IT・科学
花粉症薬の副作用で「悪夢」って本当? 夢日記をつけて調べてみた
花粉症薬の副作用にある「悪夢」。その定義や境界線は? 薬の手放せない記者が、夢日記をつけながら製薬会社や医師に取材しました。
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花粉症薬の副作用にある「悪夢」。その定義や境界線は? 薬の手放せない記者が、夢日記をつけながら製薬会社や医師に取材しました。
もはや「国民病」とも言われる花粉症。「薬なしでは外に出られない」という人も少なくありません。ところが、そんな花粉症薬で、「悪夢」の副作用が出る可能性があることをご存じでしょうか。花粉症薬の手放せない記者が、夢日記をつけながら調べてみました。
ぶあっ! 3月10日の朝、何者かに追いかけられ、服にガソリンをかけられる悪夢で目を覚ましました。火をつけられそうになり、あわててガソリンのついた靴下やズボンを脱ごうとするのですが、焦るばかりでなかなか思い通りになりません。背中は寝汗でじっとり。最悪の目覚めです。
どちらかというと寝覚めは良い方で、ふだん悪夢で目を覚ますことはあまりありません。なんでこんな夢を見てしまったのかと考えるうち、数カ月前に見たネットのまとめ記事を思い出しました。花粉症薬の副作用として「悪夢」が出ることがある、という内容です。「もしかして」「いや、まさか…」。二つの考えが頭をよぎります。
私が花粉症を発症したのは3年ほど前。2年前からは花粉症薬を服用しています。色々と試した末、現在メーンでとっているのは「医療用と同量」の有効成分が含まれているのが売りで、効き目は抜群。飲み始めると、のどの痛みや目のかゆみ、鼻水などの症状がすっかり治まりました。憂鬱な花粉症シーズンも、この薬さえあればマスクなしで外を出歩くことができ、非常に重宝しています。
ネット記事の真偽が気になって薬の注意書きを確かめると、「服用後、次の症状があらわれた場合は副作用の可能性があるので、直ちに服用を中止し、この説明書を持って医師、薬剤師、又は登録販売者に相談してください」とありました。症状の欄には、発疹や吐き気、めまい、頭痛などと並んで、確かに「悪夢」と記載されています。
このまま薬を飲み続けたら、また悪夢を見るハメになるのでしょうか。半信半疑ながら、その日から夢日記をつけ始めました。記録期間は15日。飲み会があった1日を除き、薬は毎日服用しました(服用前後の飲酒は禁止されています)。
前日に薬を摂取した14日間中、まったく夢の記憶がなかったのが3日。何かしら記憶が残っていた11日のうち7日は、「悪夢」ないし「嫌な夢」と思えるものでした。「iPhoneを落として、画面が割れる」といった軽微なものから、人を殺してしまったり、世界が滅亡しかかったりといった悪夢度の高いものまで内容は様々。眠りが浅く、夜中に何度も目を覚まして複数回の夢を見る日もありました。
ここで強調しておきたいのは、悪夢の原因は必ずしも花粉症薬に限らないということです。昼夜逆転の勤務シフトによる睡眠不足に起因するものかもしれませんし(現在の職場は3交代制で頻繁に夜勤があります)、仕事のストレスが理由かもしれません。これらすべてが絡まり合った複合的な要因ということも考えられます。実は悪夢を見やすい体質だったものの、幸運にも気づいていなかっただけ、という可能性もあり得るでしょう。
しかし、理由はどうあれ、薬の注意書きに「悪夢の症状が出たら服用を中止せよ」と書かれている以上、自分の見た夢が「本当に悪夢と呼んでいいものなのか」「薬の服用を止めなければならないほどに深刻なものなのかどうか」を見極めなければなりません。そこで、販売元の製薬会社の広報に電話で問い合わせてみました。
――「悪夢」の定義を教えてください。
「悪夢に関しての基準は特にありません。お客様個人の判断ということになります」
――悪夢の副作用はどれぐらいの比率で発症するのですか。
「臨床データは公表していません。ただ、発症する例は非常に少ないです」
――薬によって悪夢を見るメカニズムについて教えてください。
「何の成分が作用しているのか、因果関係は解明されておらず、わかりません」
うーむ……。これだけではどうにも判断がつきません。大事をとって服用をやめる選択肢もあるのかもしれませんが、薬の劇的な効果を考えると、できれば飲み続けたいという思いもあります。こうなったら、睡眠の専門家に話を聞くしかありません。取材に答えてくれたのは、精神科医で国立精神・神経医療研究センター部長の三島和夫さんです。
――そもそも、「悪夢」とは何を指すのでしょうか。
「疾患としての悪夢の研究は歴史が浅く、よくわかっていないことが多いです。定義もハッキリしません。睡眠学的に言えば『構造化されたストーリーのある夢体験で、怒りや悲しみなど負の情動を伴うもの』『恐怖感で目が覚めるなど中途覚醒を伴うもの』は悪夢と呼べるでしょう」
「悪夢を評価するうえで難しいのが、当人にとってどれぐらい苦しいものであるのか定量化できないことです。調査票を使うのか、インタビューをするのかでも出現率が簡単に変わってしまう。穏やかな夢や良い夢に比べ悪夢の方が記憶に残りやすいため、訴える頻度が高くなるというバイアス(偏り)もあります」
――人によって、悪夢の見やすさに違いはありますか。
「一般に子どもは悪夢を見やすいとされています。比率としては10~50%ほどです。大人になると減っていきますが、人口の2~8%は比較的頻繁に悪夢を見ると言われています。また、悪夢をみやすい人には、抑うつ傾向が強い人や、対人関係が苦手な人が多いです」
「それから、PTSDのように大きな外傷体験をした方ですね。ベトナムの帰還兵や事故・災害の体験者は、何日も同じような悪夢を見ることがあります。睡眠には脳波の活動が低下するノンレム睡眠と、脳波の活動が比較的高いレム睡眠があり、私たちが夢を見ているのはほとんどがレム睡眠の時です。しかし、PTSDによる悪夢は、ノンレム睡眠時にも出てきます」
――悪夢を見始めるきっかけは。
「日常のストレスが原因で悪夢の頻度が増えることがあります。抑うつ度が高まり、悪夢を見る。また、悪夢を見ることで抑うつ度が高まり、生活の質が低下していく。中途覚醒が度重なったり、日中の生活に支障をきたしたりする場合には、『悪夢障害』と診断されます」
「悪夢は自殺リスクとも関係があると言われています。自殺を企図したことがある人には、不眠や悪夢を経験している人が多い。メンタルヘルスの悪化が、悪夢という形で表れるのです。うつは症状を自覚するのが難しく、自分で気づける人は1割にも満たない。繰り返す悪夢を、うつや自殺衝動の前兆としてとらえることも可能です」
――花粉症薬のように、薬が原因で悪夢を見ることもあるのですか。
「薬が引き金となることはあります。降圧剤やパーキンソン病の治療薬など、神経伝達物質や睡眠調節にかかわる物質に作用する薬には、悪夢の副作用が伴うことがあるのです。花粉症薬のような抗ヒスタミン薬でも、まれにそうした副作用が出ることはありますが、臨床ではあまり聞きませんね」
「花粉症薬が原因として疑われるなら、いったん服用を中止してみることです。薬剤による悪夢の場合、やめて2、3日経つと自然に消退します」
――(夢日記を見せながら)誰かに追いかけられたり、人を殺してしまったり、といった夢は悪夢と考えていいですか。
「追いかけられる、襲われる、また逆に襲ってしまうというのは、よくある悪夢です。犬にほえられる、刃物を持った強盗に襲われるとか」
――「iPhoneが割れた」というのは悪夢に含まれるのでしょうか。
「それは悪夢というほどではなく、単に『不愉快な夢』でしょうね。抑うつ感や眠気が出るなど、日中の生活に大きな問題がないのであれば、しばらく経過を見ても良いのではないでしょうか」
――花粉症薬の注意書きには、悪夢を見たら医師に相談するように書かれているのですが、具体的に病院の何科を受診すれば良いのでしょうか。
「耳鼻科や内科ではお手上げでしょう。心療内科や精神科の専門医、もしくは日本睡眠学会の認定医に相談するのが良いと思います」
インタビューは以上です。私の場合「経過観察で良いのでは」とは言われたものの、その後もしばらく悪夢が続いたため、試しに別の花粉症薬に切り替えてみました(従来の薬と同様に「悪夢」の副作用があるものです)。
「ここのところ悪夢が続く」「最近どうも寝覚めが悪い」という方は、専門医と相談のうえ、ライフスタイルや薬との付き合い方を見直してみるのも一考かもしれません。
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