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世界中から「独立」を反対される民族 クルド人がこだわる「悲願」
中東のイラクで、少数民族のクルド人が25日、独立を問う住民投票を行います。ところが、ほとんどすべての国が「中止」や「延期」を求め、ふだんは意見の対立しがちなアメリカとロシア、サウジアラビアとイランも投票反対で足並みをそろえました。中東の4カ国を中心に計3000万人とされる人口を抱え、「国なき最大の民族」と言われるクルド人の悲願を目指す動きは、なぜ支持されないのでしょうか。(朝日新聞国際報道部・神田大介)
わたしはアメリカが「イスラム国」(IS)に対する空爆を始めた2014年8月、イラク北部のクルド人地域の中心都市・アルビルを訪ねたことがあります。
入国管理官がパスポートに押した青いスタンプには、英語で「イラク共和国 クルディスタン地域」の文字。
日本人のイラク訪問にはビザが必要ですが、クルド人がイラク北部につくる「クルディスタン地域政府」(KRG)の領内ならビザなしで入れます。KRGが独自に国境を管理しているからです。
バグダッドを首都とするイラクの中央政府とは別に、KRGには大統領と首相がいて、省庁、大臣、議会があります。アメリカ、ロシア、ドイツなど13カ国とEUに在外公館を持ち、独自に外交。石油がたくさん採れるので、経済的にも自立しています。
警察や軍も自前。ペシュメルガと呼ばれる軍は、2014年ごろから勢力を伸ばしたISとの戦闘で最前線に立ち、イラク北部でISの勢力を弱める原動力となりました。公用語はクルド語で、テレビ局や新聞などのメディアもあります。
人口85万人というアルビルの街は、大型ショッピングモールが立ち並び、生活水準は中東でもかなり高い様子でした。テロの頻発するイラクにありながら治安も良好です。目立つのはトルコ資本の企業でしたが、アメリカも領事館を置き、企業が進出しています。スーパーを覗くと、イランやサウジアラビア製の商品も並んでいました。
日本も今年1月に領事事務所を開設。大きなトヨタのディーラーもあります。
KRGのバルザニ大統領はアメリカの新聞ワシントン・ポストに寄稿し、「イラク(中央)政府はクルド人を下に扱ってきた」と不満を表明。独立を目指す理由だとしました。
政治、経済で中央政府からは様々な制約を受けているといいます。何より、一つの民族が一つの国家を持つ「民族自決」は、1960年代には国際的に認められていた権利。
住民投票は、独立に賛成する票が圧倒的多数を占めるだろうと予想されています。
中央政府は投票に反対。「軍事的に介入する用意がある」(アバディ首相)としているほか、最高裁判所が投票の一時停止を命令しました。
それだけではありません。アメリカは15日の声明で「挑発的で地域を不安定化させるものだ」として「支持しない」と表明。
トルコのエルドアン大統領は19日、投票が行われればKRGに「制裁を科す可能性がある」と強く警告しました。トルコ軍は18日、KRGとの国境地帯に戦車などを展開し、軍事演習を始めています。
このほか、イランも反対、サウジアラビア、イギリス、フランスが「延期」や「慎重な対応」を要請。ロシアのペスコフ大統領報道官も「(中東地域での)領土の保全を支持する」と述べ、独立は好ましくないという考えを示しました。
さらには国連のグテーレス事務総長も17日の声明で、「いまこの時点での住民投票は、ISとの戦いを損なうものだ」と自制を促しています。
なぜここまで反発されるのでしょうか。
一つは、今のところイラク国内のクルド人の間で広がっている独立への動きが、隣国にも広がる可能性があること。
もう一つは、イラク国内を含めて、同じクルド人と言っても決して一枚岩ではなく、紛争を引き起こす恐れがあることです。
クルド人が主に住む地域、「クルディスタン」はイラク、トルコ、イラン、シリアの4カ国にまたがっています。このほか、ヨーロッパを中心に全世界に移民や難民がいて、日本にも埼玉県だけで1200人以上が住んでいるとされます。
統計によって諸説ありますが、合計で3000万人にのぼると言われる人口は、オーストラリア(約2460万人)や北朝鮮(約2550万人)より多く、マレーシア(3220万人)やカナダ(3660万人)に迫る規模です。
しかし、この地域ではアラブ・トルコ・ペルシャ(現在のイラン)という、クルド人よりもさらに規模の大きい3民族が入れ代わり立ち代わり帝国を築き、はざまにあるクルディスタンは独自の国を持ちませんでした。
ただ、大きな帝国の支配下にある間は、クルディスタンはその地域の一つと位置付けられ、おおむね一体性を保っていました。ところが、第一次世界大戦(1914-1918)でオスマン・トルコ帝国が敗れると、イギリス・フランスを中心にオスマン帝国の領土が分割され、クルディスタンも分かれました。
KRGはまずイラクから独立し、次に4カ国に分かれているクルディスタンを一つに統合する狙いがあるのではないか。既に幅広い自治を認められているKRGがあえて独立を問う住民投票に出ることに対し、トルコやイランはそんな心配を強めています。どの国も、領土が減るのは困るからです。
シリアでも2016年3月、クルド系組織「民主統一党」(PYD)が一方的に自治区の設立を宣言しています。シリアのアサド政権は認めていません。
一方、KRGに住むクルド人の中にも、今回の独立を問う住民投票に反対している人たちはいます。議会で定数111のうち24議席を占める野党「ゴラン」の支持者は、「クルド人全体の合意がない」として延期を求めています。
また、油田地帯のキルクーク州では、人口約150万人のうちクルド人は6割程度に過ぎません。アラブ人やトルクメン人(トルコ系)など4割は「民族間の対立をあおる」と投票には慎重です。
さらに、イラクのKRGとシリアのPYDはあまり親密ではないなど、同じクルド人でも一枚岩とは言えない状況になっています。3000万人もいて、分割から100年も過ぎれば、それも当然のことかもしれません。
住民投票の結果が「独立」となったとしても、すぐに国家として独立できるわけではありません。ですが、投票に不満を持つ人たちや、周辺の国々にどんな混乱が起きるのか、予想もつかないというのが実情です。
ただでさえ、イラク北部は「イスラム国」(IS)の戦闘員がまだ残るなど、状況が安定していません。これ以上の混乱は避けたいし、混乱がISにとって漁夫の利になりはしないかというのが、多くの国に一致する意見となっています。
しかし、KRGの立場からすれば、ISとの戦いが一段落するまで独立への動きは押しとどめてきた、今こそ最前線に立ってきた努力が認められるべきだ、ということになります。投票は予定通り行われる見通しです。
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