IT・科学
「生理ごときで休む弱いやつ」女性アスリートが言いだせない悩み
海外で知った「自分の身体は自分のもの」
試合中の生理用品の蒸れや擦れ、ズレなどさまざまな不快感に悩んできた、女子サッカー選手の下山田志帆さん。女性スポーツ界のアスリートと共に社会課題解決を目指したいと、2019年10月に元女子サッカー選手・内山穂南さんとの共同代表で『株式会社Rebolt(レボルト)』を設立。2021年4月5日には、アスリート発「吸収型ボクサーパンツOPT(オプト)」をリリースしました。「生理との向き合い方は自分の身体と向き合い方につながる」と話す下山田さんと内山さんに、その考えに至った経験と思いを聞きました。
下山田志帆(しもやまだ・しほ)
内山穂南(うちやま・ほなみ)
生理による体調不良は、程度の差こそあれ、女性なら誰でも経験していることだ。でも、それを口に出すのは難しく、人知れず我慢してしまう。アスリートも同じだと下山田さんはいう。
「つい数カ月前に、酷い生理痛で練習に行けなくなって監督に電話をしたとき、とっさに『ちょっと熱っぽいので休みます』と言ってしまったんです。生理痛を理由にすることに、いまだにためらいがあることに驚きました。
私は、生理に関するプロダクトを考える上で、生理について、自分の身体のことについて散々オープンに話してきました。経血の漏れがどうだとか、かなり生々しい話も人前で抵抗なく言葉にしてきたのに、いちアスリートの立場になると生理であることを話せない。私ができないのなら、ほかの多くのアスリートもまた、できないだろうと思いました」
生理をオープンに伝えられない理由は2つあるという。
一つは、生理であることを人に知られるのが恥ずかしいから。監督との関係や年代によっても違うものの、「数カ月前の自分には、男性の監督に生理の話をするのが恥ずかしいという感覚があった」と話す。
二つ目は、生理“ごとき”で休むなんて、サボっている弱いやつだと思われてしまうのではないか。そんな空気を感じ取ってしまうことだ。学生時代にはとくにプレッシャーを感じることが多く、体調不良を言い出せないことがあった。
「これは、相手(監督やコーチ)の性別は関係ありません。生理痛の重さや痛み、心身のバランスの崩し方はあまりに人それぞれなので、相手のつらさを具体的に理解しにくい。女性の指導者でも『生理痛?そんなのみんなも我慢しているんだから言い訳にならない』と考える方はいるでしょう。生理に限らず、『身体のことは本人が一番理解している』『本人が訴える痛みや不調を尊重する』という考え方はまだ全然広がっていないと感じています」
下山田さんは2017年から2年間、ドイツでプレーしていた。そこでもっとも衝撃を受けたのは、チームメートがあっさりと練習を休むことだったという。
「いかにも元気そうなのに『今日は体調が悪い』『少し風邪っぽいので、抜けておきます』と言って休養し、監督やコーチ、チームメートは誰も嫌な顔をせず、当たり前のように受け入れていた。逆に、私が体調不良をおして練習に行こうとしたときには、マネジャーにひどく怒られました。『あなたはいいかもしれないけれど、100%のパフォーマンスでできないメンバーが入ったら、チームメートに迷惑です』と。そして、『自分の身体は大切にして!』と言われたのです」
多少の体調不良は我慢してでも、サッカーを優先すべき、というマインドで長くやってきた下山田さんにとって、考え方の違いを痛感した出来事だった。
元女子サッカー選手の内山穂南さんもまた、イタリアでプレーをしていたときに似た経験をしている。
「日本では、けがをした際に練習に出られるか出られないかの判断を、トレーナーや監督にチェックしてもらい決めてもらうことが多いんです。でもイタリアでは、誰かに頼って決めてもらう受け身の姿勢ではなく、自分でちゃんと判断して伝えなければいけません。そのベースには、『自分のことは自分が一番理解しているんだから、それを自分の言葉で相手に伝えようよ』という考え方がある。これは素晴らしいことだなと思いました」
内山さんは最近まで、サッカー指導者として日本で子どもたちに接してきたが、自分の身体のことをコーチに聞いてくること、練習参加の許可を求めてくることに、モヤモヤとした思いがあったという。
「『今日、練習やってもいいですか。足首がこんな感じで少し痛いんですけど』『先週まで風邪をひいていて、まだ本調子ではないんですけど』などと、みんな聞きにくるんです。でも痛みや違和感は、自分にしかわからない。自分が判断してやるかやらないかを決めることしかできません。そんなときは、体調やけがの具合を、本人に具体的に言語化してもらい、どうしたいのかを聞いていました。練習での些細なシーンでも、『自分で考えて決めた、自分で選んだ』と思えるようなコミュニケーションを心がけましたね」
スポーツの世界だけではなく、自分の心や身体を優先して大切にしよう、自分で判断しようという考え方は、日本ではまだ浸透しているとはいえないと下山田さんはいう。
「所属組織やチームの事情を優先に考える視点が根強く、どうしても自分のことはおろそかになってしまう。自分の身体のことを、ちゃんと言語化して、自分で決めていいんだと思えたことは、ドイツでプレーして得られた、とても大きな財産の一つでした」
4月5日に、アスリート発「吸収型ボクサーパンツOPT」をリリースした二人。運動中の経血の漏れや生理用品の蒸れ、ズレなどに悩むアスリートの声を集め、理想の機能を実現させるべく、企画・開発に2年の年月をかけてきた。プロダクトに込めたのは、「自分に合ったものを、自分で選択できる社会にしよう」というメッセージだ。
「OPTは、機能性のほかにデザイン性にもこだわり、ジェンダーステレオタイプを脱した選択肢を示したいと思っています。よく言われる“女性らしいデザイン”とは何なのか。女性と一言で言っても色んな人がいて、かわいい、キレイ、かっこいいの価値観はそれぞれです。これまでにない、かっこいい女性専用プロダクトを発信することで、誰が何をどう選んだっていい、というメッセージにつなげたいんです」(内山さん)
多様な選択肢を作ってそれを選べる社会にするために、立ちはだかる壁の一つが、身体や心の悩みに対して声を上げることへのタブー視があると下山田さんはいう。
「私自身、選びたくても選べない辛さを、これまでの人生ですごく経験してきました。どうして声を上げてはダメなの?という問題提起を、このプロダクトを通して私たちが発信することで伝えていきたいと思っています」
生理との向き合い方に、海外と日本で違いがあるのだろうか。欧州でプレー経験のある二人に話を聞いてみると、話は生理に留まらず、自分の身体とどう付き合うか、というテーマに広がっていった。
自分の身体のことをコーチに聞いてくる、という内山さんの話には共感するものがある。私はライター業のほかに、週末はチアダンスのインストラクター業をしている。レッスンでは必ず、「トイレに行っていいですか」「水を飲んでいいですか」と、小中学生の子どもたちが聞いてくる。
ダメと言うわけがないのだから、「トイレに行ってきます!」の一言でいいのに、どうも許可を請うニュアンスが含まれるのだ。聞かれるたびに、自分で行きたいと思ったら行ってきていいんだよ、と伝えるのだが、これがなかなか浸透しない。「成長するにつれて、どんどん受け身になって、指示を待つようになるのが気がかりですよね」と内山さん。
スポーツと生理を考えることとは、自分の身体のことを、責任を持って自分で考え、行動を選択することにつながっているのだと、改めて気づかされた。
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