連載
#11 金曜日の永田町
菅さんの迷走に「議会運営のプロ」吉川議員がぶつけた静かな怒り
たった1人…あえて事務局に答弁を求めた理由
【金曜日の永田町(No.11) 2021.01.09】
新型コロナウイルスの爆発的感染の受け、首都圏に緊急事態宣言が出されました。菅義偉首相は「1カ月後に必ず事態を改善されるために全力を尽くす」と約束。しかし、支援策は後手に回っており、国会冒頭に提出される補正予算案には、菅さんの判断を歪めてきた「Go To トラベル」の追加経費が1兆円超も――。朝日新聞政治部(前・新聞労連委員長)の南彰記者が金曜日の国会周辺で感じたことをつづります。
緊急事態宣言の発令を控えた1月7日未明。アメリカの国会である連邦議会の議事堂に、トランプ大統領の支持者が乱入したというニュースが飛び込んできました。
この日は、民主党のバイデンさんが勝利した大統領選の結果を上院と下院の合同会議で確認する手続きが行われていました。通常は注目されない地味なプロセスですが、大統領選の結果を最終確定させるものです。
しかし、証拠を示さず「不正選挙が行われた」と主張するトランプ大統領は、身内の共和党議員に「異議」を申し立てるよう働きかけ。ホワイトハウス近くの広場で大規模な抗議集会を開き、「議事堂へ行って(トランプ氏を支持する)勇敢な議員らに声援を送ろう」と支持者をあおりました。その結果、数千人の支持者が議事堂を包囲し、一部がバリケードを越えて、議事堂内になだれ込んだのです。
ワシントンには外出禁止令が発令され、治安当局も出動して、ようやく混乱は収束しましたが、銃撃も起き、5人が死亡する事態になりました。
「アメリカ議会の歴史において暗黒の日になった。ここで起きた暴力を、できる限りの強い言葉で非難する」
議長役として議事を再開したペンス副大統領はこう語り、4年間支えてきたトランプ政治に引導を渡しました。
「きょう私たちの議事堂で大きな混乱を引き起こした人たち、あなたたちは勝利しなかった。暴力が勝利することはない。自由こそが勝つ。そして、ここはまだ人民の議事堂です」
こうしたペンス副大統領の言葉を受け、トランプ大統領もようやくバイデンさんへの政権移譲を表明しましたが、1月20日までは、6000近い核弾頭を保有するアメリカ軍の最高司令官など強大な権限を持っています。議会からは、「一日たりとも職にとどまるべきではない」(民主党上院トップのシューマー院内総務)などと大統領権限の停止を求める声があがっています。
And we will always be grateful for the men and women who stayed at their post to defend this historic place. To those who wreaked havoc in our Capitol today, you did not win. Violence never wins. Freedom wins. And this is still the People's House. pic.twitter.com/ytErRKnk4O
— Mike Pence (@Mike_Pence) January 7, 2021
さて、同じ1月7日、日本の国会では、新型コロナ対策の「緊急事態宣言」の発出に先立ち、政府が説明する議院運営委員会が衆参両院で開かれました。
「経済との両立」を掲げ、感染が広がっても観光支援策「Go To トラベル」の継続にこだわっていた菅さんが、結局、市民生活・経済の自由を制約する「緊急事態宣言」に踏み切るのはどうしてなのか。そして、どのような支援策を講じ、収束に向けた見通しを持っているのか。
野党側は、菅さんの説明を求めていました。しかし、自民党が拒否したため、コロナ対策の担当相である西村康稔さんが代わりに出席しました。
衆参両院で計12人が質問に立ちましたが、1人だけ議会事務局に答弁を求めた議員がいました。参院議院運営委員会で野党側の筆頭理事を務める立憲民主党の吉川沙織さんです。
吉川さんは、国会運営の基本を協議する議院運営委員会の経験が豊富です。
安全保障関連法の採決が強行された際、速記の職員が聞き取れなかった内容が委員長権限で大幅に「補足」され、採決がきちんと行われたような議事録がつくられた問題を巡っては、過去の先例や論文などを調べて、国会議事録に残るように2016年4月の決算委員会の質疑で問題点を整理しました。
「立法府に身を置く議会人は、先人の知恵で積み上げられてきた法規、先例を大事に議会運営に携わるべきであると考えます。最近は、どちらかといえば政略的配慮を優先し、先例をないがしろにする傾向があるのではないか。『民主主義だから過半数を得れば何でもできる』としてしまう発想での議会運営は、その都度態度を決めればいいとするルールなき議会運営につながるおそれもはらんでいる」
吉川さんはこのように警鐘を鳴らし、参院自民党で国会対策委員長や幹事長を務めた脇雅史さんも当時、「吉川さんはしっかり先例を勉強している」と評価していました。
昨年末に安倍晋三前首相が「桜を見る会前夜祭」の問題で国会説明を行ったときも、「(過去の誤った国会)答弁を正すための機会をいただきたい」と言いながら、その訂正箇所を明らかにしない安倍さんの冒頭の説明に対し、さっと委員長席に駆け寄り、改善を要求。自民党所属の委員長から「安倍前総理の冒頭のご発言につきまして、具体性に欠けるのではないかというご指摘がございました。安倍前総理におかれましては、この後の答弁で、誠実にお答えいただきますようお願いしたいと存じます」という注意を引き出していました。
さて、「議会運営のプロ」とも言うべき吉川さんが、1月7日の質疑であえて参院事務局に聞いたのは、基本的なことでした。
国会は一見、昨年12月5日に臨時国会が閉会した後も、閉会中審査や特措法改正に向けた与野党協議、安倍さんの国会説明などで年末年始もなく、動いているように見えます。
しかし、実際には、1月18日に通常国会が召集されるまでは、国会でコロナ対策の予算や法律をつくることはできないということです。
今から10年前、東日本大震災が3月に起きた2011年には、通常国会が70日間延長されるなど、289日間、国会が開かれていました。年間日数の79%です。ところが、新型コロナ禍に見舞われた2020年は、通常国会、臨時国会共に全く延長されませんでした。正式な会期は194日間で、年間の53%にとどまっています。
「社会全体が共通の危機感を共有し対処することが求められる中、国会が開かれていないことは、迅速かつ集中的な対応のための立法機能の放棄に等しく、じくじたる思いです。国民のさらなる協力を得て、感染拡大を抑制していくため、国民の代表、立法機関、行政監視機能を司る国会としてその役割を十全に果たす必要があることを申し上げて質問を終わります」
このように締めくくった吉川さんの質問には、この危機においても、国会を機能させようとしない政権与党への、静かな怒りが込められているように感じられました。
菅さんは1月7日夜、首都圏4都県に緊急事態宣言を出すことを決め、記者会見で「1カ月後に必ず事態を改善させるために、全力を尽くし、ありとあらゆる方策を講じる」と約束しました。
しかし、翌8日夜、テレビ朝日系の「報道ステーション」に出演し、キャスターから「2週間前にこれだけ感染者が増えているのを想像していましたか」と問われた菅さんは「いや、想像していませんでした」と答えました。こうした菅さんの認識の甘さに引きずられるように、支援策の打ち出しも後手に回っています。
1月18日に国会が始まると、まず第3次補正予算案が審議される予定ですが、この予算案は、コロナの収束を前提にした景気刺激策や、中長期で取り組む脱炭素化・デジタル化の支援策などに軸足がおかれてつくられたものです。
昨年の緊急事態宣言にあわせて実施した最大200万円を支給する「持続化給付金」と、最大600万円を支援する「家賃支援給付金」に関する予算はなく、いずれも現段階では、今月15日までで申請の受け付けが締め切られる予定です。
また、イベントについても開催要件を厳しくする働きかけがされていますが、「協力金なき自粛要請」で、文化・芸術・スポーツなどを支える人たちは疲弊しています。3次補正だけで、新たに20兆円以上の国の借金(国債)を増やすのに、緊急事態に対応できない恐れがあるのです。
特に議論になるのは、「Go To トラベル」を6月末まで延長する費用として計上された1兆311億円です。
「GoToトラベル」は、昨年4月に成立した第1次補正予算案に盛り込まれたものでした。当時から「非常事態にのんきにお金をつけている場合か」「優先順位が違う」と野党から指摘を受けていましたが、安倍政権は「事業継続への意欲を持ってほしいという観点から盛り込んだ」などと説明。最終的に、自民、公明の与党に加え、立憲民主、国民民主、共産、社民、日本維新の会の各党が賛成して原案通りで成立しました。
しかし、国会から予算執行権のお墨付きを得た政府は、官房長官時代の菅さんが主導して、感染者が増えていた昨年7月に前倒しで開始。秋冬の感染拡大が広がり、専門家が本格的に警鐘を鳴らしても、菅さんは「エビデンスはない」などと主張して、対策の方針転換に時間がかかりました。それが現在の後手につながっています。
トップの判断が迷走するなか、着実な感染防止策や生活・事業支援策を進めていくには、国民の代表である国会は、どこまで政府に予算執行の権限を渡すべきなのか。政府予算案の修正は異例ですが、この緊急時です。与野党を超えて真剣に検討すべき課題だと思います。
《来週の永田町》
1月13日(水)新型コロナ対策の特措法改正案に関する政府・与野党連絡協議会/衆院内閣委で閉会中審査
1月14日(木)参院内閣委で閉会中審査
1月15日(金)新型コロナの日本国内での感染者確認から1年
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南彰(みなみ・あきら)1979年生まれ。2002年、朝日新聞社に入社。仙台、千葉総局などを経て、08年から東京政治部・大阪社会部で政治取材を担当している。18年9月から20年9月まで全国の新聞・通信社の労働組合でつくる新聞労連に出向し、委員長を務めた。現在、政治部に復帰し、国会担当キャップを務める。著書に『報道事変 なぜこの国では自由に質問できなくなったのか』『政治部不信 権力とメディアの関係を問い直す』(朝日新書)、共著に『安倍政治100のファクトチェック』『ルポ橋下徹』『権力の「背信」「森友・加計学園問題」スクープの現場』など。
※配信時に「4年間支えてきたトランプ政治に印籠を渡しました。」とあったのを「4年間支えてきたトランプ政治に引導を渡しました。」に修正しています。(2021年1月10日)
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