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息子に買えなかった赤いランドセル…教団にすり込まれた常識の呪縛
「社会的に望ましい性のあり方」って何?
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「社会的に望ましい性のあり方」って何?
生まれつきの性別に違和感を抱いたり、自分と同じ性別の人物に恋したりする――。近年、そんな「性の多様性」を意識する機会が増えています。宗教団体の元「2世信者」で、小学5年生の息子を育てる漫画家・たもさんには、このテーマにまつわる忘れられない経験があるそうです。「その性別らしさ」という、強力なイメージの呪縛をほどくため必要なこととは? 決して人ごとではない、「生きづらさ」の根を断つ方法について、たもさんの描き下ろし作品から考えます。
ある日、テレビでニュースを見ていた、たもさん。「同性愛者だらけになったら、この国は滅ぶ」「普通に結婚するのが一番!」。そんな発言が耳に入り、怒りのあまり、思わず顔をゆがめます。
「オマエモナ……」。突如聞こえてきたささやきの主は、どこからともなく現れた、真っ赤なランドセルでした。
さかのぼること5年。小学校入学をひかえた息子・ちはるのため、一家でランドセルを選びに出かけたときのことです。「この赤いのがいい!!」「かっこいい!!」。ちはるは満面の笑みを浮かべ、赤いランドセルを手に取ります。
たもさん夫妻は大慌てで、ちはるを説得しました。男の子が赤いランドセルなんか持っていたら、いじめられる――。そう伝え、結局、黒地に赤のラインを買うことで折り合います。
二人が焦ったのには、理由がありました。当時入信していた宗教が、「神が創った性別を受け入れるのが自然で正しい」と説いていたのです。
知らず知らずのうちに、子どもに「男らしさ」を押し付けてしまった――。テレビで流れていた差別発言を聞き、苦い過去が、たもさんの頭の中によみがえります。
たもさんは同時に、こう考えました。たとえばLGBTの人々を巡るいさかいは、「当事者 対 その存在を認めない人」という二項対立ではなく、「それぞれの性」と「その性らしさ」の葛藤なのではないか、と。
当事者に反発する人も、「男は弱音を吐いてはならない」「結婚して子ども育て、家計を支えなければならない」といった、固定観念に縛られ苦しんでいるのかもしれない……。そんな想像を巡らせます。
「誰でも好きな服を着ていいんだよ」「世の中には色んな性があって、男の人を好きにな男の人もいるし、女の人同士で付き合うこともあるよ」。たもさんは、ちはるにそう語りかけ、見えない「らしさ」の鎖を断ち切ろうと努めるのです。
そしてランドセルの色やデザインの種類が増え、どんな性別の子も、好きなものを選べるようになっている現状が紹介され、漫画は幕を閉じます。
性の多様性という、今回のテーマ。実はたもさん自身、「元々は知識や理解が十分ではなかった」と打ち明けます。
「私が育ったのは、昭和のステレオタイプな家庭です。いわゆる『オネエ』のタレントが、男性芸人にキスするようなテレビ番組を見て、笑っていました」
「また母の影響で入った宗教でも、『神は人を男性と女性に創造された』『創られた通りに生き、子を産んで地に増えよ』と教えていました。極端な主張かもしれませんが、似た考えを持つ人は、少なからずいるのではないでしょうか」
漫画にも登場するランドセルのエピソードは、そうした境遇を象徴する出来事の一つ。本来、どんな色も好きになって良いはずなのに、大人が「赤は女の子のもの」と決めつける。その風潮に加担したことを、今も深く後悔しているといいます。
しかしその後、宗教を脱会し、様々な価値観に触れることで、自らの中に巣くう「常識」が鮮やかに覆されていったそうです。
「世間には色んな人がいて、色んな人生がある。性別についても、虹の色がグラデーションになっているように、その境界はあいまいであると知りました」
「わが子が『オカマ』などの言葉を口にしたときは、あの赤ランドセルにつつかれるような気持ちで、『世の中には色々な人たちが生きているんだよ』と、自戒を込めて訂正しています」
そして、たもさんは付け加えました。
「息子が将来どういった性別を自認するか、そしてどんな人を好きになり、自分をいかに表現するか、まだわかりません。ただ、たとえ親が想像していなかった性別で生きることを選んだとしても、驚かず、騒がずにいたいですね」
「『そうなんだ。まぁ、あなたは私の好きなあなただから』と、ごく普通に受け止めようと思っています」
【執筆協力・NPO法人ピルコンからのアドバイス】
近年、「L(レズビアン=女性同性愛者)」「G(ゲイ=男性同性愛者)」「B(バイセクシュアル=両性愛者」「T(トランスジェンダー=出生時の性別が心の性別と異なる人)」の頭文字をとった、「LGBT」という言葉が知られてきています。
これに複数形の「s」をつけ、LGBTにとどまらない性のあり方を示す「LGBTs」や、自分の性のあり方をはっきりと決められない・わからない人を表す「Questioning(クエスチョニング)」を合わせて、「LGBTQ」と呼ばれる場合もあります。
さらに、「パンセクシュアル」(恋愛感情を抱くのに性別を条件としない)、「アセクシュアル」(恋愛や性愛に関心が薄い)なども含めることができます。そのバリエーションは、従来の枠組みでは語りきれないほど多様です。
今回の漫画でも描かれている通り、性のあり方はグラデーションです。誰を好きになるかも、自分らしい性の認識も、一人ひとり違います。
最近では、性的マイノリティに限らず、多様な性のあり方をまとめた呼び方として、SOGIE(ソジ―)という言葉が使われるようになってきました。これは「Sexual Orientation(性的指向)」「Gender Identity(性自認)」「Gender Expression(性表現)」の頭文字を組み合わせたものです。
「LGBT」という概念はあるけれど、「LGBTの人」と「それ以外の人」がいるのではなく、誰もが「性の多様性」というパズルの1ピースというわけです。
「みんなが当事者である」というつもりで性のことを考えられると、「誰もがその人らしくあっていい」という認識を持ち、自由に、楽に生きることにつながるのではないでしょうか。
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