしお型」と同じディーゼルに主に頼るからです。
電池が切れたらそこでおしまい。艦長は60数人の乗組員の命を優先して降参するため、浮上して姿をさらす判断を迫られます。
「日本の潜水艦の場合」と書きましたが、日本にない原子力潜水艦を持つ国は事情が違います。原子力発電なので酸素を取り込むスノーケルをしなくていい原潜は、見つかっても長時間、高速で海中を逃げ回れます。存在がばれるからと攻撃をためらうことも減るので、ディーゼルの潜水艦よりも相手への脅威は増します。
では、日本はなぜ原潜を造らないのでしょう。そんな質問に、昨年6月の国会で当時の稲田朋美防衛相が答えています。
「原子力を自衛隊の艦艇の推進力として利用することは憲法上は禁止されないが、原子力基本法第2条で利用は平和目的に限るとされている。この規定の解釈として、船舶の推進力として一般化していない現状では認められない」
つまり原子力は、非軍事の分野で船の動力として広く使われるようになるまでは、潜水艦を含む自衛隊の船には使えない。それが政府の立場です。ちなみに日本での原子力船開発は、国内初の「むつ」が1974年に放射線漏れ事故を起こしてから頓挫したままです。
原潜を持つ国は米中ロ英仏やインドといった核兵器保有国でもあります。唯一の戦争被爆国であり、最近では福島第一原発事故も経験した国民感情もふまえ、海上自衛隊では原潜導入の検討を控えています。
ただ、ディーゼル発電による充電で浮上を繰り返す日本の潜水艦は、何かと空腹が鳴ってしまう忍者のようなものです。東シナ海でのせめぎ合いでは中国の原潜が目立つようになり、自民党内には日本も原潜を持つべきだという声もあります。
今回の取材では、「音の戦い」に神経をすり減らす海上自衛隊の潜水艦関係者に、原潜への屈折した憧れのようなものも感じました。ある乗組員は「アメリカの原潜は見つかってからが勝負、日本の潜水艦は見つかったら最期と言われます」と話しました。
話を横須賀での潜水艦「うずしお」の取材に戻します。3月14日午後、艦内をめぐり士官室に戻ると、艦長の中島隆雄2等海佐の姿がありました。海底の地形も示す「日本海洋地図」が広がるテーブルを前に、「音の戦い」での駆け引きを語りました。
「相手がこちらを見つければ、こちらも音でわかる。相手の動きが変わるからです。でもどう変わるかは言えません」。そして、「日本列島は非常にいい形をしている。西の国からみると非常にじゃまです」と自信をのぞかせました。
「長すぎて守るのが大変だ」と政府が苦労している日本列島ですが、「おやしお型」を預かる中島艦長には、中国軍の水上艦や潜水艦が太平洋に出る航路を絞り込める関門に見えているようでした。
潜水艦を駆使した勢力圏争いは東シナ海にとどまらず、世界中に広がっています。
米海軍太平洋艦隊はちょうどこの日にツイッターで、米英の原潜計3隻が参加した北極圏での演習で艦橋が氷を突き破る4日前の写真を流しました。温暖化で氷が溶ける北極圏では航路や資源の開発が注目されており、中国も1月下旬に「氷上のシルクロード」をロシアなどと協力して整備する構想を打ち出しています。
#USNavy submarines #USSHartford and #USSConnecticut surface together in Arctic Circle: https://t.co/mJpKXo5NfI #ICEX2018 pic.twitter.com/0s3KQO2LzT
— U.S. Pacific Fleet (@USPacificFleet) March 13, 2018
安倍内閣は日本の防衛力のあり方を定めた「防衛計画の大綱」を今年見直す方針です。どんどん増やす潜水艦を、海洋の安全保障や権益確保にどう活用するのかも問われます。
ただ、海上自衛隊には、「音の戦い」を担う人づくりが追いつくのかという不安もあります。潜水艦隊約1900人の司令官から2016年末に横須賀地方総監になった道満誠一海将は、総監部を訪れた記者団にこう話しました。
「一年に一隻ずつ増えていくので非常に厳しい。景気がいいので若い人が自衛隊に応募してくれないのが一番心配です。コアになる人たちを分散させ、歯を食いしばってどう人を育てるかです」
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