連載
#85 夜廻り猫
戦争で片腕を失った父、人を殺さずに済んだ人生だったら… 夜廻り猫
幼い頃は書道が好きだったという父は、利き腕をなくして兵役から帰ってきて――。「ハガネの女」「カンナさーん!」などで知られる漫画家の深谷かほるさんが、ツイッターで発表してきた「夜廻り猫」。今回は、父の葬式で、戦争に翻弄された彼の人生を振り返る息子のエピソードです。
昭和元年生まれの父が亡くなり、喪主として見送った男性。
親戚から聞いた話では、子どもの頃から書道に夢中だった父。男性にとって「おじ」にあたる父の兄が、給料日のたびに、紙や筆を買ってきて応援してくれていたそうです。
しかし、ふたりとも徴兵され、兄は帰らぬ人となりました。弟である父は、利き腕を失って復員しました。
戦後の数年、左腕だけで農業で生計を立てていた父を見かねた実業家が、「傷痍軍人なのにあんまりだ」と事務職に雇ってくれました。
葬式に来た近隣の人が、「幸三郎さんは恵まれてる」「軍人恩給に役員報酬ももらって」と言っているのを聞いた男性。
息子である男性にとっては、体調を崩した野良犬をいっしょに看病してくれた、心優しい父でした。
「親父は、腕があれば、兄貴がいれば、人を殺さずに済んだ人生があれば、何もいらなかったろう」
心の涙の匂いをかぎつけた猫の遠藤平蔵に、男性はそう漏らします。男性も遠藤も、夜空をじっと見つめるのでした。
作者の深谷かほるさんは、「私にとって8月は、戦争を思う月です」と語ります。
日本が敗戦した1945年8月から長い年月が経ちました。深谷さんは「新たな戦前が始まっているとも言われる今、戦争についての自分のイメージがぼやけることがあったら、手に取ろう、見直そうと思っている作品があります」と言います。
漫画家・中沢啓治の「はだしのゲン」、大岡昇平の小説「野火」、カンボジア内戦を描いた映画「キリングフィールド」の三つです。
深谷さんは「今もたくさんの戦争が続いています。せめて、自分が選挙権を持っていられるこの国で、二度と戦争を引き起こすことがないよう、気を引き締め続けていようと思うのです」と話しています。
1/207枚