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「バク転」レッスン謎の教室、大人たちが通う「すてきな理由」
「バク転」をしたい大人が夜な夜な通う教室があるそうです。後ろに跳んで、床に両手をついて宙返りをするアレです。外国語や料理、ITスキルなど習い事は数あれど、日常生活ではまず役立つと思えないバク転。みんな、なんで習ってるの?
大阪市内にあるアクロバット教室「パワーアーツ」を訪ねました。バレーボールコート2面分ほどの広さの室内には、ぴょんぴょん跳びはねたり、次々とアクロバットを決めたりするジャージー姿の一団が。
生徒は体操選手のように筋肉ムキーッな人ばっかり? と思いきや、そうでもないようで。こう言っちゃ何だけど、パッと見はバク転と結びつきそうもない方ばかり。レッスンを終え、スーツ姿で帰路につくサラリーマンの姿もありました。
ここではバク転以外にも、アクロバティックな動きで障害物を乗り越える「パルクール」、天井からつるされた布に体を巻き付けて踊る空中ダンス「エアリアルティシュー」など、いろんなジャンルを習えます。
「会員は3歳から70代の方まで、3200人以上です」。教えてくれたのは、代表の杉本佳美さん(50)です。教室は、ユニバーサル・スタジオ・ジャパンのダンサーだった杉本さんが、パートナーと一緒に2004年に始めました。
バク転のレッスンは、筋トレや壁倒立、ブリッジから始まり、インストラクターに補助してもらっての反復練習へ。数時間で出来る人もいれば、3、4年かかる人もいるそうです。ただ、「あきらめなければ、ほとんどの方が出来るようになります」と杉本さんは言います。
生徒さんたちに話を聞いてみました。
会社員の藤井理加さん(47)は昔から、ジャニーズの少年隊のファンで、バク転に憧れていたそうです。2人の子どもの母親でもある藤井さん。「仕事と育児でテレビを見る時間もなかったけど、娘が中学生になって一緒にテレビを見ていたとき、アイドルがバク転しているのを目にして、思い出したんです」
「43歳だったら、ギリギリいけるんちゃうか」と、4年前に一念発起。いまでは、教室の日は「絶対ノー残業」というほどのハマりっぷりです。「なんとなく過ぎていた毎日が、いまは楽しくてしょうがない」と話してくれました。
若い人には負けられない。そんな思いを抱いていたのは、理科と数学の中学教諭だった暮橋雅之さん(65)と、自営業の西田泰敬さん(54)です。
暮橋さんは昔、教え子がバク転するのを見て「自分にもできると思った」そうです。定年を迎え、ようやく挑戦できるようになったのは昨年のこと。「首の骨折ったらどうするんや」と奥さんに止められているものの、いまも月2回のペースで通っています。
「体のバランスが良くなったからか、つまずくこともなくなりました」。シャンと伸びた背筋は、練習で身についた筋肉のたまもの。1月からはフィットネスジムにも通い始めました。
西田さんは「息子の前でできたらカッコイイな」と、教室へ。「最初は当然いちばんヘタで、すぐに帰りたくなった」そうですが、まわりに励まされながら、ブリッジ、壁倒立と、一つずつ出来ることが増えていきました。
いまは「ちょっとしたことでも、できるとうれしい。新しい自分に気づけるんです」と笑顔がこぼれます。ちなみに高校3年生の息子さんは西田さんのバク転を見て、「ちょっとだけすごいとこあるやん」と言ってくれたのだとか。
高校2年生の岩谷愛友星(あゆせ)さん(16)は、トランポリンの競技選手からの転身。もともとバク転はマスターしていましたが、競技でスランプに陥って悩んでいたとき、気分転換のつもりで通い始めました。
「ここでは自分より年上の人も話を聞いてくれるから、話すのが楽しくなったし、視野が広がった」と岩谷さん。「ハリウッド映画のアクション女優になりたい」という夢もみつかったそうです。
バク転と聞くと、「自分にはできないだろう」と決めつけたり、「やってどうなるの?」なんて計算が先に立ったりしそうです。ところが教室で汗を流していたのは、「新しい自分」との出会いを純粋に楽しんでいる人ばかり。取材を終える頃には、みなさんのキラキラっぷりに憧れるようになっていました。
「どうです、岡田さんもやってみます?」
とんでもないことをサクッと聞いてくる杉本さんに若干ビビリつつ、めくるめく妄想に気持ちが傾きます。
バク転ができたら、毎度無難に終わってしまう異動のときの自己紹介も、テッパンでウケるだろうな。忘年会の余興にも困らないだろうな。普段ぼけーっとしてると思われがちだけど、「ゆるキャラ」認定も返上だな……。思わず、体験レッスンを申し込んでいました。
「壁倒立1分とブリッジができれば、まず大丈夫ですよ」。いっぷん……!? 杉本さん!それ、先に言うやつ!!
早くも無謀な気がしてきましたが、さてさて、結果やいかに。
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