話題
描く苦しみ、喜びに変えてくれたパリの少女へ 漫画家の投稿が話題に
芸大時代の苦悩を描いた漫画家の投稿が話題になっています。
話題
芸大時代の苦悩を描いた漫画家の投稿が話題になっています。
【ネットの話題、ファクトチェック】
芸大に入学したものの、周りの生徒と自分を比較して自信を失った学生。再起のきっかけを与えてくれたのは、見ず知らずのパリの少女だった――。そんな実話を描いた漫画がツイッターに投稿され、話題になっています。描いたのは月刊誌で連載中の漫画家です。どんな思いで投稿したのか? 詳しく話を聞きました。
先月31日、「名前も聞けなかったパリの少女へ。またあなたに見つけてもらえたら幸せです」という文言とともにツイッター投稿された漫画。
描いたのは、月刊少年ガンガン(スクウェア・エニックス)で『Im~イム~』を連載中の森下真さんです。
高校時代に「クラスでちょい上手い奴」だった森下さんは、漫画家になりたいという夢を叶えるため芸大に進学。ところが、回りはもっと絵がうまい人ばかりで「2カ月で自信が家出」したそうです。
絵を描くことが怖くなっていたころ、漫画家のバロン吉元さんが、パリで開かれる「ジャパンエキスポ」に学生の作品を展示する機会を与えてくれました。しかも展示だけでなく、全員の作品に値札をつけて購入できる仕組みでした。
「己の血を塗り込むように絵を描きあげた」という森下さん。帰国した吉元さんが、絵を買われた学生の名前を読み上げると、森下さんの名前も呼ばれました。手渡された封筒には、日本のお金と、森下さんの絵を持った女の子の写真が入っていました。
買ってくれたのは16歳の少女。小遣いがもったいないかもしれない少女が、プロでもない海の向こうの学生の絵に、お金を出して買ってくれた。そのときの思いを「こんなことってあるのか、プロってこういう気持ちなのかと、新しい次元を知ったような衝撃でした」と漫画で振り返っています。
「あの時買ってくれてありがとう。自信をくれてありがとう」と結ばれたこの漫画。多くの共感を呼び、リツイートは2万、いいねは2万6千を超えています。
どういった経緯でツイッターに漫画を投稿したのか? 漫画家の森下真さんに話を聞きました。
――今回の漫画を描こうと思ったきっかけを教えてください
「現在、月刊少年ガンガンで『Im~イム~』という漫画を連載しているのですが、ありがたいことに先月、この漫画のフランス版の出版が決定しました。その報告を担当さんからいただいた時に、『初めての海外版が、初めて絵を買われた国に決まるなんて感慨深いなぁ』と、当時の少女のことを思い出したのがキッカケです」
――芸大時代の辛かった思い出について、もう少し詳しく教えてください
「高校までは趣味の範囲でしかなくて、ろくに漫画を描いたこともありませんでした。絵を描いても人に見せる前に満足して捨ててしまったり、特別仲のいい友達にしか見せなかったり。真剣に『プロ』を目指すための行動をとってなかったんです。でも口先だけは『漫画家になりたい』と言っていました」
「しかし、入学してみると、そこにはすでに高い意識を持って作品に取り組む子が多くいて、むしろそれが当たり前だという雰囲気に、いかに自分が口先だけだったのかを思い知りました。技術面だけじゃなく、心構えの方面でもショックが大きかったんです」
「自分も何か取り組まなきゃ!と頭で思えても、新しく入ってしまった世界になかなか心は追いつけませんでした。当時の私の様子を覚えているかと母に聞いてみましたが『毎日しんどそうな顔で帰ってきていた』と言ってました」
――ジャパンエキスポの時に描いた絵のテーマは
「『人魚姫』だったと思います。最初からフランスのイベントで展示されることを意識して、現地の人に気に入ってもらえたらいいなと、中学生の頃に買ったベルサイユ宮殿の写真を参考に、絵のイメージを作りました」
――絵が売れたと聞いたときの感想は
「先生に呼ばれた時、本当に自分の名前が呼ばれたのか信じられなくて、すぐに前に出られませんでした。間違ってたら恥ずかしいなと、隣に座っていた友人に『今のって私?』と聞き返した覚えがあります。手渡された封筒の中に入っていた写真を見て、本当に買ってもらえたんだと実感したときは、嬉しくて授業中ニヤケが止まりませんでした」
――買ってくれたのが少女だったと知ったときは
「自分より年下の女の子が、遠い国の無名の学生の絵にお金を出してくれたなんて……と、すごく自信と勇気をいただきました。もう、とにかく『ありがとう、ありがとう』と心の中でつぶやきました」
――この件以降、森下さんの中で変化は
「勇気と自信を得たこと以外に、作品を描く度に少しずつターゲットを意識するようになりました。それまで『人前に出す』ことを意識して描いたことがなかったんです。実際に少女が私の絵のどこに魅力を感じてくれたのかはわかりませんが、漫画を描くようになってからも、見えない受け取り手を想像して作品を描こうと意識するようになりました」
――今もこの時の写真は手元にありますか
「実家で大事に保管しています」
――少女に対していまメッセージを贈るとすれば、どんな言葉を
「漫画の文中にもありますが、『あの時絵を買ってくれてありがとう。自信をくれてありがとう』です。いきなり言われても、彼女からしたら『え、何のこと?!』ってなるでしょうけどね」
――ツイッターに投稿された漫画に多くの人が共感しています
「『いい話』だと言っていただけたことも嬉しいですが、創作活動をされている方から、『同じような経験がある』『自分も嬉しかった』などのリプライをいただき、同じ気持ちを共有できて、改めて当時の幸福感を思い出しました」
「また、驚いたのは、漫画の中にも登場させていただいた恩師・バロン吉元先生にもこのツイートが届いたことです。すべてのキッカケは、バロン先生が展示の機会を与えて下さったことにあります。バロン先生、本当にありがとうございました」
――これからの活動予定は
「連載中の『Im~イム~』に、より一層力を注いでいくつもりです。物語も大きく動き出してきており、これからもっと盛り上げていけるように頑張りたいです。まだまだ夢は大きく持ちたいので、いつかガンガンの『表紙』を飾りたいですね!」
――漫画家を目指す人に向けてメッセージを
「たいそうなことが言える立場ではありませんが、日頃応援してくれている人に対する一番のお返しは、作品を作り続けることだと思っています。もちろん言葉で『ありがとう』と伝えるのもいいですが、『将来活躍している姿を見せたい』と自分は思ったので、諦めることなく今まで頑張れました。妄想するだけならタダですし、実現したら最高です」
1/28枚