地元
コスプレ推奨する美術館の「大まじめ」な狙い 運営は大塚グループ
コスプレがアニメの世界だけだと思ったら大間違い。ゴッホやフェルメールなど「名画」になりきるコスプレが楽しめる美術館があるという。鳴門海峡を望む山をくりぬいた場所に立つ大塚国際美術館。清涼飲料水「ポカリスエット」やオロナミンCで知られる⼤塚製薬を中心とした大塚グループが運営しており、年間約40万人が訪れている。いったいどんなコスプレが生まれているのか?(朝日新聞徳島総局記者・佐藤常敬)
大塚国際美術館は、すべての作品が陶器の板で作った複製画のため、触ったり、作品と写真を撮ったりといった「鑑賞」ができるのが他の美術館にはない魅力でもある。
中でも「アートコスプレ」は人気のイベントだ。来館者は、お気に入りの名画に登場する衣装を着て、作品の陶板画や、それぞれの絵画の背景を大きくした特製の壁紙の前で記念撮影ができる。
陶板画と一緒に撮った写真をSNSにアップできるのも複製品ならではの楽しみ方。ゴージャスなお姫様のドレスを着て、絵画をかたどった壁紙を背にポーズをきめれば、専用のゴーグルをはめなくても仮想世界を体験できる究極の「バーチャルリアリティー(VR)」というわけだ。
美術館は今年3月、開館20周年記念事業として、ゴッホが描いた花瓶の「ひまわり」7作品の陶板複製画を原寸大に再現し、一堂に鑑賞できる展示室を新設した。年間を通してゴッホを中心に特別イベントを展開しており、今夏のコスプレのテーマもゴッホの作品を中心に開かれている。
ゴッホの「ジャガイモを食べる人々」「麦藁帽子の自画像」「種まく人」「子守唄(ルーラン夫人)」「オーヴェールの教会」「ガシェ博士の肖像」、そして、代表作「ひまわり」など20作品37着が用意されている。
7月下旬、絵画をイメージした特製の壁紙をバックに関東から来た女性の二人組が銀色のワンピースを持って「え~? これなに」、「まさか建物!」と盛り上がっていた。
富沢京子学芸員がすかさず「ゴッホのオーヴェールの教会のコスプレです」と話しかける。
作品はゴッホが最期を過ごしたパリ郊外の村にある古い教会を描いたもので、衣装は、土台のワンピースに教会の窓や屋根をかたどった生地が細かくつながったデザインで、洋服を着て手を広げると絵のような教会に変身するという趣向だ。
コスプレ姿をスマートフォンのカメラで次々と写すと、埼玉県の佐々木祐子さん(39)と神奈川県の岩崎紀子さん(48)は「まさか名画になれるなんて。やっているうちに熱中してくる。絵になったということもネタにできる」とにっこり。
コスプレは2013年、夏休みの子ども向けの体験企画として始まった。今では子ども以上に大人が楽しめるイベントになっている。
フェルメール「真珠の耳飾りの少女」の陶板画と同じフロアにある、常設のコスプレコーナーには、ターバンや耳飾りが置かれる。額縁も作品のあるオランダの美術館に本物に似せており、休日には行列ができる人気ぶりだ。ふっとこちらを向いたポースをきめると、順番待ちの人の視線を受ける。鑑賞される絵画の気分を味わうこともできる。
昨夏は「アートコスプレ・フェス」と題し、古代ローマの剣闘士や印象派ルノワールの「ムーラン・ド・ラ・ギャレット」、ピカソのキュービスム(立体派)作品「窓辺に座る女」など15作品の衣装を用意した。
人気の秘密は作品の世界に入り込める体験にある。今夏はコスプレして絵の中にさらに没入できるようにそれぞれの作品を模した特製の壁紙を複数用意した。来館者は壁紙を背景にポーズをきめ名画になりきる。
富沢学芸員は企画の狙いを「コスプレを通して絵と対話をする感覚ですかね。例えば衣装を着て写真を撮るのにポーズはどんな形だっけとか絵をよく鑑賞する。そのことが絵をより深く知るきっかけにもつながる」と話す。
衣装の製作を手がけるのは、京都造形芸術大学(京都市)でファッションを専門に勉強する空間演出デザイン学科の学生たち。
衣装はどれもスナップボタンや両面ファスナーを使い服の上から簡単に着脱できる。サイズもゆったりめで、老若男女が着られるのも特徴だ。画集や文献を見て作品により近い衣装作りを心がける一方、時に絵画よりも強めの鮮やかな色の生地を使ったりしている。
作品と一緒に写真を撮ってSNSにアップするのを想定し、人物が飛び込んでくるような印象を持ってもらうなどの工夫をする。
7月上旬、京都市左京区の大学で開かれた発表会に参加した。教室に入ると空間演出デザイン学科・ファッションデザインコースの4年生10人と卒業生1人が制作した衣装が登場した。
服飾を専門にする美大生ならではのアイデアが随所に光る。
「ジャガイモを食べる人々」は、一日の仕事を終えた農民が、細々とともるランプの下で収穫したジャガイモを食べようとしている様子が描かれている。黄色など明るい色彩の印象が強いゴッホにしては暗く重いタッチの作品で、暗がりの農民たちの衣装の色は分かりにくい。
担当した松下桃子さん(22)と森千夏さん(22)は、ゴッホの文献から「暗い水せっけんの色」というイメージを引き出し、オランダの民族衣装の資料なども参考に自分たちなりの色を見つけていったという。
大塚製薬は徳島県鳴門市発祥の企業。
もともとは、セメントの原料として安価に取引されていた鳴門の海砂を建築用タイルに加工して新ビジネスにつなげようとしたが、第1次石油危機が起き、建設需要が見込めなくなり方針を転換した。
大塚グループの実質的な創業者、故大塚正士氏が陶板で美術品を作ろう、とのアイデアを形にした美術館だ。
コスプレをしたり、館内で歌舞伎をやったりと美術館らしからぬイベントを年間通して連発しているが、やっていることは大まじめ。
今年3月には、ゴッホが描いた花瓶に生けられた「ひまわり」全7作品を一堂に集めた。本物は世界各地の美術館や個人のもとに分散している。深い藍色の壁3面に、7枚が並ぶ。7枚目のひまわりの隣には、ゴッホが敬愛した画家ゴーギャンが、ひまわりを描くゴッホの姿を描いた作品もありゴッホ愛好家には心憎い演出だ。
館内を見ていると、コスプレして絵に没入したときのテンションは明らかに違っている。原画以上に夢中になれるコスプレ名画巡りの小旅行にぜひ一度、来てアートを遊びつくしてみては。
◇
大塚国際美術館(088・687・3737)は原則、月曜休館。入館料は一般3240円、大学生2160円、小学・中学・高校生は540円など。アートコスプレは10月28日まで。
1/17枚