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「おしぼりで顔ふき」の謎をガチ検証!マナー違反?脳科学的効果は…
早くも2月、肌寒い日々が続きますね。正月休みの余韻はとうに消え、街は仕事に向かう人々であふれています。最近、新年会で気付の一杯をあおった、なんて方も多いでしょう。乾杯前に手が伸びるのは、ホカホカのおしぼりです。凍える指先を温めたら、つい顔をふきふき……。「おやじ臭い」と周囲から白い目で見られ、縮こまった方もいるのでは?私も最近、初めてやってしまいました。他人事ではないけれど、意外と知らない、あの動作の理由。気になったので、徹底的に調べてみました。(withnews編集部・神戸郁人)
1988年生まれで、30歳の私。三十路に突入して間もなく、20代の頃と変わらぬ気持ちで日々を送っています。……いや、正確には、そう思っていました。
今年の三が日、両親と食事をしました。会場は実家近くのしゃぶしゃぶ屋です。一人暮らしの私は、しばらくぶりの家族との再会を楽しみにしていました。
個室の扉が開き、店員さんが持ってきたおしぼり。ほわっと立ち上がる湯気に魅入られ、私は手をふくのもそこそこに、気づけば顔にあてがっていたのです。
「あっ!」。小さく声をあげたものの、時既に遅しです。すぐに「一線を越えた」という自責の念が押し寄せてきます。その後の会話は、ほとんど記憶に残っていません。
帰宅後、母からラインでメッセージが届きました。
「いつの間にか大人になったね!」
それまで親に見せたことのなかった、「おしぼりで顔をふく」という行為への評価が含まれているのは明らかでしょう。
戦慄(せんりつ)すると同時に、私は一つの決意を固めました。
「こうなったら、動作の根拠を解明するしかない」
そしてヒントを求め、街に繰り出したのです。
おしぼりと聞き連想するのは、やはり飲み屋。飲み屋といえばサラリーマン、サラリーマンといえば新橋。1月下旬の金曜日夜、JR駅前にある「SL広場」でインタビューしました。
「あれ、気持ちいいんだよなぁ」。一人で「ポケモンGO」を楽しんでいた、40代後半の男性会社員は目を細めます。
いて付く冬場の宴会では、温めたおしぼりを手に取ると、つい顔をふいてしまうそう。逆に「汗をかく夏場は、欲求が起きない」と言います。
一方、会社の同期同士で、飲み会への道すがらという40代の男性2人組は、「基本的にふかないようにしている」と苦笑気味です。
「就職して間もない頃、頭までふく人を見たことがあって。それ以来、やろうとは思いません。やっぱり、おやじ臭いよね……」
若者はどう考えているのでしょうか?会社の新年会を控え、同僚を待っていた男性(23)にも聞いてみました。
「仕事先や上司など、年上の人と飲むことはあります。顔をふく人がいるかというと、たまに見かける程度。僕もやりません。やはり『おじさん』のイメージでみられるのが嫌です」
ちなみに、私が禁を破ってしまったと打ち明けると、「30歳になるまで絶対ふかないようにします!」
……思わず渋い顔になりましたが、否定的な評価が多いことは分かりました。
そもそも、なぜ居酒屋でおしぼりが出されると、顔をふきたくなるのでしょうか?
調べてみると、ネット上に「大脳生理学的には、温かなおしぼりがいやし効果をもたらす」との一文があるではありませんか!
早速、公立諏訪東京理科大学(長野県茅野市)の篠原菊紀教授(脳科学)を取材しました。
「まだ十分に分かっていませんが、おしぼりで顔をふく時の温度上昇と、なでられた時の心地よさを結びつける受容体が存在する、と考えられます」
受容体とは、体の内外からの刺激を受け取る器官や細胞を指します。篠原教授によると、反応していると思われるのは、母親になでられた感覚に関わる部分。つまり、ぬくもりが生理的な安心感を生み出している可能性があるのです。
さらに脳は、「おしぼり=温かくて気持ちいいもの」ということを覚えます。すると居酒屋に行くたび、記憶と運動を結びつける「線条体」という部分が作用。その結果、お店に入っただけで、おしぼりが恋しくなってしまうといいます。
確かに、温かいおしぼりを顔に当てると、何だかホッとします。おしぼりへの思いは、人間の生態と深く関わっていたのです。予想外に壮大な話になってきました……!
篠原教授によると、顔ふきが「おやじ臭さ」と結びつく理由も、脳の働きから説明できるといいます。
脳の前方に位置する「背外側前頭前野(はいがいそくぜんとうぜんや)」と「下前頭回(かぜんとうかい)」という部位は、人間の行動の制御に関係しています。
これらの機能は、40歳前後を境に低下。特に男性の場合、その下げ幅が定年後から大きくなるといいます。
お酒を飲むと、気が緩みやすくなり、中高年男性ほどおしぼりで顔をふく率が高まります。いわば、「脳のブレーキ」がきかなくなるのです。
「若年男性、女性では、その行為に脳による抑制がかかる。一方、中年男性では文化的に認められた感があり、解放されるのかもしれません」
メカニズムが分かったところで、現場の受け止めが気になってきました。居酒屋の関係者は、あの動作のことを、どう捉えているのでしょうか?
店舗の全面禁煙化などで話題となった、チェーン店「串カツ田中」を運営する串カツ田中ホールディングス(東京都品川区)の広報担当、永瀬もなみさんに聞いてみました。
同社では2016年、店舗で提供する布製おしぼりを、紙製のものに転換しました。永瀬さんによると、お客さんからの要望が理由だったそうです。
「私たちのお店には、女性やお子様も多くいらっしゃいます。以前から、おしぼりについて衛生面を気にする声が上がっていたんです」
布製おしぼりはレンタル品です。使い終わると専門業者に回収してもらい、洗浄した上で再利用します。そのため、使い回しを嫌がる人が少なくありませんでした。そこで、使い捨て可能な紙おしぼりに置き換えたのです。
おしぼりで顔をふく人がいたことも要因ですか――。そう永瀬さんに問うと、実態はよく分からないとしつつも「清潔感(を気にする)という点では、少なからず(要因に)含まれているかと思います」と教えてくれました。
国内外の全218店舗で、お客さんが顔をおしぼりでふく姿は、ほとんど見られないそうです。薄くて破れやすい紙製のものでは、さすがにやりづらいのかもしれませんね。
あの動作が嫌われる背景には、「マナー違反」とされていることもあります。そこで、納品・回収する業者側にも意見を聞いてみました。
「実を言うと、ご法度ではありません」
布おしぼりの関連事業者でつくる、「全国おしぼり協同組合連合会」(名古屋市)の山口高広理事長は、そう強調します。
山口さんによると、おしぼりの起源は諸説ありますが、江戸時代に普及したとの見方が有力なのだそうです。
旅人をもてなす旅籠(はたご)では当時、水に浸した手ぬぐいを利用者に提供していました。中には顔や首の汗をふき、疲れをいやす人も。これが形を変え、おしぼりとして現代に受け継がれたといいます。
リフレッシュに役立てるという点で、顔をふくのは、むしろ正統的な使い方と言えそうです。
「ある取引先の飲食店では、お客さんがトイレから戻る度に、温かいおしぼりを渡していると聞きました。手や顔をふくことで、気持ちを新たに、店での時間を楽しんでもらいたい。そんな思いを込めているのではないでしょうか」
とはいえ近年は、安価な紙製おしぼりの流通量が増え、布製のものは需要が減少。イメージの低下も相まって、連合会が本部を置く愛知県では、納品業者が倒産するケースもあるそうです。
山口さんは語ります。
「飲み会前におしぼりを使うのは、神社での参拝前に手を清めるようなもの。回収した布は、国の基準に基づき殺菌・消毒されています。ぜひ、気軽にふいて頂きたいものです」
「おしぼりで顔をふく」という動作は、時代の流れとともに、少しずつ見られなくなっているようです。しかし、社会通念だけでは計れない、独特の「魔力」があると感じます。
先述の永瀬さんによると、串カツ田中ホールディングスの、ある20代男性社員も、布おしぼりを出す居酒屋では顔をふいているとのこと。案外、見えないところでやってしまう人は、多いのかもしれません。
顔におしぼりを押し当てても、自分を卑下する必要はない。むしろ「人間らしい」と思っていいのだ――。取材を通じ、三が日の自分の背中を、力強くたたいてやりたい気持ちになりました。
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