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全国から注目「移住ドラフト会議」 「誰か来ては誰も来ない」が原点
プロ野球のドラフト会議、みなさんご存じですよね。欲しい選手を、球団側が指名し、指名者が重なった場合は抽選で決めていく、ドキドキのあれです。鹿児島で、このしくみを使ったあるイベントが市民団体によって開催され、他府県からの注目を集めました。その名も「移住ドラフト会議」。移住とドラフト会議? 一体どういうイベントなのでしょうか。(朝日新聞鹿児島総局記者・島崎周)
「移住ドラフト会議」とは、移住希望者と受け入れ地域をつなぐ鹿児島発祥のマッチングイベントのこと。「指名されても移住しなくてよい」と参加のハードルを下げながらも、過去2回の開催で約1割が実際に移住したそうです。他府県の移住支援の団体からも注目を集め、11月には東京で全国版が開催されることになりました。
今年3月、鹿児島市のホテル。2回目の「移住ドラフト会議」は野球の試合開始のサイレンでスタートしました。「球団」は、まちづくりに取り組む各地の民間団体。「選手」は、SNSや口コミなどで募った移住希望者です。前日のプレゼンで自分自身を売り込んだ選手たちを、球団が順に指名していきます。
司会者が封筒から選手の名前が書かれた紙を取り出し、球団ごとに読み上げていきます。指名が重なると「お~」とどよめきが。くじ引きで意中の選手を引いた球団の代表は思わずガッツポーズ。指名が決まると、1年間の「独占交渉権」を獲得できるしくみです。
移住とドラフト会議を結びつけたユニークなイベントは、移住支援団体「鹿児島移住計画」(鹿児島市)が2016年から始めました。
キーパーソンは、同団体の代表、安藤淳平さん(35)。安藤さんは、福島県出身で、4年前に鹿児島に移り住んだ移住者でもあります。
「住む場所や仕事というより、まず漠然とした不安があった」と安藤さん。自身の経験から、移住に大切なのは「自分のやりたいということについて一緒にやろうと言ってくれる人、自分のことを必要と言ってくれる人がいるか」だと感じていたそうです。
ドラフト会議の元となる考え方は、鹿児島市内の人材紹介会社で中小企業の採用支援をしていた時に生まれました。担当していたのがUターン、Iターンの採用です。どの企業も「人がいない」と嘆くものの、「どんな人が欲しいんですか」と聞くと、「いい人が来てくれたら」などと言うだけで具体的なイメージを持っていなかったそうです。
「企業にとって、人材確保は戦略的なものであるはずなのに、そんな当たり前のことが地域のなかで意識されていませんでした」
移住者について、「誰か来てくれたらいい」というスタンスではなく、その地域は10年後どうなっていたいのか、そのために必要な人はどんな人なのかを、考えてもらいたかったといいます。
その後、移住を後押ししようと立ち上げた「鹿児島移住計画」のメンバーと語り合う中で浮かんだのが、未来の担い手を真剣勝負で指名するドラフト会議でした。
「自分たちが機会をつくるから、未来の担い手を一緒に考えましょう」と、受け入れ地域に呼びかけたそうです。
エンターテインメント性があるのも、ドラフト会議の大きな特徴です。「移住というと、覚悟を決めなくてはならない重たいイメージがあるけれど、楽しさや面白さを感じてもらうことでポジティブに考えてもらえれば」と安藤さん。参加者には必ず「指名されても、移住しなくてもいい」と伝え、じっくり考えてもらうようにしています。
昨年4月と今年3月に開かれた2度のドラフト会議の参加者は計約80人。うち8人が実際に移住しています。
昨年11月に東京都から鹿児島県南九州市に移り住んだウェブデザイナー、前迫昇吾さん(27)は鹿児島市出身。友人からの誘いで軽い気持ちで参加しましたが、南九州市頴娃(えい)町のまちおこしNPOから3位指名され、「自分が求められているということが伝わってきて、素直にうれしかった」。町をたびたび訪れるようになり、市が募集していた地域おこし協力隊に採用されました。
観光サイトづくりなどに関わり、地域の人と距離が近い「血が通った関係」が気に入っているそうです。「今までやってこなかった仕事もできる。ドラフト会議は地域と深くつながれるきっかけをくれた」と話しています。
「いつか地方に移住したい」と思っていた東京生まれ東京育ちの森本健太さん(26)は、桜島のNPOに4位指名され、今年6月に桜島のふもとに移住しました。
「指名されるとは思ってなかったので驚きました」と森本さん。会議の後、桜島を何回か訪れるうちに、指名されたNPOの仕事に興味が沸き、活火山のふもとに住むことへのワクワク感も募って移住に踏み切りました。今は複数の仕事をかけ持ちして生活しているそうです。「ドラフト会議で自分が何をやりたいのかより鮮明になった。桜島が面白い所だと言えるような場所にしていきたい」
一風変わったイベントは、すぐに他府県の移住支援団体の注目を集めました。今年1月、各地のメンバーが集まった会合では「発想が面白い」「自分の地域でもやりたい」などの声が続出したそうです。「移住への思いが強くなくてもいい」というところでハードルを低くし、一方で、指名後の交渉を通じて移住前から相手が地域と深いつながりをつくりやすい点などが、地域側からも共感を集めました。
そして、東京で11月26日に全国版「みんなの移住ドラフト会議2017 オールスターゲーム」を開くことになったのです。札幌から沖縄まで全国17地域が集まってつくった「みんなの移住計画」が主催します。
東京での会議に参加するのは、北海道、岩手、京都、奈良、山口、福岡、大分、熊本、宮崎、鹿児島、沖縄と、公募する1つの地域を含めた12地域です。地域のまちづくりに取り組む民間団体だけが「指名球団」になれるというルールは全国版でも踏襲されます。8月のキックオフイベントでは、移住に興味を持つ約80人が参加したそうです。
「今住んでいる所に、一生住み続けると思っている人はいますか」
司会者がそう問いかけても、手を挙げる人は誰もいませんでした。「そうですよね! じゃないと、このイベント来ていないですよね」と司会者が言うと、どっと笑いが起きました。
何事も本音でという姿勢は、イベントでの「移住大喜利」のコーナーにもあらわれていました。各地の移住計画のメンバーに出されたのは、「こんな移住者は嫌だ」というお題です。答えは…
「自分の考えにこだわりすぎる人」
「都会暮らしに疲れたという理由だけで移住する人」
参加者からは「どういう町だったら戻ろうと思ってもらえるのか」といったお題も出されました。
イベントに参加した東京都のデザイナー、小西景子さん(39)は、仕事をきっかけに奈良県の人と交流が始まり、数カ月に一度通うようになりました。「すごいペースでいろんな人とつながりができて、こんな感じは東京で味わえません」。
2箇所に拠点を置く生活も視野に入るようになりましたが、「移住」に関する周囲の考えが気になって参加したといいます。「自分にはその地域で何ができるのかなと、改めて考えるきっかけになりました」と話し、移住ドラフト会議への参加も検討中とのことでした。
「京都移住計画」(京都市)の代表で、「みんなの移住計画」代表を務める田村篤史さん(33)は「移住というキーワードにひっかからなくても、ドラフトって何だろうと思う人にはぜひ参加してもらいたい。移住を考える入り口になり、生き方の選択肢が増えれば」と話しています。
参加希望者は10月1日までにみんなの移住計画のホームページ(https://minnano-iju.com/draft2017/)から登録。面談を経て36人が選ばれます。前日の11月25日には前夜祭が予定されています。問い合わせはみんなの移住計画のホームページへ。
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