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秘境に残る奇祭、神さまに指名された男 「普段はIT社長ですが…」
1年に一晩だけ神になる男がいる。山里で続く奇祭で、闇夜を疾走する姿を確かめようと、この夏、会いにいってみた。祭りの熱に包まれながら、見物客が引き揚げ始めた午前2時ごろ。白装束の男性は、汗びっしょりで立っていた。どんなあいさつがふさわしいのか迷いつつ「お疲れさまです」と声をかけた。にっこり笑顔を返してくれた神の名は、白川晃太郎さん(43)。「普段は何をしているんですか?」。「ネット企業を経営しています」。えっ、ネット企業の社長が神様って……。
その祭りは岡山県の山間部、美咲町に700年以上続く「二上山護法祭(ふたかみさんごほうさい)」というもの。
五穀豊穣を祈ったり、厄払いをしたりする地元密着の祭りだが、県外や海外から見物客が訪れる。
なにしろ「神の行く手を邪魔して、神に捕まると、その人は3年以内に死ぬ」という言い伝えがあるのだ。
真偽を確かめようと毎年、血気盛んな若者がやってきて、神とさながら鬼ごっこ状態になる。
岡山で勤務していた2014年に取材した時も、怖い物見たさだった。
黒装束に真っ白な紙でできた帽子をかぶって走る奇妙な神の姿と見物客の熱狂ぶりに、心をつかまれた。
その時の「神」は紙屋照夫さん(81)で、30年あまり立派に努めたあげた末の、ラストランだった。年齢には勝てなかった。
地域の高齢化は、祭りを担う後継者難と重なり、保存会の人々は悩んでいた。
祭りの保存会長の左居喜次さん(60)によると、神になる条件は、
・まずは、品行方正。
・祭りの前に7日間、寺にこもって、身を清めたり、お祈りしたりする「修行」に耐えられること。
・神がつきやすい体質であること…。
最後の体質は、確かめるのが難しそうだが、紙屋さんは幽霊のようなモノを見た経験があるという。
見込まれたのが白川さんだった。
年齢も若く、町出身の友人と25歳から祭りに通うようになり、「皆勤賞」だったことが評価された。
とはいえ、白川さんは隣町の出身で、高校卒業後は、大阪暮らしをしている。
最初の頃は仕事を理由に断った。「神様が乗り移るわけがない。自分に霊感のようなものはない」
それでも、お誘いは続いた。「寺の本堂も新しくなるし、やってくれないか」。昨年、父親を通じて打診があり、母親から「やってみたら」と言われ、外堀は完全に埋められた。
ついに、「誰でもできることじゃないし、やってみようか」と決意した。
2回目の神となった今回も、境内で300人ほどの見物客が神を待ちわびていた。
明かりは境内で燃える二つのたいまつのみ。
ホラ貝や太鼓が響き渡る本堂から、黒装束に白い紙でできた帽子をかぶった白川さん、じゃなかった、神が飛び出すと、歓声が上がる。
神は20段ほどある石段を駆け上がる。たいまつの火を軽々と飛び越える。急に向きを変えると、驚いた見物客は声を上げ、体をのけぞらせ、必死の形相で逃げ回る。
そのとき「かみさまー」と調子に乗っていた若者の一団の一人と神が衝突。周りの空気が凍り付く。
ぶつかった若者は「死んじゃうかも」と、疲れた様子で石段に座り込み、しばらく動かなかった。
神の姿を収めようと、先回りしてカメラを構えるが、フラッシュは神を怒らせるので禁止。
とにかく夢中でシャッターを切っていると、神が急に向きを変え、こちらに迫ってきた。
「死にたくない」
あまりの恐怖に反射的に身を翻して、避けた。
白川さん自身、神の間の記憶はあるものの、「体が自分ではない何かの力ですーっと動く」のだという。
「不思議と息切れもしないし、気分が良いんです」
普段はネット社会で生きている。なぜ、この奇祭に参加するのだろうか。
「修行の際、外部から情報を断つことで人間本来の五感が研ぎ澄まされていくように感じるんです。失っていたものを取り戻すというのかな」
「最初は神様がついたフリをする打ち合わせとか、あるのかなーと思っていたんです」とぶっちゃけられた。
「だけど、そういうのが一切なくて。これは真剣にお祈りするしかないなって思いました。そしたら、本当に……。私が一番驚いていますよ」
白川さんは今後も神を続けるつもりだという。
「まだ無心になれていないからか、なかなか神様がついてくれない。毎日毎日、仕事や生活を頑張り切れていないから、雑念があるんだと思います。これからの1年、日々を精いっぱい生きていきます」
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