連載
#1 現場から考える安保
北朝鮮ミサイル「民間防衛」説明会の舞台裏 目立った歯切れの悪さ
北朝鮮のミサイルに備え全国で避難訓練を――。政府が21日に、都道府県の担当者を緊急に集めて呼びかけました。自分の身はまず自分で守る「民間防衛」を、海外からの敵の攻撃を想定して広げようとする戦後で初めての動きといえます。説明会では「在日米軍基地を抱える街はどうする」という質問も出ましたが、政府側は明確に答えることはできませんでした。政府や自治体の「備え」はできているのでしょうか。(朝日新聞政治部専門記者・藤田直央)
きっかけは今月15日のことでした。その日は北朝鮮の故金日成国家主席の生誕105年。記念日に合わせてミサイルを発射するのではないか――。そんな緊張感が、日本国内でかなり高まりました。
内閣官房の「国民保護ポータルサイト」へのアクセス数は、この日だけで約45万8千件。それまでの月間最高アクセス数を超えました。不安に思う国民がいかに多いかを示す出来事でした。
実際、内閣官房には「ミサイルが来たらどうすればいい」という電話が、15日前後にはひっきりなしでかかってきました。
そこで急きょではありましたが、政府は21日に、もしもの時の心得をまとめた文書をサイトにアップするとともに、都道府県の担当者を集めた説明会を開くことにしたのです。この説明会で、自治体に対して地域住民への周知を求め、先月に秋田県男鹿市で初めてあった避難訓練を各地で行うよう呼びかけました。
実は、この訓練を取材しました。この地域の住民は、日頃から津波からの避難訓練を行うなど、防災意識が強い人たちでした。彼らの協力的な姿勢で、比較的スムーズに訓練は実施されました。ただ、訓練に立ち会った内閣官房幹部は「都市部での訓練は容易でないなあ」とも漏らしていました。
この日の説明会では、発射から10分以内で来るミサイルに備え、内閣官房幹部は「より実際に近い訓練にするため、どこに避難するか事前に決めないでほしい」と注文しました。政府が訓練の計画づくりに協力し、費用は全額負担するから、とも言って、自治体の協力を求めました。
政府があわてて都道府県の担当者を集め、協力を求める背景には、トランプ米大統領の存在があります。
トランプ政権はシリアに対し、「化学兵器を使って民間人に犠牲が出た。レッドラインを超えた」として、ミサイル59発を打ち込みました。原子力空母を朝鮮半島に向かわせるなど、核・ミサイル開発をやめない北朝鮮に対しても、トランプ氏は強い姿勢で臨んでいます。米国は「あらゆる選択肢」などと言って、武力行使も辞さない構えとも言えます。
緊張感が高まっている米朝関係を踏まえ、日本政府としてもきちんとした「備え」をしておく必要が出てきたのです。
都道府県に避難訓練を促している政府ですが、21日の説明会では「とにかく走りだそう」という感じがにじんでいました。住民と向き合う都道府県の担当者から具体的な質問が相次ぐと、歯切れの悪い答えが目立ちました。
避難先には地下鉄の駅も想定されます。ただ、内閣官房と関係省庁との調整はまだまだこれから。東京都の担当者から「公共交通機関の協力は」と聞かれると政府側は「(交通機関を所管する)国土交通省などと話していきたい」と答えるのがやっとでした。
米軍基地を抱えるとともに、横浜市や川崎市といった人口密集地のある神奈川県の担当者は「訓練は大都市を想定しているのか」と質問。同じく米軍佐世保基地のある長崎県の担当者は「在日米軍基地を抱える街はどうする」とズバリと聞いていました。ただ、政府側は明確に答えることはできませんでした。長崎県の担当者は説明会の後、「どこが狙われるのか政府が答えにくいことはわかるが、地元自治体にはしっかり情報を伝えてほしい」とこぼしていました。
「武力攻撃事態で国民保護に自衛隊を使えるのか。そういう訓練もぜひ(してほしい)」
大分県の担当者は説明会で、こう指摘しました。ミサイルが次々と日本国内に飛んで来るようなら、それは戦争状態です。そんな事態になった場合、自衛隊が被災地の救援に力を割くことなんでできるのか。非常に重要な指摘だと言えます。
内閣官房幹部は「そういったことを考えないといけない時期ではある。研究課題としたい」と答えました。いざという時に、住民の安全をどう守るか。とりわけ阪神・淡路大震災以降、自然災害での自衛隊の役割を考えるときに交わされてきた議論ですが、今回の政府の要請を機に、「戦時」に備えても各地の自治体で議論に火が付くかもしれません。
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