連載
#15 未来空想新聞
「空想する力」はAIでも超えられない アトムが描いた人間の普遍性
ヴィジュアリスト・手塚眞さんに聞く未来
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感情を持つ少年の姿をしたロボットが、空を自在に飛び、10万馬力で地球を守る――。1952年から連載が始まったマンガ「鉄腕アトム」で、手塚治虫さんは21世紀の世界を描きました。その時代を迎え実現した技術も多く、まるで未来を予測していたかのよう。手塚治虫さんはこの作品にどんなメッセージを込めたのでしょうか。手塚治虫さんの息子で、ヴィジュアリストとして映画製作も手掛ける手塚眞さんが語ります。
「『鉄腕アトムで手塚治虫は未来を予測した』と語られますが、それは正確ではありません。予測したのではなく、父はたくさんのことを想像し、空想をめぐらせたのです」
手塚眞さんは父、手塚治虫さんの作品についてこう語り、さらに続けます。
「人間は想像したものを実現しようとします。幼いころに『鉄腕アトム』で父が描いた空想の世界に触れ、『こんなものがあったらいいな』と想像し、科学の道を志した人もいる。そんな人が増え画期的な技術が生まれたことで、父の空想は結果として『予測』になった。そうした意味では、科学や未来を子ども向けのマンガとアニメで描いたことは、とても革新的だったと思います」
さらに「未来を描きながら、いつの時代も変わらない人間の普遍性を描いている」と手塚さん。科学やテクノロジーとの向き合い方もその一つ。「科学技術の進化は脅威ではない。常に間違えるのは人間の方。間違った使い方は自分たちを不幸にする、と訴えています」。また、「人は誰しも幸せになりたいと望むけれど、誰かを犠牲にしてまで幸せを求めるのは人間のエゴだ」という警鐘も。手塚治虫さんは、中学生のときにそのことに気づいたといいます。
「昆虫好きだった父は、家の裏山の虫の生態を毎年観察していましたが、あるとき虫の数が激減していることに気づきます。林や山が住宅地として開発されたことが理由でした。人間が豊かに暮らすために昆虫が追いやられ存続の危機に瀕している。それはおかしい――。少年時代に抱いた疑問が、その後、多くの作品のテーマとして表現され続けていくのです」
アトム作品には、ロボットが自分たちの権利を主張するというユニークなエピソードがあります。「人間が作ったロボットが人間に対して権利を主張するなんておかしいと思われるかもしれません。でも、ロボットや昆虫を社会的弱者に置き換えてみたら…。格差や差別など普遍的な問題を考えるきっかけを提示しているのだと思います」
相手の立場で物事を考える、それも想像力が必要。手塚さんは「未来を担う子どもたちは、想像する、空想することがとても大事」と話します。ところが、今はスマホなど便利な技術が身近にあります。「便利だけど、頼りすぎるとどんどん想像しなくなってしまう。想像力が衰えることは、結果的には科学や文化の進歩を止める流れにつながる。そう危惧します」
実は「鉄腕アトム」をはじめとする手塚作品には、進化した無線機などは出てくるものの、スマホのような携帯情報端末は描かれていないそうです。「想像できなかったのではなく、もしかしたら父は必要ないと思ったのかもしれませんね」と手塚さんは笑います。「機械やテクノロジーはあくまでも人を『助ける』ものであって『支える』ものではないと思います。テクノロジーが中心にあった上で人間がいるならば主客が逆転してしまう。アトムも人間を助ける存在であり、『鉄腕アトム』が描いているのは人間の物語なのです」
そう話す手塚さん、2039年にはどんなテクノロジーがあるといいと思いますか? と問うと、「もう一人の自分」。その心は?
「人は誰しも意識せずに自分の中のもう一人の自分と『対話』をしています。そのもう一人の自分を、AIの技術を使って出現させるのです。時には自分の代わりにコミュニケーションを助けてくれることもあれば、話し相手になって悩み事も聞いてくれる」。「もう一人の自分」は、自分の考えを深めるのを助けてくれる存在です。「無駄遣いをしすぎないよう、止めてくれることもあるかも」と手塚さんは笑顔で話します。
「『もう一人の自分』といっても、自分そっくりのロボットという意味ではありません」と言う手塚さん。そしてこう呼びかけます。「さて、どんな形になるのか。想像してみては?」
もちろんAIが超えられない壁もあります。それこそが「想像する力」。「自由自在な想像は人間だからこそできる」と手塚さん。そのために大事なのは「日頃から、体を使って行動し、出会った様々なものごとに想像をめぐらすこと」と話します。
その想像力が新たなテクノロジーを生むことにつながるかもしれません。手塚治虫さんが「鉄腕アトム」で描いた未来が、空想から現実になったように。