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「車を処分してください」生活保護の窓口 取材で見えた利用者の実情
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保育園に通う子ども3人の送り迎えのために必須なのに……。生活保護を申請したところ、車の処分を求められた女性。地方で「生活の足」になっている車を処分するか、生活保護をあきらめるかーー。そんな選択を迫られた人たちに話を聞き、制度のあり方について考えました。(朝日新聞記者・奈良美里)
「車を処分してください」
そう言われて、30代の女性の頭に浮かんだのは「お昼寝布団、三つをどうやって?」だったといいます。
この女性は東北地方で1~7歳の子どもたち4人と暮らしていました。
育休中の離婚をきっかけに生活保護を申請したところ、自治体から車の処分を求められました。
月曜朝は子どもたちをせかしながら、保育園に通う3人分の昼寝布団や着替えを車で運んでいました。無理だ――と頭を抱えたといいます。
生活保護を使うと、車は「資産」として扱われ、原則として売るなどして処分するよう求められます。
地方の公共交通網が細る中、制度に疑問を感じ、同僚と取材を始めました。
今年2月、この女性宅を訪ね、玄関に散らばった小さな靴をまたぐようにしてお邪魔しました。壁には子どもたちの作ったカラフルな工作が飾られていました。
近くに鉄道の駅はありません。日々の暮らしに車が不可欠な地域でした。
もし車を手放したら……。1歳の次女と布団を抱え、走り回りたい年頃のきょうだいを連れ、保育園までの長い道のりを歩くことになります。
女性は自治体に何度かけあっても、処分を求められたといいます。
仕事に復帰した際、「車があった方が働ける時間が長い」と伝えても「決まりなので」と言われるばかり。弁護士に相談し、やっと保有が認められました。
車を持ち続けられるのは、障害がある人や公共交通機関の利用がとても難しい人の通院や通勤などに限られる――。
そんな厳しい制限は、国が約50年前に定めた考え方です。
車の保有か、生活保護かの選択を迫られ、生活保護をあきらめる壁にもなっています。専門家は「時代の変化に対応していない」と指摘します。
取材では、国の制度を運用する自治体側にも葛藤があることがわかりました。
福井市の担当者は、「バスもどんどん減っている。車の処分を指導しながら、『大変だろう』と思うことがある」と、同僚の取材にそう漏らしたといいます。
公共交通が不便な地方の実情に応じて制度を考え直すことは必要だと思います。しかし、たとえ都市部でも、病気や障害の影響で人混みが苦手で、公共交通機関を使うことが難しい人もいます。
誰しもが、ふとしたきっかけで使う可能性があるのが生活保護制度です。
だからこそ、全国一律ではなく、地域やその人それぞれの現状に合わせて使いやすい制度にしていくべきだと思います。
今回、何人もの生活保護の利用者に話を聞きました。
夫が突然の病に倒れた夫妻、子の通院の付き添いで働き続けられず医療費に困ったシングルマザー。
一人ひとりの話を伝えることは、生活保護への根強い偏見や誤解をなくすことにもつながると信じ、今後も取材を続けたいと思います。