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1円玉3千枚を浮かべて日本描く 現代アート〝POOL JAPAN〟作者に聞く
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ツイッターで話題になっている現代アート「POOL JAPAN」を知っていますか? 1円玉を水の上に表面張力で浮かべて、日本地図を作るパフォーマンス作品です。使った1円玉は約3000枚で、古事記に登場する「国生み」の場面がモチーフになっています。制作した美術家の長谷川維雄(ふさお)さん(27)に話を聞きました。
6月9日に長谷川さんが投稿した「POOL JAPAN」の画像と、制作過程の動画。「COOL JAPAN」をイメージさせるネーミングだけでなく、ちょっとしたミスで全てが台無しになってしまう繊細な作品に、多くの反響が寄せられています。
この作品のモチーフは、古事記に登場する「国生み」です。
イザナギ・イザナミが、「天の沼矛(ぬぼこ)」で海中をかき回すと、矛の先からしたたり落ちたものから島ができ、島に降りたって次々と島々を生み出し、大八島国(日本)をつくり出したという物語です。
国生みにならい、矛を使って1円玉を浮かべ、淡路島から制作。空調を止めて、隣のビル工事に邪魔されながらも、2週間かけて完成させたそうです。
制作した長谷川さんは、武蔵野美術大学と東京芸術大学大学院で油絵を専攻。卒業後は美術家として活動しています。
油絵だけでなく、地蔵型のパイロンを量産して各地の街に設置したり、東京スカイツリー(高さ634m)に扮した衣装で台東・墨田区を巡りながら、6分34秒間の逆立ちを繰り返すパフォーマンスをしたり、ピーマン内の空気を水上置換法で瓶詰めにして「エクストラ・ヴァージン・ピーマンエア」として販売したりと、幅広く活動をしています。
そんな長谷川さんに「POOL JAPAN」について話を聞きました。
――発想のきっかけは
「1円玉は水に浮くことができる世界で唯一の硬貨だそうです。水面に平行にそっと置くことで、表面張力で浮かぶことができます。その繊細さが美しいと思いました。春の池に浮かんでる桜の花びらみたいにも見えます。最近はそういうフラジャイルな素材や現象に興味があります」
「モチーフは、古事記のイザナギとイザナミが矛で海をかき混ぜると、矛から滴ったものが積もって最初の島ができたというエピソードです。銀色の1円玉は、ちょうど塩の雫(しずく)みたいできれいだと思いました。古事記は適度にしっちゃかめっちゃかなストーリーで、あまり意味性が強すぎずにビジュアルの映える場面が多いのが好きです」
――話題になっている写真や動画は、いつ撮影されたのでしょうか
「2014年の10月ごろ、恵比寿のアートスペースOVER THE BORDERで開催した個展前期のメインとなったパフォーマンス作品です。制作したのはこの1回のみで、その様子をツイッターに投稿しました」
「このときは、ぶっつけ本番でした。普通、ギャラリーは水が御法度です。室内で水がOKで、3mプールが入るスペースを長期間保存できるところがまずないですし、成功するかも怪しいプランを通してくれる運営者さんも少ないので、とにかく場所と人に恵まれました」
――完成するまでにかかった時間は
「2週間強です。毎日やれたわけではないので、具体的な総時間はわかりません。空調をつけていると意外と大きな影響がでるので止めていました」
――制作する上で大変だった点は
「夜の間に、1円玉の塊全体が少しずつ回転してしまう、という現象に困らされました。おそらくビニールプールの空気抜けと、『コリオリの力』が合わさった結果じゃないかと思うのですが。これは針金のポールを数本立てることで、引っ掛かりができて解決しました。それと、表面張力の上に乗っている1円玉は、ピンと張った布に複数のビー玉をのせたときと同じように、互いにくっつこうとする性質があります。ですから、海峡のような隙間を作るのはとても難しいのですが、これは2枚の1円玉の間に透明のプラ板を渡したものを作って海峡に浮かべたら、うまくいきました」
――制作の方法についても教えて下さい
「古事記にならって淡路島あたりからスタートしました。制作方法は、矛の先に曲がったフォークがついた道具で、1円玉をひとつずつ浮かべていきます。流れたりして形がゆがんだところは、長いキセルのような形の道具で息を吹きかけて調整します」
――ここに注目、という点があれば教えて下さい
「僕の作品は時々、シニカルとかアイロニカルとか言われることがありますが、僕は皮肉では良い作品は作れないと思っています。たしかに、『貨幣でできた、わずかな衝撃で沈みかねない日本』というアイデア自体は、皮肉っぽくみえるかもしれません。しかし、これは当時の僕が正直に感じたイメージなので仕方ない。今の時代、こんな視点は日本に限ったものではなく、多くの国でありふれたものと思います。皮肉っぽいイマジネーションは、誰にでもふっと浮かぶものです。重要なのは、それを隠すのではなく、どうしたら皮肉以上に昇華させられるかということ。そこでキーワードになるのが表現方法です。具体的には『作者の意志』と『他者としての、物質や自然現象』の関係です」
「日本語の『皮肉』には二つ主な用法があります。ひとつは、風刺とかあてこすりの意味。もうひとつは、意志や期待とは違う結果に終わること・思い通りにいかないことの意味。ここでは仮に、前者は人の精神内のズレ、後者は人の精神と現実とのズレ、と考えます。例えば『表面張力で浮かぶ貨幣の日本』というアイデアを、ただイラスト作品で表現したら、あてこすりの皮肉の性質が強くなってしまいます。なぜなら、イラストで使われるペンなどの素材は、作者に対する他者というよりは、作者の意志を忠実になぞるよう最適化された道具であり、この点でイラストは精神的な活動だからです」
「一方、パフォーマンスでは作者の意志と素材、物質や現象は一致していません。そこで『あてこすりの皮肉』の領域にあったアイデアを精神の外に出して、表面張力のような自然現象に象徴させることで、人の意志と現実とのズレの問題に置き変えます。作者はそのズレを一致させるために、ひたすら努力する。皮肉や批評的要素は自然現象の方にすべて預けて、作者の方には、完成を目指す集中力とか忍耐力とか、シンプルな肯定の意志しか残らないようにするのです。それに『これは本当に会期中に完成できるだろうか? せっかくもらった個展の機会でスベったらどうしよう』という個人的で卑近な危機感は、作者にとっては非常にリアルな恐怖です。これで失敗したらまさしく皮肉な結果なのですが、僕はちゃんと課題に勝利できたので、二つの意味で皮肉をこえられたと思います」
――これからの活動予定は
「僕は必ずジャパンを代表する現代美術家になりますので、名前だけでも覚えておいてください。忘れてもいいです。また良い作品を作って思い出してもらいます。『POOL JAPAN』は、今回は西日本の方とかが不満が残る形になってしまったけれど、技術的に色々学んだことがたくさんあるので、どこかで、もっと大規模に挑戦したい。10mプールに1万5千枚くらい使って、佐渡島くらいまで作りたい。企画案だけしかなかったときと違って、今度は成功例のイメージ写真があるから、しつこく言ってたら、いつか誰かが場所を提供してくれると期待しています」
「2016年の目標は、『地蔵コーン』を広めて日本の都市風景にジワジワと紛れ込ませること。最近始まった金太郎飴技法を利用した絵画作品シリーズのボリュームを増やすこと。仕事でやってる工作教室の子どもたち全員に、固結びと蝶結びを教えること。あと、同じく2014年の個展から続けている『Embalming a summer』というプロジェクト作品を、規模を大きくしてやろうと思います。こちらは、夏の終わり、本物のセミがいなくなり始めるころ、複数人で携帯端末からセミの声を流しながら他人に悟られないように街に紛れ込み、架空のせみしぐれを発生させて、すれちがう誰かの夏の終わりを密かに延長するプロジェクトです。協力者を募集しています」
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