連載
顔の変形・あざ・失明、当事者が語った「幸せの処方箋」
「夢をかなえるゾウ」や「人生はニャンとかなる!」などの自己啓発本で知られる作家、水野敬也さん(40)が、新著「顔ニモマケズ」(文響社)を出版しました。顔の変形や傷、あざ、全身脱毛…。人とは違う外見ゆえに差別を受ける「見た目問題」の当事者へのインタビューをまとめた本です。水野さんは、彼ら・彼女らの言葉に、世の中の多くの人が幸せになるための処方箋があると言います。(朝日新聞記者・岩井建樹)
――自己啓発本で知られる水野さんが、社会問題である「見た目問題」をテーマにするのが、意外でした。
そう思われる人も多いと思いますが、この本は、これまでの僕が出してきた作品と源流は同じで、自己啓発の本です。
顔は、自分では選ぶことができないにもかかわらず、人生の幸福度に大きく影響を与えると思います。もしも外見がよければ、自己肯定感も高まるし、恋愛もうまくいくし、やりたい仕事にもつけるはずだと思っている人も多いのではないでしょうか。
――水野さんも外見で悩みが?
中学生の頃から、「朝起きると、自分の顔がむくんで醜くなっている」と悩んでいたんです。顔をあげて歩けず、四六時中顔のむくみを気にしていました。あとで知ったんですが、「醜形恐怖」と呼ばれる強迫観念でした。
当時は、「人生がうまくいかないのは、ぜんぶこの顔のむくみのせいだ」と感じていたんです。そういった経験もあって、生まれつきの顔によって、人生が左右されてしまうことは大きな問題だと感じていました。
「見た目問題」の当事者の人は、恋愛や就職、いじめといった対人関係で壁に当たります。ただ、それは世の中の人が経験する悩みの質とほぼ同じだと思うんです。だからこそ、当事者の人たちが悩み抜いて、たどりついた考え方や、幸せになるための方法は、見た目というジャンルを超えて、多くの人の悩みを解決するための普遍性を持っていると感じます。
――どんな見た目の人から話を聞いたんですか
ほほが大きく膨らんでしまう「リンパ管腫」、顔に大きなあざがある「単純性血管腫」、皮膚や体毛が白い「アルビノ」のように、生まれつき症状がある方。そして、病気で片目を失った方、全身の体毛が抜けてしまう「全身型円形脱毛症」の方。計9人から話を聞きました。
普通の顔に近づくため手術をされる方もいますが、完治することはないようです。
彼ら・彼女らと一緒に街を歩いたり外食したりしていると、周りの人たちがジロジロと見てきます。子どものころに「変な顔」、「宇宙人」、「ばい菌が移る」と言われたり、顔をたたかれたりした人もいます。
しかし今回インタビューしたすべての人が、そうした悩みと向き合い、乗り越えようとする姿勢は本当に多くの学びがありました。
――当事者の方々から学んだ、幸せになるための処方箋とは何でしょうか
共通していたことが、「夢中になれるものを外の世界で見つける」ということです。マラソンだったり、水泳だったり、自転車だったり、アルバイトだったり。とにかく夢中になれることがあれば、顔の症状の悩みをリセットできると言います。
顔の症状のせいで、学校でいじめられ、「死んじゃおうか」とまで追い込まれた女性は、社会全体を自分の敵のように思っていたそうです。でも、環境を変えることで、大きな変化が生まれます。
彼女は、つらい現実を忘れるために絵を描き始め、デザイン科のある高校に進学し、そこで「死体の絵を描くのが大好き」というようなユニークな仲間たちと出会います。
自分のやりたいことを知ることのほうが大事になり、顔の症状なんか全然気にならなくなったそうです。彼女は、「どんな人でも必ず自分に合う場所がある。世界は広いんだ」と実感したそうです。
――行動に移せる具体的なヒントはありますか
病気で片方の目を失った男性が、大学生の時に就職活動の面接で壁にぶつかります。すると彼は、「面接は自分向きでない」と分析し、面接を受けるのをやめて、インターンシップに切り替えることで、内定を勝ちとりました。
「実際に働いているところを見てもらえば実力は伝わるだろうし、片目の自分はキャラが立ちやすい」と思ったそうです。自分の得意分野で勝負する考え方は、様々なところで応用できる考え方だと思います。
――みなさん、顔の症状を「受け入れている」ということですか?
欠点や劣等感を受け入れることは大切だと、心理学書にも書いてありますが、インタビューした9人については、それぞれ違いがありました。
自分の見た目を受け入れている人もいましたが、「これからも自分は悩み続けるだろう」と答えている人が多かったです。厳しい現実を知った上で、これからも悩みと向き合い、共生しようという姿勢には深く心を動かされます。
――他者とのコミュニケーションはどうやって築いてるのでしょう?
顔のほおやあごの骨がうまく形成されない「トリーチャーコリンズ症候群」の男性は、「この外見の僕に対して周囲の人って話しかけづらいと思うんです。だから、自分から話しかけなくてはならない」という考えで、コミュニケーションをとるようになったところ、多くの友だちができて、人との壁も感じることがなくなったそうです。
この男性は、かつて母親に「こんな症状に産んだから悪いんじゃないか!」と言ったことがあるそうです。それに対し、母親は「私はあなたがこの状態で産まれてきて良かったと思っている。それがあなただから」と返したそうです。
男性は、「こんな顔に産んでごめんね」と謝られていたら、逆につらかっただろうと振り返っています。親が、この症状や疾患を一つの個性として認めることで、この男性のような前向きさが養われたと思いました。
――どんな人に読んでもらいたいですか
「こうすれば必ず問題が解決する」というような単純なノウハウ本ではなく、幸せになるための姿勢や心構えがわかる本になったと思っています。
恋愛に悩んでいる人、就職や仕事で悩んでいる人、他者とのコミュニケーションに悩んでいる人、いじめに悩んでいる人、人からどう思われているか気になっている人。こういった人たちが、勇気づけられると思います。
また、ある形成外科の医師が、ブログで「形成外科医はこの本を読むべきだ」と感想を書いてくれていました。色々な分野の人に読んでいただけるとうれしいです。
――当事者のお話を聞いて、水野さんの「幸せ」に変化はありましたか?
幸せだと言い切るのは難しいかもしれません。仕事がうまくいっても、生きづらさは完全には解消されませんし、自己肯定感は低いままのような気がします。
ただ、当事者の方々に話を聞いて、なぜ自分が幸せじゃないのか深く理解できました。そして、自己肯定感の低さや他人から褒められたいという思いが、自分の創作意欲につながっていることが確認できたので、今は幸せになることよりも、苦しんだとしても良い作品を書くことを選ぼうと思っています。
そしてその状態に対して自信をもつことができるようになったのも、今回の本を作ったおかげだと思います。
※「顔ニモマケズ」の著者印税は、見た目問題を支援するNPO法人「マイフェイス・マイスタイル」に全額寄付されます。
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