地元
「白ポスト」王国、長崎の特殊事情 「有害図書」回収に同行してみた
長崎市内を歩いていると、ふと目に入る「白い巨塔」。なんだ、これ? と思ってよく見ると、「有害図書類回収白ポスト」。「子どもに見せてはいけない図書類を入れてください」と、書いてある。でも、待てよ…。インターネットで「いろんな」情報を収集できる、このご時世。有害な『図書』の回収って、需要あるの? いったいポストの中にはどんな世界が広がっているのか? 調べてみました。(朝日新聞長崎総局記者・真野啓太)
まずはポストに印字された「長崎県こども未来課」に電話をかけてみた。
子育て支援などをしているこども未来課。対応してくれたのは女性の職員。長崎県内には80台あまりのポストが設置され、本やDVDなどを年間1万7000点も集めているというではないか。
「長崎県内でこっそり処分されるHな本とDVDの数 約1万7千点」
うん。興味をそそられる数字だ。
いや。そんなことはどうでもいい。勇気を振り絞って、本題をぶつける。
――あのー。ポストの中身って、見られるんですかね
女性職員「各自治体が管理しているので、長崎市に問い合わせをしてみてください」
――わ、わかりました(汗)
僕の恥じらい、返してください。
気を取り直してさっそく長崎市少年センターに問い合わせ、白ポストの中身を回収する作業に、同行させてもらうことに。少年センターは、繁華街などの見回りをし、少年・少女たちが非行に走らないようにするのが仕事という。職員の中には、公立小中学校から出向してきた先生もいる。
さて、いよいよ回収当日。
長崎市中心部の川沿いのポスト前に、朝9時に待ち合わせた。白いバンでやってきた市の職員さんは、3人とも中年配の男性。あいさつもそこそこに、さっそく尋ねた。
――てっきり夜中に、こっそりやるもんだと思ってました
職員「ああ、子どもたちが学校行っている間にやっちゃいます」
ふむふむ、そういうことでしたか。
さて、ポストさん、である。
バス停のすぐ隣にたたずんでいる。近くには市内最大のアーケード街があり、人気スポット「眼鏡橋」からも歩いて数分と、街のど真ん中にある。
一礼したあと、持参したメジャーで測ると、高さは130センチほど。小学3、4年生の平均身長と同じくらいだ。形はぶっとい鉛筆型。金属製の円柱で、頭がとんがっている。
白いバンに続いて、これまた白色のゴム手袋を装着し、職員の一人がポスト下の取り出し口の鍵をあける。
いざ、ご開帳……。
本類がぎっしりと積み重なっているのが、四角い取り出し口から見える。順に引っ張り出していくのだが、ちょっとやそっとの力じゃ、出てこない。かなりの量が詰まっているのか、恥ずかしがっているのか。
職員が両足で踏ん張り、ぐいぐいと引っ張ると、ようやく出てきた。記念すべき1冊目。白いタンクトップ姿のロングヘアの子が、肩越しにこちらを見つめている。一眼レフを構えた記者の手が、思わず止まる。優しげな瞳をした彼女の隣には、「熱烈過●絶頂●」との文字列が(伏せ字はご想像にまかせます!)。
「さすが港町・長崎。いきなり日中交流ですか?」
一瞬、中国語かと思ったが、同じ表紙には「成年向け」や「大開脚マガジン」といった日本語も。(いずれも原文ママ。大変失礼いたしました)2006年刊行の、国産雑誌だと、あとで調べて分かった。
そこからの10分はあっという間だった。慣れた手つきで、淡々とゴミ袋に放り込んでいく市の「職人」たちは、中身に一喜一憂しない。記者は、近くで見守る。雑誌類が多いようだが、詳しい内容まではなかなか見えない。
「ちょっと待って、今のやつ、もうちょっとじっくり見せて」と、のど元まで出かかったけど、あとで市役所に持ち帰って分類作業をするというので、おあずけ。
そうこうしているうちに、大きいサイズのゴミ袋2枚が、本やDVDでいっぱいになった。その数、10分で200点。
この日は神社や繁華街、住宅地など、長崎市内数カ所を回収してまわった。
ゴミ袋に詰まった雑誌やDVDが、薄暗い市役所のバックヤードに大集合した。職員さんたちは応援も加わり、「本類」や「DVD」といった媒体ごとに、仕分け作業を始めた。
「今回はゴミ、少なかね」
「誰かがひもでくくって、いれたとやろか」
職員さんたちは真面目に分析をしながら、地道に手作業で集計してゆく。立ち会っていた記者は、目に飛び込んできたタイトルを、以下のようにピックアップしてみました。(記者の趣味とは一切関係ありません。伏せ字はご想像にまかせます!)
雑誌「素っぴん」。ショートヘア、OL風スーツの女性が、ミニスカートから長い脚をのぞかせている。出版元はあの、DMMさん。
雑誌「アイドル恥●パーク」。コンピューターグラフィックスで描かれた女性2人がひざをついて大きな胸を押し付け合っている。回収物のなかにこうしたアニメ・漫画は、少なかったという印象だ。
雑誌「俺たちの五十路妻」「これぞ●熟 還暦の舞」。なまめかしい紫色のカーディガンをはおって●●を押さえていたり、山吹色の着物をまとってシンプルにほほえんでいたり。あたりを見渡すと、熟女系が多いように思われた。
文庫本「スチュワーデス物語」。表紙には、眉毛濃いめの、カーリーヘアの女性。今で言うCAさん。のちのち調べてみると、文庫本サイズのアダルト写真集「マドンナメイト」シリーズの一つ。出版は1991年で、アマゾンでは高評価だった。
「親友のお母さん」と裏面に書かれたDVDパッケージ。詳しくはよくわかりませんが、「子どもに見せてはいけない」のでしょう。人道的にも、我が子の友人関係のためにも。
(以上、不快に思われた方。大変失礼いたしました。)
雑誌だけでなくDVDもそれなりの数があった。パッケージに入れたままのものはもちろん、雑誌とセットになっているような、ディスクむきだしのものも多数。束にまとめられ、バウムクーヘンのようになっているディスクもあった。
そのほか少数ながら、文庫本やビデオテープもあった。アダルト系だけでなく、残酷な描写がある漫画本も。中には明らかに回収の対象ではない、タバコやお菓子のくず、丸めたティッシュ、スポーツ新聞なども見られた。「ん、新聞?もしや……」と思って見渡したが、朝日新聞は見当たらなかった。
昨春には中華街近くの白ポストで、お好み焼きの食べかすが捨てられているのが見つかった。現場は外国人観光客が多い地域。英、中、韓の3カ国語で「ゴミを捨てないで」と呼びかけるカードを設置してからは、きれいに使われているのだという。
さて記者が同行した日には、大サイズのゴミ袋10枚ほど、およそ900点を回収した。モノはその日のうちに市のゴミ処理場に運ばれ、焼却処分された。職員・記者含め、回収物をこっそり持ち帰るような人はもちろんいなかった。
「廃業した販売業者が置いていったり、ゴミ捨て場から運ばれてきたりと、ポストにいたる経路はいろいろあるようです。保管場所に困ったら、普通のゴミに出すのではなく、白いポストに入れてください」(職員)
それにしてもこんなポスト、記者の地元・神戸市じゃ見たことない。まわりの先輩の話を聞いていると、どうも全国にあるようだ。ルーツはどこにあるのだろう。
長崎県によると、長崎に始めて白ポストが設置されたのは1964年。教育委員会が長崎と佐世保の両市に5台ずつを設置したらしい。
背景にあったのは1950~60年台の少年非行。その原因として、過激な性や暴力が描写された本や雑誌が挙げられた。各地の自治体は青少年健全育成条例を定めて、そうした本や雑誌を「有害図書」に指定し、販売のしかたを制限した。
白ポストはそうした「有害図書」を家庭内に持ち込ませないようにと、兵庫県尼崎市で1963年、ドラム缶を白く塗って置いたのが始まりらしい。長崎県の設置はその翌年で、全国でも先進的な取り組みだったようだ。
その後、長崎県内での設置数は増え続け、現在では21市町84カ所になった。老朽化したポストは県内の工業高校に運ばれて、実習として修繕されているらしい。高校生たちはどんな気持ちでメンテナンスをしているのだろうか……。
長崎県内での回収数は、増加傾向が続いている。
・1970年台前半→200~300点ほど
・1990年ごろ→1500点前後
・2000年台→1万点をこえる
・2010年台→1万6千~1万7千点ほど
2015年の回収物1万7090点のうち、本類は約8500点、DVDは約6300点だった。
設置から半世紀あまり。インターネットが普及し、出版不況が叫ばれてはいるが、白いポストはまだまだ現役のようだ。青少年の問題に四半世紀あまり取り組んでいる長崎県青少年育成県民会議の宮本幸成さんに理由を尋ねた。
――このネット時代に図書の回収が増加しているって、なぜなのでしょう
宮本さん「本もDVDもネットやコンビニで手軽に手に入る時代です。広く流通していることの表れと考えられます」
これまで恥ずかしくて買えなかったような人たちも、買えるようになったけど、処分に困る人もそれだけ増えた、ということか。
宮本さんによると、長崎県内では今も「有害図書」が積極的に指定され、県内の市町では書店の巡回も行われている。かつてはH本を売る自動販売機の撤去を求める住民運動もあったらしい。
「ネットや有害図書には、性についての誤った知識や情報もあふれている。そうした情報に、子どもたちを触れさせないようにする、という取り組みのシンボルの意味合いが、白ポストにはあると思います」(宮本さん)
それにしてもこんなに熱心なのは、長崎だけなの?
周辺の各県や市町に問い合わせたところ、いまだに白ポストが設置されている自治体が多いことがわかった。それでも長崎の84カ所は、だいぶ多いようだ。
各県の設置状況は、以下の通りになった。
・長崎県→84カ所(長崎市など21市町)
・福岡県→48カ所(久留米や大川など5市2町)
・熊本県→12カ所(玉名と荒尾の両市)
・宮崎県→5カ所(日向市)
・鹿児島県→5カ所(出水市)
※佐賀、大分、沖縄の各県は、設置状況を把握していなかった。
誕生から半世紀。長崎のポストが今も「お元気」なのは、なぜなのだろう。
繁華街の不動産会の男性社長は、長崎では店舗型の性風俗店が条例で禁止されていることを、挙げた。「風俗店の取り締まりが厳しいことと関係あるんじゃないかな」。
地元TV局の町歩き番組に多数出演する料亭の男性オーナーは「観光地なので町をきれいにしようという意識が高いんじゃないかな」。
職場の先輩はポストの話を聞き「そういえば長崎は、コンドームを売っちゃいけないって条例あったよね」と言った。たしかに、2011年まで長崎県では、コンドームなどの避妊具を18歳未満に売ることが、条例で規制されていた。独特な「性」への考え方が、長崎にはあるのだろうか。
あらためてポストの中身を振り返ってみる。熟女系や少し古めのH本が多かった。
そうしたH本を、家族にばれないようにキャッチ・アンド・リリースする男たちの思惑と、「子どもの目につく場所には捨てないで」と呼びかける自治体の半世紀にわたる熱意との、微妙なバランスの上に、長崎のポスト事情はあるのかな、と感じた。
とはいえ、「これだ!」という答えにはたどりつけなかったことは、納得できない。どうしても知りたい……。そんな「欲求不満」を解消するため、新たな計画を上司に提案した。
「白ポストを自宅前に設置して、個人的に回収してみました、って記事、どうですかね?」
長崎の性事情を探る旅は、続きそうです。
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