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保育園でなぜか無言の〝外国の子〟 「サイレント・ピリオド」かも?

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親が外国出身だったり、自身が外国で生まれ育ったりという〝外国につながる子ども〟たちが、日本で増えています。その子にとって初めて日本社会に触れるきっかけになるのは、保育園や幼稚園かもしれません。新年度で新しい子の受け入れが始まりましたが、「家でよく話す子」が、急に無言になってしまうことがあるそうです。大丈夫なの? 専門家に聞きました。
バイリンガル教育が専門の神奈川大学教授・中村ジェニスさんに聞きました。
ジェニスさんの息子も、日本の保育園で「サイレント・ピリオド」を経験したそうです。
マレーシア出身のジェニスさんは英語・マレー語・中国語で会話する「多言語環境」で育ち、息子を育てるときにも、夫は日本語で、自分は英語で話しかけていました。息子は当初、話すのは英語中心で、日本語はほとんど話しませんでした。
2歳から公立保育園に通わせましたが、自分の言葉が「通じない」と気がつくと、「発言ができない状態」になりました。家では普通に話せるのに、保育園では話しません。それは6カ月の間、続きました。
これは「サイレント・ピリオド(沈黙期)」と言って、違う言語環境に置かれた人が経験するものだそうです。「日本語が十分に理解できない子どもは、この期間、日本語は話さないけれど、周囲の言葉を聞いて理解を深めています」
サイレント・ピリオドについては、数カ月で終わる人や、1年以上も続く人と、個人差があるそうです。
ジェニスさんの息子の場合、サイレント・ピリオドが終わるときの状況を、保育園がビデオで撮影して知らせてくれました。
おやつの時間。おかわりがほしそうな息子の表情を見逃さず、保育士が「おかわりしたい?」と尋ねます。
うなずく息子。それに対して保育士が「『おかわりください』って言ってごらん」と促します。
「おかわり、ください」
ジェニスさんは「そう自分で言えた息子は、自信に満ちた表情でした」と振り返ります。そこから、徐々に日本語が話せるようになっていったそうです。
一方で、ヨーロッパのある研究では、サイレント・ピリオドが1年以上にわたった例も報告されています。その子は、先生に話しかけた際、「あなたの言葉は分からない」と注意されたことがトラウマになり、結果としてサイレント・ピリオドが長引いたそうです。
サイレント・ピリオドがいつ終わるかについては、さまざまな要因がありますが、「大人が、子どもが発した〝サイン〟を無視しないような環境が望ましい」とジェニスさんは言います。
保育士向けの研修でジェニスさんが伝えているのは、子どもたちが「自分は歓迎されていると感じる」ことが、「前向きに日本語を覚える力になる」ということ。
ちょっとしたコツがあります。
それは「子どもの母語を尊重する」ことだそうです。難しそうに聞こえますが、日々の生活でできる簡単なことで、その気持ちを伝えることができると言います。
例えば「名前を正しく発音する」こと。
外国名だと、日本的な〝あだ名〟を付けられがちだと言います。
「例えば中国名だと、親がせっかく響きの美しい名を付けたのに、漢字を日本語読みに変えてまったく違う名で呼ばれてしまうことがあります。私自身も、発音が難しいから、と『ジェニー』と呼ばれることがあります」とジェニスさん。
無理にカタカナに当てはめようとして、発音が違ってしまう場合もあります。
名前は人のアイデンティティにとって大切なもの。「発音が合っているか聞いてみるだけでも、親子にとってはうれしいことだと思います。できればスマホで保護者の発音を録音して練習すると良いと思います」
そして「あいさつ」は、クラスにいるすべての子どもの言語で言ってみることを勧めます。
例えば「おはようございます!グッモーニン(Good Morning・英語)!セラマッパギ(Selamat Pagi・マレー語)!」といった感じです。
「名前」と「あいさつ」という小さなことですが、子どもたちの心を開くきっかけになるかもしれません。
外国ルーツの子にとっては「先生も覚えてくれたから」と前向きになれるだけでなく、日本語だけで育ってきた子どもにとっても「日本語以外の言葉や〝世界〟に初めて触れるチャンスになる」と言います。
義務教育でも国際教育が重視されるいま、身近なところで学び合えるようになります。
一方で、気をつけてほしいこともあるそうです。
「外国人の親に『日本語を早く習得するために、家でも日本語を使ってほしい』とは言わないでください」とジェニスさん。
その理由は、日本語が流暢ではない親の限られた表現では上達が見込めないだけではなく、子どもにとって大切な「母語」を身につける機会を奪ってしまうからだそうです。
子どもたちは保育園や学校などで日本語に触れるうち、自然と親よりも上達します。もし、家で親と話せる「母語」を維持していなければ、そのうち、親と話すことができなくなってしまうということもあるそうです。
「家庭内のコミュニケーションのため、家では自分の母語を使い続けることが大切です」
また、母語が身につき、しっかりと思考する基礎がある方が、第二言語(日本語)の習得が早いことも研究で明らかになっています。
ジェニスさんがいま、日本に暮らす外国人の親に伝えているのは、「小学校入学前に最低1年間は、保育園や幼稚園に行った方が良い」ということ。
「日常会話の習得には1~2年、学習言語には5~7年かかると言われています」とジェニスさん。
小学校に入ると一気に語彙が増えます。そして日常会話と、学習言語はまったく違います。一見「問題なく話せている子」も、授業を理解できるわけではないと言います。
就学前に言葉を習得していなければ「分からない」ということも聞けず、その後の成績、さらには将来の選択肢にも影響を引きずると言います。
「子どもたちにとって、日本の保育園や幼稚園は、日本語ネイティブの先生から良質な日本語でたくさん語りかけてもらえて、自然に日本語を身につけられる、とても重要な場になるのです」
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