連載
#35 #となりの外国人
日本の「孤育て」に頑張らなきゃ 不安抱える外国人ママの「逃げ道」
子どもが不自由なく暮らせるようにしたい、でも何が子どもにとって良いのだろう……。そんな親の願いや、モヤモヤは万国共通です。育った国で「エリート教育」を経験し、情報が渦巻く日本で子育てに向き合う外国人のお母さんは、あるきっかけで価値観を変えていきました。「成功よりも大切なことがあるのかもしれない」。お母さんがたどりついた、子育てを追い詰めないための逃げ道を聞きました。
東京近郊に住む30代の王琳(ワン・リン=仮名)さんは、日本の企業に勤務しています。
王さんは、高校までは中国の地方都市で過ごしました。より豊かな生活、そして更なる発展を求め、有望な若者は町を離れていきました。成績優秀だった王さんは親の期待を受け、日本留学を決意。その後、日本の有名大学に進学し、就職してから、中国出身の男性と結婚し、日本で生きていくことを決めました。
かつて「成功するなら日本」とエリート教育を受けてきた王さんでしたが、日本で子育てをするなかで、壁にぶつかりました。「本当にこれでいいのかな」。
若い時から日本の生活に馴染んできた夫婦にとっては、家庭内の公用語も日本語というほど、日本での暮らしは自然でした。長男も、生後まもなく日本の保育園に入り、小さい頃は日本語しか話せませんでした。
王さんの考えがゆらいだのは、長男が2歳のとき。若い頃から日本で成功するための教育を受けましたが、この間に中国自体が急速な発展を遂げていました。「中国語ができるようになることが、子どもの命綱になるかもしれない」。
王さんは生活を中国語中心に切り替えることに決めました。家中に中国語で単語カードを貼り、長男には中国語で話しかけるようにし、都内の中国語塾にも通わせています。
自分が描いてきた日本での成功像は、子どもには当てはまらないかもしれない……。漠然とした不安から、情報収集を急ぎます。
都心部の教育熱心なママ友たちの影響もあり、「日本ではお医者さんになれば安泰らしい。将来はお医者さんにしよう」と心に決め、スパルタ教育をした時期もありました。
周りのママから良い習い事や塾の話を聞くと、塾を訪ねて、勉強関連の話を聞き、長男が小学校中学年になると、英語や数学の塾にも通わせました。
長男は公立の小学校に通っていますが、「私立学校の方が管理がしっかりしている」と聞き、中学からは私立に入れたいと考えるようになりました。説明会などで情報収集をしています。
一時は、王さん自身が「受験戦争」に巻き込まれているように見えました。
そんな王さんでしたが、最近、「将来の夢を息子に託したような時もあったけど、でも夢は自分に託したほうが良いと悟った」と話しています。
考えが変わるきっかけになったのは、日本の報道だったそうです。日本でも増える「不登校」や「孤独死」。暗いニュースを目にする機会が増える中で、日本で生きて行く子どもにとっての幸せを考えるようになりました。
王さんは「長男の心が穏やかに、健やかに過ごせること、それから親との関係が良くなることが大切なのではないだろうか。そうでなければ、医者になったとしても意味はない」と考えるようになったといいます。
いまは長男を勉強に追い立てるのではなく、寄り添いながらサポートしていこうとしています。
家族がいない、ママ友が少ない――そんな日本に基盤がない外国人の親だからこそ、その悩みからは、日本における子育ての課題が浮かび上がってきます。
子どもを取り巻く暗い話題は後を絶ちません。
外国出身の親の場合、自分たちが日本で経験した生きづらさも、漠然とした不安を助長する背景にあるのかもしれません。「日本人の子でもいじめられるなら、うちの子はなおさらではないだろうか」と。
中国人の私自身、長男が日本の公立保育園に入ったとき、いじめがあるかもしれないと真剣に悩み、保育園の先生に相談したことがあります。先生は「大丈夫、年齢的にいじめは起きにくいですよ」と親身に説明してくれました。
「私は耐えられたけど、いつか子どもは立ち直れないくらい傷ついてしまうのではないか」。時々焦りもありました。
別の外国出身ママは、息子が通う小学校の先生から、「お子さんが場面緘黙(かんもく)になっているかもしれない」と聞かされ、驚きました。家では普通に話せていたのに、学校では一言も話ができなくなっていたと言います。原因はいまも不明ですが、症状の背景には「不安」もあると言われています。立場が弱い外国人の子どもだからこそ、何らかの影響を受けやすく、不安の状態に陥ってしまったのかもしれません。幸い、先生の気づきから、学校の援助もあって、カウンセリングを受けられるようになり、息子の状況は少しずつ良くなっていると言います。
私たちは日本語ができたため、いちおう相談することができました。そして、まわりの人がたまたま親身になって助けてくれたから、迷いから抜け出せたラッキーもありました。
日本では「自分の力でやり抜かなければ」とがむしゃらに頑張っている親たちが多いように見えます。
子育て支援の制度が整いつつあるから、ママだけ、家族だけで頑張れば子育てを完結させることができます。それは日本のとても良いところではありますが、子育てに関して弱音を吐きにくい空気もあるように感じます。
「日本のお母さんは強い」。例えば、街中で4-5人の子どもたちを連れて歩いているお母さんを見た時、驚きと感心があったと同時に、「私もがんばらなくちゃ」と思ったことがあります。
海外の場合、家族や親戚が子育てをサポートすることが多く、日本に住む外国人の親たちの中には、短期間でも母国の家族を呼び寄せてサポートしてもらったり、コミュニティーを作って友人と助け合いをしている人が少なくありません。
家族を呼び寄せるのは誰でもできることではないため、外国人も日本人も同じ「孤育て」を経験します。もし、社会のなかに本当に親身になってくれる「つながり」があれば、誰でも日々向き合っている迷いの中に、「逃げ道」が作れるかもしれません。
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