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「日本人なのに、古文で負けた」 クラスざわつかせた〝ベトナム人〟
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日本にもさまざまな国籍の人が暮らすなか、「同級生が外国人」という若い世代も増えています。彼らは、リアルな〝多文化共生〟をどう感じているのかでしょうか。ある高校生に聞いてみると「学校にね、すごいヤツがいるんですよ」と話し始めました。
「うそ……私、日本人なのに、負けた……」
高校1年のときの、11月の古文の試験。答案が返されると、ある男子の席の周りがザワつきました。
「え、トランの点数、めっちゃ高いんだけど!」
注目を浴びていたのはベトナム人の生徒、トランさんでした。
席が近かった日本人の美月さん(17)は「正直、驚きました」と、2年前のあの日の衝撃を語ります。
クラスでたった1人、カタカナの長い名前が名簿でひときわ目立っていた人。その人に、古文で大差をつけられました。
現在高校3年生となり、受験勉強に励んでいる美月さんは、トランさんを誘って、一緒にインタビューに応じてくれました。
隣に座るトランさんに、美月さんは「ごめんね? でも、トランって〝純ベトナム人〟じゃん。正直、びっくりした。あの日、国語で負けたこと」と伝えました。
トランさんは「全然、いいよ。自分も『え、負けるんだ、日本人なのに』ってたまに思うときあるから」と冗談で返して、2人で笑います。
美月さんは、改めて、あの日のことを語ります。
「それまで、なんとなく『自分はいけるんじゃないか』って思っていた。でも『私はがんばんなきゃいけないんだ』って現実を見せられたんです」
その「現実」はやさしいものではありませんでしたが、「あれが、勉強をがんばるきっかけになった」とトランさんに感謝しています。
美月さんにとって〝となりの受験生〟から受けた刺激こそが、リアルな〝多文化共生〟でした。
古文の成績で「クラスをざわつかせた」トランさんですが、特別に古文が得意科目だった、というわけではありませんでした。いまは理系専攻です。
では、なぜ古文の試験ができたのか? その勉強方法を聞くと、「学校の授業は正直、意味がわからなかった。だから家でYouTubeで、無料の古文の講座を聞いて『ナリ・ケリ』などを復習しました」と話します。
そして、資料の持ち込みが許されていた試験では、資料に自分でポイントをまとめた付箋を貼って、臨みました。
まわりのクラスメートが「古文捨てた」と諦めるなか、手を抜かず、「めっちゃ勉強した」のです。
トランさんは日本生まれですが、子どもの頃は日本語は得意ではありませんでした。
両親と兄・姉はベトナムから来日し、家族とはベトナム語で話していたため、小学校入学時は、話す時には日本語とベトナム語が混ざる状態だったと言います。週2回、日本語指導のクラスを受けました。
2年生になるころには日本語もできて、国語のテストでも日本人と同じぐらいの点数が取れるようになりました。
でも周囲の「外国人扱い」はなかなか変わりませんでした。
みんなで説明を聞いているときも、大人たちはトランさんのところに補足説明をしにやってきます。「わかっているのに……」
そのたびに友達から「日本語わかんないの?」と聞かれることが、「当時は恥ずかしかった」と振り返ります。
「今ならネタとして流せるんですけどね」と付け加えるトランさんは、一度、作文で「それは尊重じゃなくて、差別だ」と訴えたそうです。「それが市の作文コンクールで入賞しちゃって」ーー。
そんな体験を「ネタ」のように交えて話す姿には、トランさんに積み重なってしまった悔しさや、やりきれなさが現れているように感じました。
夢は「起業して、お金持ちになる」ことだと言います。
中2の終わりまで、成績は「ほとんど3で2が混じっている」状況でしたが、通い始めた塾で「学歴もない人は、起業しても信用されない」と言われたことで、火がつきました。
学校でも必死に授業を受けて、課題も手を抜かず、中3の終わりには、体育以外はオール5という目覚ましい成績アップを成し遂げました。
いまも起業に向けて知識や得意分野を伸ばそうと、大学合格を目指して勉強を続けています。
そんなトランさんの話を聞いていると、「ライバルは日本人」などと考えているわけではなく、この社会で〝金持ち〟になるためには勉強でも生活でも、けして気を抜いてはいけないんだという〝覚悟〟を感じました。
高校を卒業したら別々の道を歩む美月さんとトランさん。
美月さんはトランさんとの出会いを通して、「『ベトナムの子』というイメージがすべてくつがえされた」と言い、その努力する姿に憧れるようになりました。大学では国際関係の勉強をしていきたいと考えており、「これからは、先入観や偏見を持たず、いろいろな人と関わっていきたい」と語ります。
そんな美月さんにトランさんは「うれしいなとは思うんですけど」と話し始め、一方で、これまで、マイノリティの立場を理解しているというように近づいてきて、「性別や国籍で決めつけちゃう」人や、「それって失礼じゃない?」と思うことを聞いてくる人にも出会ったことを明かします。
「『先入観を持たない』と言っている人でも、分かった気になって誤って理解をしていることもある。それも怖いな、とも思う」と懸念を伝えます。
インタビューでは終始、明るく語っていたトランさんでしたが、ちらりと話した言葉に、筆者は重い衝撃を受けました。
「今の政治では、自分、社会的地位が〝下〟なんですよね」「早く日本国籍とりたい」
「多文化共生」が身近になってきた日本。でも本当に「先入観を持たない」で、ともに生きる未来とはどういうことなのでしょうか。クラスメートの美月さんに、同じ目線で語りかけているトランさんの言葉から、宿題をもらったように感じました。
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