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「沐浴って何?」出産に臨む外国人母たちの不安 支える通訳付き講座

もしも異国の地で、初めて出産・子育てをすることになったら、どうなると思いますか? 日本に暮らしている〝となりの外国人〟にも、まさに今、慣れない環境で命をかけた大仕事に臨もうとしている人たちがいます。話を聞いてきました。
「『お風呂入るよー』って話しかけながらゆっくり入れてあげてくださいね」
助産師が赤ちゃんの人形を使って沐浴を実演するのを、外国人の〝ママパパ〟が真剣にスマホで撮影しています。
5月中旬、東京都豊島区内の子育て支援施設の一角に、外国出身の夫婦など26人が集まりました。この日のテーマは「外国人ママのための赤ちゃんの沐浴とお世話のしかた」です。
参加者のほぼ全員が夫婦で参加しており、特に抱っこのしかたや、沐浴のさせ方では父親となるパートナーが身を乗り出すように見ています。
日本では生後1カ月まで、大人とは別のベビーバスで赤ちゃんを沐浴させるのが通常ですが、「赤ちゃんを沐浴させる」という文化がない国も多いそうです。助産師の関洋子さんは沐浴を「赤ちゃんのお風呂」とやさしく言い換え、その手順だけではなく、四季がある日本で沐浴させる意味も説明しました。
「日本では夏でもお風呂に入ります。毛穴を開いて汚れを落とすと同時に、汗をかいて体温を下げる効果もあるからです。はいっ」
助産師の「はいっ」のかけ声で、待機していたボランティアたちが一斉に参加者に向けて通訳を始めます。会場には、インドネシア語・英語・タイ語・中国語・ミャンマー語・ネパール語があちこちで響き、圧巻です。
日本でも病院や自治体などで、出産前の親を対象にした両親学級などの講座が開かれています。しかし外国人の中には「ハードルが高い」と感じる人も多いようです。
この日参加したカナダ人女性は、日常生活の日本語には不自由がありません。一方で、「〝沐浴〟という単語は初めて聞きました。初産なのでこういう講座に出ないで産むのは怖いですね」と話します。
生活には困らない日本語力があっても、特に出産・子育ての用語は「沐浴布・ガーゼ」や「陣痛」「おしるし」など、日常会話で聞き慣れない言葉のオンパレードです。
同時通訳を個人で頼むこともできますが、半日で数万円かかることも。「会場に通訳がいる」という安心感でこの日初めて産前の講習会に参加できた、という人が多くいました。
今回の講座は参加費無料。主催するNPO法人Mother'sTreeJapanの事務局長・坪野谷知美さんは「日本人なら当たり前に得られる情報なので、参加費は取りません」と意味を強調します。
日本に暮らす外国人女性の産前産後や子育てをサポートするMother'sTreeJapan。その思いに賛同して、この日も参加者の一部から、寄付の申し出がありました。
コロナ禍以降は「陣痛と入院準備」「母乳マッサージ」「新生児ケア」「子どもの夏風邪」「発達」など毎月、テーマを変えて講座を開催してきたほか、オンラインの出産用日本語クラスなどを開いています。健診への付き添い通訳も派遣します。
この日は「へその緒の消毒はいつまでする?」「ベビーパウダーは使いますか?」「いつまで沐浴させますか?」「産前に新生児のおむつはどれぐらい用意した方がいいでしょうか?」と、途切れることなく質問が飛びました。通訳がいるなかで助産師と話せる〝貴重〟な機会。産前に不安を解消したいと思う気持ちは日本人も外国人も変わりません。
時間が足らず、「もっと聞きたいことがあったら、LINEで相談できます」とMother'sTreeJapanのLINEが紹介されました。
参加したインドネシア人女性は「初めての出産なので不安で、たくさん勉強したくて来ました。日本でも2回、別の講座に行ったことがありますが、今回自分の言語で説明してもらって、より深く理解できました」と安心した顔。
タイ人の女性はかかりつけ医からの紹介で参加しました。タイの沐浴との違いを聞くと、「第1子だからタイのやり方は分からないです。でも日本で育てていくから、私は日本のやり方を勉強したいと思って来ました」。
メキシコ人女性は英語のチラシを見たとき「外国人でも行って良いんだ」と感じたそうです。これまでは自治体などが開催する同様のプレママ講習会には、日本語で日本人対象のように感じてしまい「どうしても行きづらくて」と、足が向かなかったそうです。
この日、ボランティア通訳として参加したネパール出身のスニラさんは、日本での子育ての経験者でもありました。「ネパールだと沐浴ではなく、シャワー。毎日はしないんです。それは『寒くなって赤ちゃんが風邪をひいてしまう』と考えているから」と話します。代わりにネパールでは、オイルを使ったベビーマッサージを日常的にしているそう。
自分の子育てを振り返って、スニラさんは「私は日本で子育てをしていて、母乳がちゃんと出ているのか、赤ちゃんに十分足りているのか、とても不安でした。こういう講座が私のときにもあったら良かったと思います」と話していました。
Mother'sTreeJapanが活動している理由を、坪野谷さんはこう語ります。「私の母は、異国の地で私たち姉妹を育てました。言葉もシステムも文化も違う場所で、とても苦労している姿を見てきて、『あのときの母を助けたい』という気持ちでやっています」
日本で働き、暮らす外国人が増えるなか、日本で生まれる子どもの約23人に1人は親が外国出身です。
異文化で子育てする母親たちの健診への付き添いや、外国人向けの両親講座などへのニーズはますます高まりそうです。
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