お金と仕事
ある日、故郷が国家主席「注目の町」に…急発展、これが中国の未来?
絶大な権力を持つ中国の国家主席。そんな国家主席が、自分の故郷の街づくりに乗り出してきたら……。私が生まれた人口38万人の嘉善県には、2008年から習近平氏による「直接指示」が出されています。地方都市にもかかわらず、国家レベルの街づくりが実行され、帰省するたびに街の風景が激変しています。一体、習氏は何に注目しているのでしょう? 調べてみると、中国がめざす未来像の一端が見えてきました。
嘉善県は浙江省・嘉興市にある地方都市です。中国では、「県」は「市」よりも小さく、日本の「町」レベルです。もともと農業が盛んで「浙江省の米袋子・上海市の菜篮子」(浙江省の米どころ、上海市の野菜畑)とも呼ばれています。戸籍上の人口は38万人います。
嘉善県で生まれた私は、18歳まで故郷で過ごし、大学は北京へ。その後、日本に留学しそのまま就職。今は、年に1~2回、帰省しています。
嘉善県は、上海市に近く、100キロ以内に蘇州市、杭州市、寧波市などの大都市があります。ただ、川などが多いため、大都市との交通網の整備が課題でした。
習氏が国家副主席だった2008年、中国のトップ指導者(政治局常務委員)9人が中国全土の県レベルの地域を、「一人一つ」重点的に指導する「連絡点」という制度ができました。トップ指導者が、地方都市の状況を把握することが目的でした。
習氏の「連絡点」として選ばれたのが嘉善県でした。県の関係者によると、「上海に近隣する地理的な優位性、経済発展の勢いがよく、発展の潜在力が高い」ことが理由の一つでした。
中国の不動産ブームと時期が重なったこともあり、その頃から実家に帰ると、町が大きく変わっていきました。広い道路が新しくでき、高いマンションがどんどん建設されるようになりました。
習氏は2008年10月、嘉善県に直接に訪れ、経済発展の状況や、高齢者施設などを視察しました。習氏がまず力を入れたのが交通網の整備でした。
上海―杭州の高速鉄道が建設された際、嘉善県にも駅が設置されたのです。通常、高速鉄道の駅は人口100万人規模の都市にできることを考えると、異例とも言える措置でした。
現在は嘉善から上海まで最速で16分、杭州までは最速で20分で着くことができます。高速道路も整備され、急激に経済が発展しました。
中国では指導者層の政策を、よく「四文字熟語」で表現します。
習氏が掲げるのが「緑水青山=金山銀山」です。「緑水青山」は環境保護の重視を意味し、「金山銀山」は経済発展と豊かさを示しています。二つの四文字熟語で、環境こそが財産であることを強調しました。
また、産業の発展を重視する「騰篭換鳥」と「鳳凰涅槃」という「二羽の鳥論」打ち出しています。
「騰篭換鳥」は、労働集約型産業という古い鳥を追い出し、鳥籠を空けてハイテク産業という新しい鳥を迎え入れることを指します。「鳳凰涅槃」は企業の生まれ変わりという意味です。
2015年に帰省した時には、排気ガスなどの影響が心配されていた木材加工の工場が整理され、一部の汚染工場が閉鎖されました。そして安全性と効率性をうたうロボットが導入されました。
さらに、女性の労働者がミシンの前に座り続ける昔ながらの労働集約型の服装加工工場が、どんどんバイオケミカルやITの企業に変わっていきました。
これは、まさに、「二羽の鳥論」の現れだと感じました。
習氏は嘉善に計14回「直接指示」を出しています。14回という回数は、県レベルでは異例の多さです。2013年から嘉善は国家レベルの重要な地区である「示範点」へ格上げされ、習氏の「科学発展」のモデルになりました。
嘉善県は、もともと歴史の街として知られていました。
県内の西塘鎮というエリアには明と清の時代の建築物が残っており、当時の建物で生活している人も少なくありません。そのため「生きている千年古鎮」と言われることもあり、世界遺産暫定リストにも載っています。
歴史的な街並みはたびたび映画にも登場しています。2005年には、映画『ミッション:インポッシブル3』のロケ地にもなりました。
トム・クルーズが故郷に来ると知った時、同級生とは「まさかハリウッドスターがこんな小さい町に来るなんて」と盛り上がりました。2005年は、まだ「直接指示」が出される前ですが、上海や蘇州との交通網は整備されはじめていました。
撮影期間中は、映画のファンが「トム様」を一目見るために殺到し、ロケ地のレストランのオーナーもトム・クルーズの拡大した写真を店頭に置いて、自慢していました。
上海や周囲都市の交通網が整備された2015年には、近隣大都市の住民をターゲットにした「チョコレート・スイート小町」(巧克力甜蜜小鎮)というテーマパークもできています。
街の発展のともない、人材の需要も高まっています。
現在、建設中のハイテク工場団地「中国帰谷智造小町」は、海外にいる中国人の「帰り」を呼び込む狙いから「帰谷」の文字が使われています。また、「帰谷」という文字は中国語の「シリコンバレー(硅谷)」の発音と同じで、高度な技術と優秀な人材が集まることを目指しています。
今年、帰郷した時には、さらに驚くことがありました。なんと、帰郷した人向けに嘉善県政府がマンションをプレゼントするというのです。
学歴や技術などの基準を満たした人が、嘉善県で働く長期契約を結んだ場合には、100平方メートル程度の部屋が無料で与えられます(残念ながら私は条件に合いませんでした…)。
不動産価格が高騰している中国でマンションのプレゼントは相当なインパクトがあります。私の知り合いの中でも、これを機に、移住を考える人が出ています。
環境を重視しハイテク産業を誘致する。中国の、どこにでもある地方都市、嘉善県の発展からは、中国の指導者が目指す国の将来像が見えてきます。
今度、帰省する旧正月(2017年2月)の頃には、オランダのハイテク企業と連携した工業団地の第一期工事が完成する予定です。
1/19枚