マンガ
「人間やめるなら タヌキにならねーか?」疲弊する現実、癒やす漫画
「疲れてんだろう?」
「人間やめるなら タヌキにならねーか?」――。生きることに疲れ切った女性を呼び止めて、「スカウト」したのは、なんと、一匹のタヌキだったという漫画がツイッターで話題になっています。女性へ、タヌキが伝えたかったメッセージに、「ジワッと響く」「私も狸になりたい」と共感が広がった漫画の作者に話を聞きました。
タヌキの言葉に、女性は、思わず「うん」と返事をします。「わたしほんとうに疲れてる……」
半信半疑の女性にお構いなく、タヌキは「そんじゃあ今日からタヌキな」と宣言。
あっという間に、女性は「変化の術」でタヌキの姿に変わります。
「タヌキが山にいねーんだ」「みんな人間になりたがってよ」
山道で、タヌキはスカウトの理由を話します。
女性はふと質問します。「私はタヌキになって何をしたらいいんでしょうか?」
タヌキは一瞬、絶句しつつ、「とりあえず太った方がいいな」「たくさん食べて肉つけてふかふかの毛を生やせ」
それ以外にも、水飲み場の場所、狩りの仕方、穴の堀り方……生きるために覚えるべきことはたくさんある。「超いそがしーわ」とタヌキは話します。
タヌキのその言葉に、女性はふっと笑ってしまいます。
女性は、周りの環境に気づき始めます。山をサワサワと吹き渡る風。「野山のいい匂い」
川の水を一口含むと、女性は夢中で水を飲み始めます。その間、脳裏には、こうこうと光るパソコン画面を見つめながら、水も食事もただ「体に流し込んでいた」、人間の時の自分の姿がよみがえります。味を感じる余裕もなかった――。
「おいしい すごくおいしいです」
人間の時には、空気の匂いも水の味も、「全部忘れていた」ことに気づきます。
同時に、踏切に入ろうとしていた自分の姿がよみがえります。
「頑張って生きてるつもりだったけど」「死ぬ前から死んでたんですね」
「もう頭の中が死んでたから……」
あのときは、自分が死ぬことへの恐怖すら感じることができないほど、疲れ切っていたことに、女性は気づきます。
自分がしようとしていたことを思い出し、震えが止まらなくなる女性。
「怖くて……」
涙をこぼす女性は、いつの間にか、タヌキから人間の姿に戻っています。
傍らには、「術」がとけて人間の青年になった「タヌキ」が笑いかけます。
「死ぬのが怖い」「水がうめえ」「それでいい」
「当たり前の感覚が戻ってくると……人間に戻っちまうんだ」
そう言って、青年は満足げにほほえむのでした。
話はさらに、続きます。青年が人間の世界(街)まで送ろうとしますが、女性はとっさに「帰りたく……」と念じます。そのとたん、女性の姿は、またタヌキに逆戻り。
タヌキでいることが気に入った女性。
そして、女性はときどきタヌキ、ときどき人間として、野山をかけまわっている、というところで物語は終わります。
漫画には「こっちの世界に行きたいなぁ」「タヌキになりたい」と癒やされる人が続出しました。
女性の境遇に身を重ねつつ、思いを共有する人もいました。
「普通のことを普通に幸せだと感じる感覚が死んじゃう」
「現実に疲弊した人間の逃げ場所として、こういう世界があったらいいな」
作者の奈川トモさんは、反響が広がる中、「とてもうれしい感想を頂けて、大変励みになりました!」とコメントを寄せました。
奈川さんによると、タヌキが人間をスカウトするという構想は、実は「2年ほど前から考えていたもの」だったそうです。でも、設定に「華やかさがない」として「お蔵入り」していました。
それを再び作品にしようと考えたのは、新型コロナウイルスの影響で、一変してしまった社会や生活を見つめたからでした。
奈川さんは「最近の自粛生活や仕事への影響など心の余裕がなくなる生活が続き、まずは自分が読んで癒やされるものを……と思って描きました」と振り返ります。
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