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「生理は個性」花王キャンペーンに批判 足りなかった選択肢の視点
「天然石のようなあなただけの生理のカタチ」とは?
「生理は個性」。そんなスローガンで花王が立ち上げた企画「kosei-fulプロジェクト」に、「生理の苦痛は個性なんかじゃない」「個人の努力では解決しない」といった批判の声が上がっています。このキャンペーンはどのような意図で始まったのか? なぜ批判を招いたのか? 花王と専門家に聞きました。(北林慎也)
生理用ナプキン「ロリエ」シリーズで知られる日用品大手の花王は今夏、ロリエのキャンペーン「kosei-fulプロジェクト」を立ち上げ、特設サイトを開設。さらにこの企画とタイアップした専用パッケージの限定商品を発売しました。
天然石をモチーフにしたパステルカラーが特徴的なパッケージは、「男性もパートナーの代わりに買いやすいデザインにしたい」という男性デザイナーの提案によるものだそうです。
特設サイトの説明によると、キャンペーンのコンセプトは「生理を“個性”ととらえれば、私たちはもっと生きやすくなる」。
そして、その実現のために「女性同士がお互いの生理の違いを理解しあうことを提案する」というプロジェクトです。
具体的には、若手俳優の清野菜名さんが「生理がしんどくて休みたい、と思ったとき」と女性に問いかけるウェブ動画を公開。
また、花王の女性社員に「生理と向き合う30問テスト」に答えてもらい、その回答結果を「私と彼女の生理の個性展」としてデジタル展示しています。
さらに、生理に関する8つの質問に答えると「『シェイプ』と『カラー』が導き出され、天然石のようなあなただけの生理のカタチ『kosei-ful gem』が生み出される」という体験コーナー「Laurier kosei-ful Finder」も用意されています。
このキャンペーンに対して、消費者からは公開直後から批判的な声が多く寄せられました。
公式ツイッターのキャンペーン告知投稿は8月24日夜時点で9600以上リツイートされ、そのうちのほとんどが疑問や批判のコメントになっています。
今回のキャンペーンの意図と反響の受け止めについて、花王に聞きました。
同社広報部は企画の趣旨をこう説明します。
「生理をめぐる課題の解決には様々なアプローチが考えられますが、まずは女性同士がお互いの生理の違いや多様性を理解し、受け入れ合うきっかけをつくることが、心身ともに生活しやすい社会への一歩となると考えました。
そこで、生理の症状や捉え方が一人ひとり違うということを“生理の個性”という言葉で表現し、広告やWEBコンテンツを制作いたしました」
また、生理に関する正しい知識を伝えるこれまでの取り組みも強調しています。
「ロリエの発売当初より約40年間、小学校に対する初経教育のサポートとして、女性の身体と男性の身体についての正しい知識を伝える活動をしています。冊子を配布することで、小学生の保護者の方にも読んでいただけるものになっております」
さらに「今後は『男性の生理理解』を促進するなど、社会全体に働きかけていくことも考えています」としています。
そのうえで、「今後とも皆さまから寄せられたお声に耳を傾け、本企画の目的である、生理の多様性を理解し、受け入れ合うことで、心身ともに生活しやすい社会を作ることに努力してまいります」としています。
なお現時点では、批判を受けて企画を変更したり打ち切ったりする予定はないということです。
いったい、花王のプロモーションの何が批判を招いたのでしょう。
「生理用品の社会史」の著作がある歴史社会学者の田中ひかるさんは、「女性たちの実態にそぐわない取り組みだった」と指摘します。
田中さんによると、長い間、生理用品の購入や生理に起因する体調不良などは、「個々人が内々に解決すべき問題」とされてきましたが、ここ数年、「社会的な問題」としてとらえられるようになってきたといいます。
「背景には、世界的な『生理の平等化』(生理をタブー視せず、生理のある誰もが生理用品を入手できる状態にすること)の動きや、女性用品市場の拡大、女性の不満が可視化され共有されるSNSの普及などがあります。
この急速な変化のなかで、生理痛や月経前症候群(PMS)の有無、症状の軽重には個人差があるということが、常識になりつつあります。治療法も存在し、生理自体をなくしてしまうことも可能となりました。実際、治療をしないと仕事ができないほど生理痛が重い人もいます。
『個性』という言葉は、『個性だから受け入れよう』というふうに聞こえてしまいますが、今は上手に対処法を取捨選択しコントロールしようという考え方も出てきており、むしろそのための情報が求められているといえます。
『個人差』『コントロール』そして生理痛や月経前症候群への対処法や生理用品などの『選択肢』といったことが今では、生理を考えるうえで不可欠です」
「生理についてのコマーシャルやキャンペーン、パッケージについても、従来のような『キラキラ』したものから、現実的なものにシフトしていく方向にあります。
生理用ナプキンが初めて登場した1960年代は、それまでの『不浄視』を払拭(ふっしょく)するために、キラキラしたコマーシャルが必要でした。
その後、十年一日のごとく、同じ傾向のコマーシャルが流れてきましたが、ここ5年ほどの間に『現実的ではない』という声が上がるようになってきました。
今は、生理観の過渡期なのだと思います。それが今回の批判に表れてしまったのでしょう。
しかし、今回のように、生理について大勢の女性たちが気持ちを吐露したことで、さらに生理をめぐる状況が改善していくのではないでしょうか」
そのうえで田中さんは、男性を含む社会の側の意識も重要だと指摘します。
「女性が働きやすい環境づくりのためと称して、実社会ではなかなか言い出しにくい『生理休暇』を奨励するのではなく、たとえば更年期障害の女性や、それ以外の男性もそれぞれの体調に応じて取得できる休暇制度を企業で導入するなど、多様性を包摂するような、社会の側の理解深化と制度設計が求められるのではないでしょうか」
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